第1話 こんにちは、異世界!
「さん……兄さん! あ、やっと起きましたか……」
神谷はそんな幼い女性の声で天界から異世界に飛んだことを悟った。目前にはいかにも思春期を拗らせていそうな女の子が立っていた。
髪は白いロングヘアーで神谷よりも身長は低い。服は白いワイシャツを着ていて、そこに黒のミニスカートを履いている。
「え?」
先ほど紙に書いた内容を思い出す。確か、ミカエルから渡された紙には赤ん坊から転生という欄にチェックを入れたはずなのだが。
「兄さん。階段から落ちて頭おかしくなっちゃいました?」
うん。多分これあれだ。ミカエルが転生先を間違えたんだ。早々に見切りをつけた神谷はポツリと呟く。
「別にそこはこだわらないけどさ……」
「さっきからぶつぶつ何を言ってるんですか!」
目の前にいる女の子は神谷に向けて水の玉を撃ってきた。腹の辺りに攻撃を喰らった神谷は勢いよく奥の壁まで吹っ飛んだ。
「いててて……」
「本当に兄さんですか? 悪霊が入ったなら追い出して見せますよ!」
壁に吹き飛んだ神谷を見て女の子は目を細めながら怪しむ。彼女から出てきた言葉に少々危機感を持つと、どうにか誤魔化そうとする。
そうしなければいけないと、自らの第六感が言っているのだ。
「さっきまで俺って何してたんだっけ?」
「勉強ですよ。受験生なんですから早くしますよ!」
受験という言葉に怖気付きながらも、女の子に訳も分からないまま神谷は机に座らせられたのだった。
この世界に転生して来て大体半年が経過した。ようやく神谷は今現在いる世界について理解が追いつきだした。
「グレイ。昼食の準備を進めて」
まず第一に現在の名前はグレイ、本名グレイ・ジュリエットとのことだ。前世とは全く違う白髪を持ち、服は妹と変わらないような白いワイシャツ、黒っぽい楽な感じのズボンを履いている。
その妹とはこの世界に来て初めて会った人だ。名前はフィオナ、本名フィオナ・ジュリエットという。すごく可愛いグレイの自慢の妹だ。
母はアーシャ、父はナックルという事までは分かったが、詳しい事は半年暮らしただけでは分からなかった。
「いよいよ、明日か」
転生して来た神谷ことグレイはどうやら受験を控えていたらしい。
この世界の受験というのはやや特殊で年齢は関係なく、教科も筆記試験と実技試験の二つに分かれている。筆記試験は前世で高校生だったグレイにとってそこまで難しくないが、問題となるのは実技試験だ。
「実技はそんなに難しいわけでもないと思うから気持ちを軽く持ってね」
母であるアーシャが笑顔を浮かべながら言うがそれは生まれた時から魔法に触れてきたら、の話だ。グレイはまだ半年足らずしか魔法というものと接していない。
けれど、なぜかこの体は魔法を自由に使うことが許されていた。これがあの女神の仕業なのか体質なのかは分からないが。
何はともあれ、このアドバンテージをどう活かすかが受験だけでなく、生きていく上で鍵になるだろう。
「「はい」」
そして、グレイはこの世界に来て半年足らずで現代知識を存分に使い、色々な魔法を創り出してきた。創り出すとは言っても既存の魔法を組み合わせた程度なのだが。でも発明であることには変わらないし、魔法は何よりも夢中になれるし楽しめる。
例えば、魔力空間。これは魔力で作る空間と特定の魔力でのみ開く警備システムを組み合わせたものだ。
この世界では有用な魔法が大量に存在するのだから、自分に有利なように過ごしていきたいな。
「セツシート大学の受験は迎えの馬車に乗った時点で始まっているからな」
どこか誇らしげなナックルは俺たちにアドバイスをする。グレイとフィオナは年齢こそは違うが同じセツシート大学という学校を受験する。
グレイたちが目指す学校はどうやら世界でも屈指の難易度だそうだ。ちなみにナックルとアーシャはそんなセツシート大学を卒業しているとのこと。
この世界における受験。勉強は必須だが実技試験という特殊なものが存在する。選択科目として魔法と剣の二種類があり、自分の得意な方を選べる。グレイの場合は剣の自信はなかったため魔法を選んだ。
「僕は早めにもう寝ますね」
