第9話 異国の青年イオリ
ブランデルを後にした三人は、
穏やかな道のりを進みながらも、
アーレンだけが拭えぬ“気配”に胸をざわつかせていた。
五日目の夕暮れ、ついに海が見え、
港町セイランへ到着した彼らは、
最果ての国の戦士たちが集う店で、
一人の青年――イオリと出会う。
柔らかな物腰と凛とした言葉遣い。
そして、彼の口から語られる最果ての国の様子。
だがその夜、
見えない何者かの影が、彼らを静かに追っていた。
その人は、
服装は最果ての国のものだが、
こちらの言葉も流暢に話す。
「さっきから見ていたのだが。
その武器…拙者にも見せてくれぬか?」
レムは慌てて武器を差し出した。
青年は武器を手に取り、
刃の形をじっと観察した。
「…やはり、わが国の“鎌”に似ているな。
ただし、これは…大きすぎる。
農具というより…何か別の用途だろう」
アーレンとジュリアンは身を乗り出す。
「詳しいことはわかるか?」
青年は首を振った。
「この形は確かに最果ての国のものに近い。
だが…俺の知る限り、
こんな大きさのものは存在しない」
青年は静かに続けた。
「詳しく知りたいなら…
直接、最果ての国へ行くのが一番早いだろう」
三人は顔を見合わせた。
アーレン「…とにかく、この武器の素性を調べてこいという命令だし、行くしかねぇな」
ジュリアン「まさか、本当に行くことになるとは、あまり気分が乗らんな」
レム「…でも、行けば何かわかるかもしれません!」
青年は微笑んだ。
「港の東側に、明日の朝、帰国する船が停泊している。
拙者が船長に話せば、乗せてもらえる」
こうして三人は、
ついに“最果ての国”へ向かう決意を固める。
青年は静かに頭を下げた。
「明日の朝出航する船の主は、拙者の父にござる。
拙者の名はイオリ。以後、お見知りおきを」
その東国なまりの共通語を話す青年の口調は柔らかいが、どこか凛としている。
最果ての国の戦士特有の“サムライ言葉”だ。
レムは思わず姿勢を正した。
「よ、よろしくお願いします…!」
ジュリアンが恐る恐る尋ねる。
「…その、船賃はどれくらい必要なんだ?」
イオリは微笑んで答えた。
「一人、金貨一枚でよい」
ジュリアンは椅子から転げ落ちそうになった。
「や、安い!!」
アーレンは眉をひそめる。
「金貨一枚って…親父の給料の五日分だぞ。
安いわけねぇだろ」
レムが慌てて補足する。
「い、いえ! 相場は金貨三枚なんです!
だから…すごく安いんですよ!」
アーレン「えっ、そうなのか?」
ジュリアンは腕を組んで疑いの目を向ける。
「何か…裏があるんじゃないのか?」
イオリは穏やかに微笑んだ。
「我ら東国の民は、出会いを大切にする。
これも何かの縁。ゆえに、かまわぬ」
その言葉は、
アーレンの心に一瞬で響いた。
アーレンは勢いよく立ち上がった。
「よし! 気に入った!
イオリ、酒を奢らせてくれ!」
イオリは少し驚いたが、すぐに笑った。
「ありがたく頂戴いたす」
二人は杯を交わし、
すぐに打ち解けていった。
イオリはアーレンの豪快さと素直さを気に入り、
杯を重ねるごとに表情が柔らかくなっていく。
「アーレン殿、そなた…よい男だな」
「お前もな!」
レムとジュリアンは苦笑しながら二人を見守る。
イオリは最果ての国の文化、
気候、食べ物、言葉の違いなどを丁寧に説明してくれた。
三人は興味津々で聞き入った。
しかし、夜も更けてきたので、
最後にイオリが言う。
「では明朝、港にて。
道に迷うといけぬゆえ、宿まで送っていこう」
アーレン「助かる!」
イオリはそばにいた船員に何かを伝えると立ち上がって腰に刀を差した。
夜の港町を歩きながら、
四人は和やかに話していた。
だが突然、
イオリの表情が鋭く変わった。
「…止まれ」
アーレン「どうした?」
イオリは一瞬で刀を抜き、
後方へ振り返りざまに斬りつけた。
シュッ!
鋭い風切り音が響く。
イオリは刀を構えたまま低く呟く。
「…手応えはあった。
だが、姿が見えぬ」
アーレンも剣を抜き、周囲を警戒する。
「おい…どういうことだ?」
レムは震えながら盾を抱え、
ジュリアンは青ざめて後ずさる。
タッ…タタッ…!
屋根瓦を蹴るような音が、
暗闇の上から響いた。
だが姿は見えない。
イオリは刀を構えたまま言う。
「…あの気配。
ただの物取りのものではない」
アーレン「…なんだよ、今の」
ジュリアン「ま、まさか…魔物…?」
レム「や、やめてくださいよ…!」
イオリは刀を納めながら言う。
「今は追うべきではない。
宿へ急ごう」
四人は足早に宿へ戻った。
宿に戻ると、
四人は交代で見張りをすることにした。
アーレンとイオリが中心となり、
レムとジュリアンは短い仮眠を取る。
夜は静かだったが、
どこか落ち着かない空気が漂っていた。
夜明け。
恐れていた夜襲はなかった。
イオリは朝日を見上げて言う。
「…どうやら、奴らはあきらめたのか?」
アーレンは大きく伸びをする。
「よし! じゃあ行くか!」
レムは荷物を背負い、
ジュリアンはまだ少し不安げだが頷いた。
四人は快晴の空の下、
港へ向かって歩き出した。
異国の青年イオリとの出会いは、
三人の旅を大きく動かす転機となった。
最果ての国へ渡る船、
謎めいた武器の手がかり、
そして暗闇に潜む正体不明の影。
不安と期待が入り混じる中、
四人は朝日に照らされながら港へ向かう。
この先に待つのは、
未知の文化か、
それとも新たな脅威か。
旅はついに、
“国境を越える”段階へと進み始める。




