第40話 撤収
一方、偵察に向かった鬼影の面々は、
裂け目と思われる場所の付近でじっと動きを探っていた。
この辺りは確実に地底人の領域のはずなので、
見張っていれば何かの動きがあるかもしれない。
荒地の太陽にさらされながら身動き一つせずにあたりを伺う。
身を守るのは一枚の布。その上に荒地の土や砂をかけ、
まわりから判別しにくくしている。
それも、鬼影の技の一つである。
数時間が過ぎ、カスミは影の一人からの思念を感じた。
全員、程度の差はあれど、内響の力を持っている。
「カスミさま、動きがあります」
その影のほうを見ると、前方を方向を指さしている。
大地がかすかに揺れ、その一部が開き、
ゆっくりと平たい大岩が上がってくる。
そこには、黒い鎧につつまれた5人ほどの
地底人らしき姿があった。
そしてあたりを伺いながら歩き出す。
すると、すぐそばの穴から、同じく5人の
地底人が姿を現した。透明化の術を
解いたのだろう。
そして、今度は先ほど登ってきた者たちと
すれ違いに平たい大岩に乗って下っていった。
そうこうしているうちに、登ってきた5人も姿を消した。
「間違いなさそうじゃ。ここが裂け目と
言われる場所。シオリさまにご報告せねば」
カスミは配下の一人に引き続き見張りをするように命令し、
残りの者たちとキャンプに引き返した。
それから時間がたち、キャンプでは兵士たちが
昼食の用意をしていた。
シオリがようやく目を覚ました。
「ん…わたしとしたことが、寝入ってしまったようですね」
隣にはジュリアンが遠くをにらんで立っている。
「ジュリアンさま、もしかして、ずっと…」
「あ、シオリさん、起きましたか?気分はどうですか?」
シオリはにっこりわらった。
ジュリアンが必死に守ろうとしてくれているのは理解していた。
その時、何者かの意識が流れ込んできた。
「オリさ…ま…シオリ…さ…ま…」
「聞こえております、カスミ。どうされましたか?」
「はっ、例の裂け目ですが、場所が分かりましてございます。
地図もありますが、まずは私の心をお読みください」
シオリはカスミの心を読んだ。
彼女の見たもの全てがイメージとして伝わってくる。
カスミの心を読み終えたシオリは、静かに目を開いた。
胸の奥に、カスミが見た光景が鮮明に残っている。
「……裂け目の場所が、わかりました。」
ジュリアンが身を乗り出す。
「本当ですか? どこに?」
シオリは立ち上がり、アーレンのもとへ向かった。
ジュリアンも慌てて後を追う。
アーレンは兵士たちに昼食の指示を出していたが、
シオリの表情を見てすぐに察した。
「……何かわかったのか?」
シオリは頷き、カスミから受け取った情報を整理して伝えた。
「カスミが、裂け目の位置を突き止めました。
地底人が交代で見張りを置き、出入りしているようです。」
アーレンの表情が引き締まる。
「……やっぱりな。
おそらく誰も近づかせないよう万全を期しているってわけだ」
イオリが言う。
「地底の者にとって、地上人は危険。
侵入者は即座に排除する……それが彼らのやり方でござろう。」
シオリは続けた。
「カスミも同じように感じていました。
彼らは必死で秘匿のために動いていると。」
アーレンは地図を広げ、シオリの指し示す地点を確認する。
「……ここか。この野営地からは結構な距離がありそうだ。歩いて半日ぐらいか?」
イオリが眉をひそめる。
「では、あそこに近づけば……」
「確実に襲われる。しかも、こちらは相手の人数を知らない」
アーレンは短く言い切った。
シオリは静かに頷く。
「カスミも、これ以上の接近は危険だと言っていました。」
アーレンは地図を閉じた。
「……よし。
ここで深入りするのは危険すぎる。
俺たちの目的は裂け目の位置を突き止めることだ。
それがわかった以上、長居は無用だな。」
ジュリアンが息を呑む。
「では……戻るのか?」
「そうだ。」
アーレンは迷いなく答えた。
「ここで全滅したら元も子もない。
情報を持ち帰ることこそが、今の俺たちの役目だ。」
シオリは胸に手を当て、静かに言った。
「……賛成です。
まだ鬼影衆を念のため裂け目付近に残してあります。
何か動きが分かれば連絡がくるでしょう」
アーレンは兵士たちに向き直り、声を張り上げた。
「全員、撤収の準備だ!
これよりグレイフォードへ戻る!」
兵士たちは安堵と緊張の入り混じった表情で動き始めた。
その時、シオリの内響にカスミの声が響いた。
「シオリさま。裂け目の奥で……
何か動きがあった模様です。
お支度をお急ぎください。
今度はもう少し人数が多いとのことでございます。」
シオリは小さく息を呑んだ。
(……地底の者たちも、動き始めた。)
アーレンたちは、迫り来る気配をまだ知らないまま、
撤収の準備を急いでいた。