「私も」
食事をし終わったグレイの後を追うように、フィオナもついて来た。階段に差し掛かった時、彼女がグレイに向かって聞いてきた。
「緊張してますか?」
「まあしてないと言うと嘘になるよ。けど今までやれることはやって来たんだし自信はある」
中学受験を経験してきたグレイだからこそ分かるが、努力は必ず報われる。今までやってきたことを信じるのが大切なのだ。
二階に上がったところでフィオナと別れて自室の扉を開けた。
「いよいよか……」
グレイは腰に手を当て空を仰ぐ。一度、深呼吸で気持ちを落ち着かせてベットに寝転んだ。
学校というのはグレイにとっては嫌な場所ではあったが今は違う。きっと学校に入れば新しい友達もできるしフィオナもいる。そう思うと心が休まり急な眠気がさしてきた。
「今更何を考えても無駄だよな」
襲いかかってきた睡魔に従うがままに眠りについた。
朝日が昇るより前、グレイは意外にもリラックスをしてベットから目覚めることができた。
「じゃあ行ってらっしゃい」
まだ薄暗い中、アーシャに見送られながらグレイたちは家を出た。セツシート大学は親切なことに家まで迎えが来てくれる。
迎えにきた馬車の中に乗り込むと、グレイたち二人は驚愕した。なんと中は外から見るよりも何倍も大きくなっていたのだ。
「すごい……」
「そりゃこの馬車はなセツシート大学の技術を詰め込んだからな」
「具体的には?」
フィオナが馬車の中に座っていた男の人に聞いた。男の人は手招きをし二人に向かい小さな声でささやく。
「結界でな俺たちが小さくなってるんだよ」
「「えっ!?」」
「静かにしてくれ。この情報は門外不出だから誰にも言うんじゃないぞ」
二人して男の人の言葉に頷いた。
まさか自分の体が小さくなっているとは夢にも思わなかったな。魔力空間のようなものを人間にも使えるなんて、やっぱり魔法は面白い。
「やっぱり魔法は奥深いんだな」
「いや魔法だけじゃないぜ。剣だって負けてないんだ」
「剣か……想像も付きませんね」
「そうだな」
日本でいう剣道の激しい版みたいな感じだろうけど実際に見てみないと分からないな。
「二人とも休んどきな。まだまだセツシート大学は遠いからな」
馬車に乗る人の言葉を聞くと、グレイとフィオナは少しだけ仮眠を取ることにした。
「兄さん。起きて下さい」
「どうした?」
「どうしたも何もセツシート大学に着きましたよ」
グレイはフィオナの言葉に飛び起きて辺りを見回してみる。馬車の窓からはセツシートの街の建物の間からオレンジ色の朝日がのぼっていた。
「今日から試験ですよ。これ朝食だそうです」
彼女から朝食のサンドイッチを受け取り先ほどまた窓とは逆側の窓から外を見てみる。既に何十人もの人がセツシート大学に入っていっていた。おそらく学校へと入っていくのは、ほとんどが受験生だろう。
「私たちも行きましょう」
サンドイッチを口の中に詰め込むと、パン屑を払いながら荷物に手をかける。
「そうだな」
グレイたちは全ての荷物を持つと馬車から降りて校門をくぐった。セツシート大学に入るとまず目に入るのは二百年以上も前に作られた時計台だろう。
時計台の前の大きな芝生広場の前で立っている教員の指示に従ってグレイたちは別れることになった。
「私はこっちなので」
「じゃあ頑張れよ」
「兄さんこそ頑張って下さいよ」
一日目は筆記試験という事で指定された教室には既にたくさんの人が集まっていた。グレイの指定された教室は四十人が座れるようになっており、ほとんどの人が椅子に座り勉強をしている。誰一人として喋ることなく、静寂を保っていた。
やがてチャイムが鳴って試験監督が教室に入って来た。紙を一人一人に配り終え、短い沈黙の時間が流れる。
「では初め!」
試験監督のその声と共に紙をすぐに裏返し問題を解き始める。試験を解いてみるが問題は過去問通り、驚くほどに簡単だった。
この試験では絶対に解かせる気がないような難しい問題も数問はある。とはいえ、グレイからしたら造作もない問題ばかりだ。
自分のペースを維持しながら問題を淡々と解いていったのだった。




