第42話 久々の休息
アーレンとフレドリックの間には、重苦しい空気が流れていた。
裂け目の位置はわかったが、地底人の規模は不明。
不気味さを感じずにいられなかった。
フレドリックは、ふと息をついた。
まずは息子と友人、そして部下たちが無事に戻ったことを喜ぶべきだ。
それが指揮官として、そして父としての務めだと気づいた。
「お前たち、荒地での偵察任務、ご苦労だったな。」
低く落ち着いた声が、張り詰めていた空気をわずかに和らげた。
フレドリックは給仕係を呼び寄せる。
「兵士たちに食料とワインを配ってやれ。
今日はしっかり食わせてやれ。」
給仕係があわてて支度しはじめ、
兵士たちの間から歓声が上がった。
緊張で固まっていた顔に、
これでようやく笑みが戻るだろう。
「以上だ。解散。」
兵士たちは嬉しそうにパンやワインを抱えて部屋を出ていった。
部屋には、アーレンとフレドリックだけが残った。
フレドリックは周囲を確認し、誰もいないのを確かめると、
ふっと表情を緩めてアーレンの肩に腕を回した。
「ここまでやってくれるとは思いもしなかったぞ。
さすがは私の息子だ。
ほら、たまには小遣いでもやろう。
今回手伝ってくれた仲間たちと酒場でも行って、楽しんでこい。」
「お、さすがは親父、気が利く! ありがとな!」
アーレンは嬉しそうに革袋を手に取り、下で待っている仲間たちのもとへ向かった。
「おい、みんな!今日は親父のおごりだ!」
アーレンの声に、イオリが目を丸くし、ジュリアンは驚いたように眉を上げた。
「フレドリック殿が、気を使ってくれたのか。」
「親父に感謝しながら酒でも飲もう!」
アーレンは嬉しそうに笑った。
イオリは穏やかに頷く。
「それはありがたいことでございますな。」
酒場に入ると、暖かな灯りと香ばしい肉の匂いが迎えてくれた。
戦場の緊張がまだ体に残っているはずなのに、
この空間だけは別世界のように穏やかだった。
店主がアーレンたちを見るなり、ぱっと顔を明るくした。
「おお、帰ってきたのか! 無事でよかったよ。
今日は特別にいい肉があるんだ。食っていけ!」
アーレンたちは席につき、料理と酒が次々と運ばれてくる。
イオリは湯気の立つスープを見つめ、ふっと表情を緩めた。
「やっとゆっくりできまするな。」
「小島では世話になったし、少しお礼させてくれよ。」
アーレンは笑いながら杯を掲げた。
ジュリアンも杯を取り、少し照れたように言った。
「いや、いろいろと大変だったが……無事に戻れて良かった。
これもシオリさまのおかげです。」
イオリが静かに微笑む。
「ジュリアン殿も、いつもシオリを守ってくださって感謝する。」
「い、いえ……! 僕はただ、できることをしているだけで……」
ジュリアンは耳まで赤くなり、アーレンが吹き出した。
「ははっ、わかりやすいな!」
「う、うるさい!」
そんなやり取りに、店主も周囲の客も思わず笑みをこぼす。
ふとジュリアンが周囲を見回した。
「……そういえば、シオリさまは来ていないんですね。」
イオリが答える。
「さすがに力を使いすぎましたゆえ、宿屋で休んでおりまする。」
ジュリアンの表情が一気に曇った。
「そ、そうなんですか……! 大丈夫なんでしょうか……?」
「一晩寝れば治りまするよ。」
だがジュリアンは落ち着かない。
アーレンがそれを見て、にやりと笑った。
「そんなに心配なら、夕食を持っていってやれよ。
何か包んでもらえばいい。イオリ、いいよな?」
「もちろんでございます。お気遣い、感謝いたしまする。」
「じゃ、じゃあ……持っていこうか!」
アーレンはウィンクした。
「渡したら戻って来いよ? 長居はするなよ?」
「わ、わかってるって!」
ジュリアンは包みを受け取り、嬉しさを隠しきれない足取りで宿屋へ向かった。
宿屋に着いたジュリアンは、深呼吸してからシオリの部屋をノックした。
「シオリさま、ジュリアンです。起きておられますか?」
少し間があって、柔らかな声が返ってきた。
「……はい。どうぞ。」
扉を開けると、シオリがベッドの上で上体を起こしていた。
頬は少し赤いが、微笑んでいる。
「す、すみません! 起こしてしまいましたか?」
「いいえ。あなたの気配を感じて……うれしくなったのです。」
ジュリアンは心の中でガッツポーズを決めた。(よしっ!)
「これは、アーレンが……その、何も食べないと体に毒だって言って、
酒場で用意してもらった夕食です。」
シオリの顔がぱっと明るくなる。
「まぁ……お気遣い、感謝いたします。」
ジュリアンは胸が熱くなるのを感じた。
だが、そのやり取りを
宿屋の外の木の上で聞いている者がいた。
カスミである。
「……シオリさまがお休みになられているのに、
何をしているのだ、あやつは!」
カスミは少し怒り気味に呟いた。
「ならば……」
カスミは静かに目を閉じ、内響でシオリに語りかけた。
(シオリさま、配下の者より定時連絡が入りましてございます。)
シオリは一瞬、表情を引き締めた。
「はい。どうなりましたか?」
(特に異常はないとのことでした。
お疲れのところ申し訳ありません。
今日はゆっくりお休みください。
引き続き、私が警護いたします。)
「わかりました。あなたも無理をしないでくださいね。」
そのやり取りの間、ジュリアンは何事かと緊張していた。
「……あの、シオリさま?」
シオリは微笑みを取り戻し、首を振った。
「大丈夫です。カスミが見回りの報告をしてくれただけです。」
ジュリアンは胸をなでおろした。でも、さっきまでのウキウキ気分は消えていた。なんだか一瞬、荒地の戦場に連れ戻された気分になった。
「では……私はこれで失礼します。
ゆっくりお休みください。」
「はい。ありがとうございます。」
ジュリアンは深く頭を下げ、部屋を後にした。
その後ろ姿を、木の上からカスミが見送っていた。
そして──
ほんの少しだけ、口元がニヤリとした。
(この、お調子者が……)
夜風が静かに吹き抜けた。
これで、物語は折り返し地点に入りました。これからもよろしくお願い致します。




