第7話 ブランデル市場の騒動
西の辺境を離れ、中央部の商業都市ブランデルへと辿り着いた三人。
昨夜の戦闘の疲れを癒し、次の目的地である東の港町セイランへ向けて
準備を整えるはずだった。
だが、活気あふれる市場の喧騒の中で、
思わぬ“事件”がレムを巻き込んでいく。
旅の途中に訪れた賑やかな街で起こる、
小さな波乱の物語。
宿を出ると、
中央部の王都ブランデルの市場はすでに大賑わいだった。
人、人、人。
西の辺境とは比べものにならない規模だ。
見たことのない果物、
色鮮やかな布、
香辛料の香り、
小動物を売る露店、
楽器を奏でる旅芸人、
鍛冶屋の金属音・・・
ジュリアンは目を丸くした。
「…すごいな。
同じ国とは思えない」
レムはというと――
工具店の前で完全に固まっていた。
「…すごい…!
この工具…この金槌…このヤスリ…!」
目が完全に職人のそれになっている。
ジュリアンは呆れながらも言った。
「…レムは、本当に工具類が好きなんだな」
レム「はい! 一日中見てられます!」
携行食や水袋、簡易薬など、
旅に必要なものを一通り買い揃えたジュリアンは言った。
「…よし、必要なものは揃ったな。
俺は先に宿へ戻る。アーレンが起きてるかもしれないし」
レムは名残惜しそうに工具を見つめながら言う。
「僕、もう少しだけ市場を見てきてもいいですか?」
ジュリアンは軽く頷いた。
「わかった。あまり遅くなるなよ」
レム「はい!」
レムは工具店の奥へ吸い込まれるように歩いていった。
ジュリアンはため息をつきながら、
宿へと戻っていく。
ジュリアンが宿に戻ると、
アーレンがちょうど朝食を食べていた。
「お、帰ったか。レムはどうした?」
「市場に残ってる。…で、旅のルートだけど、
レムに任せることにした」
アーレンはパンをかじりながら頷く。
「いい判断だ。あいつ、地図の扱いは上手いからな」
ジュリアンは少し驚いた顔をする。
「…お前、レムをけっこう頼りにしてるのだな」
「当たり前だろ。昨日も助けられたしな」
アーレンはあっけらかんと言った。
レムは工具店を出て、
市場の通りを歩いていた。
そのとき――
ガツッ。
肩がぶつかった。
「おい、どこ見て歩いてんだコラァ!」
振り返ると、
腕っぷしの強そうな荒くれ者が睨みつけていた。
レムは即座に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!! 本当にすみません!!」
「謝って済むかよ。金目のもん置いてけや」
レムは青ざめた。
(やばい…ジュリアンさんが会計担当だから、
僕、ほとんどお金持ってない…)
荒くれ者の視線が、
レムの背中の盾に向いた。
「ほぉ…その盾、いいもん持ってんじゃねぇか。
それ、置いてけ」
レムは必死に盾を抱え込む。
「こ、これだけは…! おじいちゃんの形見なんです!」
「うるせぇ! よこせ!!」
荒くれ者が盾を乱暴に引っ張った瞬間――
カチッ。
レムの顔が青ざめる。
「えっ…あっ…それ、触っちゃ…!」
ブシューーーッ!!
盾からガスが噴き出し、
荒くれ者の顔面に直撃した。
「ぐああああああああ!! 目がぁぁぁ!!」
レムは叫びながら逃げ出した。
「ご、ごめんなさい!! ほんとにごめんなさい!!」
宿に飛び込んだレムは、
息を切らしながらアーレンとジュリアンに報告した。
「た、大変です!! 市場で…その…
ガスが…出ちゃって…!」
アーレン「お前…なんだその話は?」
ジュリアン「はぁ…やっぱりトラブルか…弱そうなやつだとなめられたのか」
レム「ご、ごめんなさい!!」
アーレンは頭をかきながら言う。
「まぁ、悪いのは向こうだろ。
とにかく、早めに町を出るか」
ジュリアンも頷く。
「そうだな。これ以上面倒はごめんだ」
ちょうど三人が荷物をまとめて出ようとしたとき、
宿の入口に衛士が数人現れた。
「そこの少年! お前だな、町人に怪我をさせたのは!」
レムは固まる。
「えっ…あ、あの…!」
ジュリアンが前に出る。
「待ってくれ。事情を説明させてほしい。
彼は襲われたんだ。正当防衛だ」
しかし衛士は冷たい。
「よそ者がトラブルを起こすのは珍しくない。
言い訳は聞かん。連行する」
アーレンが剣に手をかけた。
「おい、待てよ。レムは悪くねぇだろ」
ジュリアンが慌ててアーレンを止める。
「やめろ! ここで暴れたら本当に終わりだ!」
衛士は険しい顔でレムに近づく。
そのとき――
酒場の奥から声が上がった。
「おい衛士さんよ!
さっき市場で見かけたんだが、
その少年は悪くねぇ!
あの荒くれ者はいつもよそ者とみると
因縁つけて金を巻き上げてるんだ!」
「そうだそうだ! あいつが悪い!」
衛士たちは顔を見合わせた。
「…ふむ。そういうことなら、今回は見逃そう。
だが、これ以上の騒ぎは起こすなよ」
レムは深々と頭を下げた。
「す、すみませんでした!!」
ジュリアンは胸をなでおろし、
アーレンは苦笑した。
「よし、さっさと出るぞ。
この町は俺たちには合わねぇ」
こうして三人は、
予定より早くブランデルを出発することになった。
レムは歩きながら小声で言う。
「…ほんとに、ごめんなさい…」
アーレンは笑って肩を叩く。
「気にすんな。その盾いろいろ仕込んであるのか?」
ジュリアンはため息をつきながらも言った。
「…まぁ、無事で良かったと思う。
でも、次は気をつけるように」
レムは嬉しそうに頷いた。
こうして三人は、
東の港町セイランへ向けて再び歩き出した。
賑わう市場での出来事は、
三人にとって思わぬ足止めとなりかけたが、
町人たちの助けもあって大事には至らなかった。
レムの不器用さと優しさ、
ジュリアンの責任感、
アーレンの豪胆さ。
それぞれの性格が自然に表れたこの騒動は、
三人の絆をまたひとつ強くした。
そして彼らは、
次なる目的地――東の港町セイランへ向けて、
再び歩き出すことになる。




