第29話 待ってくれよ
「ここがお前の死場所か」
「そっくりそのままお返ししてやる」
メランダ話し始めたその時から戦いは始まっていた。何か嫌な気配を感じ取ったグレイはすぐに横に避け、その行動が正解だったと感じる。先ほどまでグレイの立っていた地面が避けた数秒後にら三本の爪痕が残り綺麗に抉れたからだ。
「先ほどまでの威勢はどうした?」
その言葉でようやくグレイは気が付く。自分がメランダの手のひらの上で転がされているということに。そして、メランダは続けて言う。
「一方通行の戦いは面白くないな」
メランダの放った言葉が終わった瞬間、グレイの感じ取っていた何かは消え失せた。代わりにメランダの右手には得体の知れない漆黒でどこまでも吸い取られそうな黒い球が乗っていた。それを見たグレイはすぐに魔法を撃つ。
「獄炎ヘルファイア……またかよっ」
魔法を撃とうとした瞬間、魔力が吸い取られて魔法が撃てなくなる。
「そういえば魔封石を治したのを忘れていたな。すまないが今はお前たちでは魔法は使えないんだ」
「ならこれしかないのか」
慣れない手つきで腰に携えている感の持ち手を握る。グレイも剣技が出来ないとはいえ、ある程度の範囲までなら習得はできている。剣を相手する人の前に真っ直ぐに持ち構える。
「ほう、剣技か。面白い」
メランダはグレイを少し見てから右手に乗っている黒い球を投げて来た。対するグレイは、剣を持つ上半身だけを右側に捻りメランダの方へと距離を詰めようとしたその時。
「ぐなっ……!?」
体が前に進まなくなったのだ。側から見れば真っ直ぐに走っているはずなのに体が前に進むことは無くなった。一度冷静になり、辺りを見回して自分が前に進まない原因を探してみる。
だがその原因はすぐに見つけることが出来た。原因は言うまでもなくマヨルダの放ったあの黒い球だ。あの球に向かってグレイは一直線に吸い込まれていっている。吸い寄せられるのはグレイだけでなく、周りに落ちている瓦礫なども対象だった。
「一か八かになるが仕方ないな」
走る向きをメランダの方向ではなくメランダの置いた黒い球の方向へとあえて変えてまる。考えられないほどのスピードで真っ直ぐに吸い込まれていったグレイは黒い球に当たる直前に地面を蹴った。そんなグレイを見てメランダは眉間にシワを寄せてジッと見ていた。
「縦横切断っ!」
できる限り脱力をして、必要な力のみを剣に加えながら黒い球を斬る。気を抜いたらこちらが吸い込まれそうな威力だった。それでも剣に力を入れ続けていると、パキッと黒い球の内側がガラス玉のように粉砕した。
「なるほど、これは面白い。やはり異世界から来た人というのは実に興味深い。時間も余っているし、少しばかり海底都市のことを話してやろう」
「何を言っているんだ? お前の話なんて……」
グレイがメランダの言葉に返答しようとしたが。
「聞かないならそれも一つの手だ。ただお前が勝った場合に大切な記憶が消えるだけだ。やはり、お前を実験材料にしたウィリアムの気持ちも分からなくもないな」
ウィリアム、としばらくの間だけ頭の中に疑問が浮かんだがすぐに解消された。ウィリアムといえば体が変形してしまい、最後は自分の施設の設備に感電して死んだ男だ。
「ウィリアムはもう死んだ。メランダ、お前は何も感じないのか? かなり長い期間いたように感じたんだが」
「ウィリアムか、懐かしい男だ。我々の中で唯一、神に見做された人だったな。初めは初々しくて可愛さがあったのに、哀れな人間だ」
メランダの回答はあまりにも他人事で、あまりにも理解することができないものであった。今までの状況を整理してみても全く結論に辿り着くことはできなかった。
「お前、一体何なんだ……本当に人間か?」
彼女から言われたことを聞いたグレイの率直な思いはそれだった。
「さあ、どうだろうな。これを見てみろ」
黒いドレスをめくり、メランダは胸の少し上辺りを見せてきた。そこには鎖の紋様が右胸から斜めに降りるように刻まれていた。
「ここに飛ばされた私たちは皆、この紋様をつけられた。もちろん、後から来たウィリアムは例外だがな」
右手で鎖の紋様を撫でながらメランダは話を続ける。
「これは常に私たちを苦しめ続けた。海底都市を出ようとするたびに体を締めつけたのだ。でも、そんな茶番もここで終わりだ!」
声を大きくして叫んだメランダの右手に気づいた時には紫色の液体の入った注射器が握られていた。肩を大きく右に傾け、頸動脈に思い切りその注射器を刺す。
気味の悪い紫色の毒々しい色をした液体はどんどんとメランダの体の中へと入っていった。注射器を刺している首元は藍色に変色し、全身の血管が逆立っているように感じる。メランダ自身は前屈みになり必死に息をしようとしていた。
「大丈夫なのか……?」
善意が働いてしまったグレイはメランダの近くへと一歩二歩と注意をしながら進む。それが間違いだった。
「アッ……」
喉を裏返したような信じられない声を発声したメランダはたちまち起き上がる。
「見ているか……お前が放置したこの千六百年分の借りを今返してやるよ!!!」
メランダは声を上げると、黒い泥のように溶けて地面を侵食した。
「おいおい、待ってくれ……」
泥はグレイの方に来るのかと思いかなり距離を取ったがそんな必要性は全くもって無かった。むしろ、グレイとは真逆の方向へと黒い泥は広がっていく。
今はもう亡きマヨルダ城の方へとゆっくりと進んでいった。そんな様子を見てグレイは事の重要さにようやく気がつく。
「そっちにはテントがっ、早く行かないと」
グレイは立ったまま崖を滑り降り、黒い泥と競争する形でマロンたちのいるテントの方へと走っていった。




