第23話 地底人の弱み
瑞穂が血の記憶を読み終え、
重い沈黙が部屋を満たした。
レムはその沈黙の中で、
ふと胸の奥に奇妙な違和感を覚えた。
(……あれ……?)
気がつけば瑞穂の言葉が、
まるで共通語で話されているかのように
すべて理解できている。
東国語は、挨拶と簡単な自己紹介ができる程度。
複雑な話など理解できるはずがない。
なのに――
瑞穂の語る
「地底の伝説」も、
「鬼の一族の歴史」も、
「地底人の怒り」も、
すべてが頭の中にすっと入ってくる。
(どうして……?)
レムは思わずイオリを見る。
イオリは真剣な表情で瑞穂の話を聞いている。
つまり、イオリは普通に東国語で聞いているのだ。
では、自分は――?
その瞬間、さらに奇妙なことに気づいた。
瑞穂は共通語を知らない。
それなのに、
レムが心の中で浮かべた疑問や感情に、
まるで応えるように言葉を返してくる。
(まさか……)
レムの胸が高鳴った。
瑞穂がゆっくりとこちらに視線を向けた。
「気づいたようだな、レム」
レムは息を呑んだ。
瑞穂は静かに言う。
「そなたが理解しているのは、
わたしの“言葉”ではなく――
“意味”そのものだ」
レムの背筋に電流が走った。
「そして、そなたの心に浮かんだ疑問も、
わたしには“意味”として伝わってくる。
共通語を知らずともな」
レムは震える声で言った。
「……そんな……ことが……」
瑞穂は優しく微笑んだ。
「これはわが鬼の一族につたわる力で、
先祖の誰かが”内響”と名付けた。
言葉より深いところでつながることができる。
それは祝福でもあり、呪いでもある」
瑞穂はそっと手を胸に当てた。
「そなたは今、
わたしの思いのようなものに直接触れている。
だから、言葉の壁は存在しない」
レムは震える手を胸に当てた。
(……これが……鬼の力……)
霧の里の静寂の中、
レムは初めて鬼の“内響”というものに
触れたのだった。
瑞穂は続ける。
「この内響というのは、元をたどれば、
地底の民が会話するときに使用する力。
ほれ、暗がりで急に大声を出したら
周りがびっくりするじゃろう。
それに地下は狭い場所も多く、
音が響きやすいので余計に耳障りじゃ。」
「地底の民の言葉は
小さい囁き声のようなもので、
ちょっと距離が離れると
聞き取りにくい場合もある。
そこで自然と身に着いた
能力ではないかと私は思っているが・・・」
瑞穂は少し間を置いた。
「この能力が強い者にかかれば、
別の作用も考えられる。
つまり、他の者を意のままに
あやつることも不可能ではない。」
レムは悪寒を覚えた。
他人に精神を支配されることなど
想像すらしたくない。
「ふふふ、安心するが良い。
わたしにそこまでの力はない。
ただ、通訳がおらずとも、
言葉の壁をこえて意思疎通ができる程度。
そして、鬼の血をひくものは、
程度の差こそあれど、
たいていこの能力を持っておる。」
レムははっとイオリの方を見た。
そういえば、とてもよく気が付くというか、
まるでこっちの意志を先に感じ取って
行動に移しているという気がしていた。
「ふふ、イオリが気になるか?
この子はそこまでの内響の力を持っておらぬ。
ただ、わが甥が他人に親切なのは
内響を通し、他の者と共感しているのかもしれぬな。」
瑞穂はにこっと微笑んだ。
「どうじゃ、すばらしいことだと思わぬか?」
レムは頷いた。
未知の能力ではあるが、恐れる類のものではなさそうだ。
イオリはただ微笑んでいる。
「他人には親切にせよというのは白雲の民の教え。
別に特別なことはござらぬ。」
(もし、他人の意志を直接知ることができたら、
無用なトラブルも避けられるかも・・・)
そんなレムの考えが伝わったのか、瑞穂もにこりとした。
「よくおわかりだね。その通り。
力は使い方で変わる。
良き方向にも使えるが、悪用もできる。
なるべく皆のためになるように
使うのが良いであろう」
レムはこの人には隠し事はできないなぁと思った。
そして、そう思った瞬間、瑞穂がまたフフフと笑った。
レムの顔が紅くなる。
「伯母上、ありがとうございました。
おかげさまで、この奇妙な武器の正体について
はっきりいたしました。」
「いやいや、まだ全ての謎が
解けたわけではないゆえ、
油断はするでないぞ。
他に聞きたいことはあるかの?」
レムが言った。
「瑞穂さま、地底の民の弱みについて
何かわかりませぬか?」
「弱みとな?そうじゃなぁ…」
瑞穂が首をかしげる。
「まずは、私の苦手なものをあげてみようかの。
そこになにがしかの答えがあるかもしれぬ。」
そういうと瑞穂は少し考えた。
「まずは、晴天の陽の光」
「あまり強いと目がくらんで動けなくなる。
ここは霧に包まれているのでさほどではないが、
町へ出ればかなりしんどい思いをする。」
「まずは強い光ですか…」
「次に、大きな音も好きではない。
どうも鬼の一族の耳は小さい音も良く拾うようでな。
大声を出されるとしんどい。」
「次は音…」
「それから、強いにおいも駄目じゃな。
ほれ、里の民が時々焼く干し魚、
あのにおいも苦手じゃ。」
イオリが笑いながら言う。
「伯母上、あれは白雲の特産品で、
よその地域ではめったに見かけない代物です。
ただ、あれを珍味と称して食べる方々も多いですな。
後でレム殿にも試していただきましょう。」
「物好きがいるものじゃ。
あれを食べ物と言えるものか。
いずれにせよ、においの強いものは苦手じゃ」
二人が土産物あるあるで盛り上がっている間に、レムはメモを取っていた。
「そして強烈なにおい…と。
ありがとうございました。何かのヒントになるかもしれません」
「そうかの?それならばよい。
さて、少々力を使いすぎて疲れた。私は休ませてもらうぞ。」
瑞穂はゆっくりと立ち上がった。
「イオリ、見送りはできぬが気をつけて帰るのじゃぞ。
それから父上と母上にもよろしく伝えてくれ」
そういうと瑞穂は奥へと戻っていった。
イオリとレムはこれからどうするかを
深く考えざるを得なかった。




