第48話 王都ブランデルの王宮
王都ブランデルは、遠くからでもその存在感を隠しきれなかった。
白い城壁が夕日に照らされ、まるで巨大な船のように丘の上に浮かんでいる。
街道を進む一行の前に、その威容が徐々に迫ってきた。
「すごい……」
馬車の窓から外を覗いたシオリが、小さく息を呑んだ。
「城壁の中に入るのは初めてか?」
アーレンが馬上から声をかける。
「はい。城下から眺めていたことはありますが……近くで見るとすごいです。」
ジュリアンは誇らしげに胸を張った。
「ここが城内の町です、シオリさま。
王都の中心は、外とはまるで別世界ですね。」
イオリは静かに頷きながら、城壁を観察していた。
「堅牢な造りですね。攻め落とすのは容易ではないでしょう。」
その言葉に、馬車の中の捕虜がわずかに身を縮めた。
黒い鎧とマスクで光を遮っているとはいえ、
王都の明るさは彼には眩しすぎる。
「大丈夫ですか?」
シオリがそっと声をかける。
「だいじょうぶ……でも……光、強い……」
捕虜はかすれた声で答えた。
彼の存在は、王に謁見するまで徹底的に隠匿することになっていた。
馬車の窓には布がかけられ、護衛たちも「怪我人を運んでいる」と
説明するよう指示されている。
城門が近づくと、門番たちが一行を見てざわついた。
ヘンリックの姿を認めた瞬間、彼らは慌てて整列し、敬礼した。
「ヘンリック様!お話は伺っております……!」
「急ぎの用だ。さっさと通してくれ。」
ヘンリックは短く言い、馬を進めた。
門番たちはすぐに道を開け、一行は城の中へと入っていった。
城門をくぐった瞬間、空気が変わった。城壁の中にも多数の人が暮している。
石畳の道、行き交う商人、香辛料の匂い、馬車の音、子どもたちの笑い声。
辺境とはまるで別世界の喧騒が広がっていた。
「すごい……」
シオリは思わず呟いた。
ジュリアンは得意げに笑う。
「城内の町だよ、シオリさま。」
イオリは周囲を観察しながら、低く言った。
「人が多い……この中で戦闘になれば、被害は甚大でしょうね。」
アーレンは頷いた。
「余計な騒ぎになると困るな。捕虜の存在は絶対に知られてはならない。」
馬車の中で、捕虜は不安げに身を縮めていた。
「ここ……広い……人、多い……こわい……」
シオリはそっと彼の手を握った。
「大丈夫。私があなたを守ります。」
王宮への入口に近づくと、王の使いの者が待っていた。
金の刺繍が施された外套をまとっている。
「ヘンリック様、国王陛下より、すぐに部屋へご案内するよう仰せつかっております。」
「ご苦労。」
いつもは親しみやすい印象のヘンリックもここでは貴族らしく振る舞う。
使いの者は馬車をちらりと見た。
「そちらは……?」
「怪我人だ。旅の途中で落石にあっての。宿舎で静養させる。」
ヘンリックが即座に答える。
使いは深く追及しなかった。
「では、こちらへ。」
一行は王宮内の客室へ案内された。
王族や高官が利用する、格式ある部屋だ。
あまりの豪華さにアーレンはあっけにとられた。
「この部屋、今まで見たことがないぐらい広いな。
これだと何人ぐらい寝泊まりできるんだ?」
部屋の前で、使いが小声で言った。
「怪我をされた方のために、医者を呼びましょうか?」
アーレンはもちろん断った。
「目をやられているが、必要な処置は終えている。」
捕虜には顔の全体と手足の一部に包帯を巻いておいた。
シオリが肩を貸し、イオリが反対側からも支える。
「光……少ない……ここ、いい……」
捕虜はほっとしたように呟いた。
部屋の中に、捕虜のために特別に暗幕を用意してもらった。
光がほとんど入らず、彼にとっては安全な空間だ。
「ここなら大丈夫ね。」
シオリが微笑むと、捕虜は少しほっとしたようだ。
荷物を置き終えると、使いの者がアーレンに告げた。
「国王陛下は、明朝に謁見を許されます。
ヘンリック様とアーレン殿は、準備の方をよろしくお願いいたします。」
「わかった。」
「イオリ殿は、通商大臣との会談が別にございますので、
明朝、王宮の東翼へお越しください。」
イオリは静かに頭を下げた。
使いの者が去ると、アーレンは深く息を吐いた。
「……いよいよだな。」
ヘンリックは腕を組み、満足げに頷いた。
「ここからが本番だ。覚悟しておけ。」
シオリは捕虜を振り返りながら言った。
「彼のことも……どうか、うまくいきますように。」
アーレンはその横顔を見て、静かに頷いた。
「必ず守る。彼も、俺たちの未来も。」
王都の夜がゆっくりと更けていく。
明日の謁見が、すべてを変えることになるとは、
まだ誰も知らなかった。




