第41話 地底の将軍
キャンプでは撤収の準備が急ピッチで進んでいた。
アーレンは兵士たちに指示を飛ばしながら、地図を何度も確認する。
「よし、荷物は最小限でいい。急ぐぞ。
ここに長居すれば、次は俺たちが死体になる。」
兵士たちは緊張した面持ちで頷き、手早く荷をまとめていく。
シオリは静かに周囲を見渡し、カスミの気配を探った。
(……カスミ。どうか無事に戻ってきてください。)
その頃、裂け目の下では――
「……戻らぬ、だと?」
黒い岩壁に囲まれた広間で、斥将ダルガは報告を受けていた。
彼は偵察部隊を取り仕切る将軍である。
偵察部隊が帰還予定時刻を大幅に過ぎても戻らないという。
「はい。痕跡もありません。
地上で何かが起きたとしか……」
将軍は目を細めた。
地底人の中でも屈指の武人であり、冷静な判断力を持つ男だ。
「地上の者に、我らの斥候を全滅させる力があるとは思えぬ。
……だが、何かが起きたのは確かだ。」
部下が問う。
「ダルガ将軍自ら行かれるのですか?」
「当然だ。
部下を失った理由を、自分の目で確かめねばならぬ。」
通常の偵察は六人編成だが、将軍は慎重だった。
「三部隊を連れていく。
地上は太陽がある。長居はできぬ。
迅速に動くぞ。」
「はっ!」
大地がかすかに震え、巨大な岩盤がゆっくりと持ち上がる。
黒い鎧に身を包んだ地底人たちが姿を現し、その中心に将軍が立っていた。
その瞬間──
遠く離れた岩陰で、鬼影の一人が目を開いた。
(……来た。これは、数が多い…
見張りの交代ではない、追跡部隊だ。)
影はすぐに姿を消し、シオリのもとへ報告に向かう。
ダルガは地上へ出ると、すぐに周囲の地形を確認した。
太陽を避けるようにマントを翻し、部下に指示を飛ばす。
「最後に連絡があったのは北東だな。」
「はい、将軍。」
裂け目からかなり離れた場所で、痕跡らしきものを発見した。
地面には、乱れた足跡が残っていた。
それが途中で途切れ、そこから先は戦闘の気配が漂う。
「……戦った形跡がある。急ぐぞ。」
部隊は散開し、荒地を風のように駆け抜けた。
地上人が野営した後のような場所をみつけた。
焦げたような臭いに混じって血の臭いも漂い始める。
ダルガは歩みを止め、静かに膝をついた。
偵察部隊の兵士たちが転がっている。
血しぶきの跡は少ない。
一撃で仕留められた証拠だ。
「……苦しまずに済んだか。
よく戦った。」
わずかに目を伏せ、すぐに立ち上がる。
「追うぞ。
足の速い者だけ前へ出ろ。
残りは周囲を警戒しつつ続け。
それから遺体は全て回収せよ。
何の痕跡もの残してはいかん」
「はっ!」
将軍を含む先発隊が、地上人たちの足跡を追い、ついに森の入口へ到達した。
「将軍、ここから先は……」
ガルドは森の奥をじっと見つめ、悔し気に短く息を吐いた。
「何が潜んでいるかわからぬ。
ここで深追いすれば、逆に包囲される可能性もある。
ふむ……これより先は地上人の領地。
この人数ではどうにもなるまい。」
部下たちは緊張した面持ちで頷く。
「小規模の部隊だけ残し、偵察を続けさせろ。
我らは戻る。」
「了解!」
将軍は一度だけ森の奥を見つめた。
(……地上に、これほどの者がいたとはな。)
そして静かに踵を返した。
その頃、アーレン隊はグレイフォードへ戻り、
兵士たちとアーレンはすぐにフレドリックのもとへ向かった。
他の者は階下の兵舎で先に一休みしてもらうことにした。
地図を広げ、鬼影衆から得た情報をフレドリックと共有する。
「……これが裂け目の位置か。」
「敵の規模は不明だが、少なくとも俺たちの手に負える相手じゃない。」
フレドリックは腕を組み、深く息を吐いた。
「相手の規模も狙いもまだわからん。
だが、放置はできん。」
「荒地と森の境に部隊を置いて、警戒を強化するしかないな。」
二人はしばらく黙り込んだ。
胸の奥に、同じ不安が渦巻いていた。
こちらの偵察部隊が、裂け目を見つけたことを知られているかもしれない。
フレドリックが一人でつぶやいた。
「……これは、大きな戦いの始まりかもしれんな。」




