当たって砕けろ
「ねぇ、仁」
みんなで朝食の後、ソファで寛いでいると真衣が緊張した様子で話しかけて来た。
「どした、なんか改まった感じで」
「いや、その、あのさ。仁と一緒に行きたいなってお店があったりするんだけど…もし良かったら行かない?」
(あー。そういやここ三日俺だけ引きこもってて付き合い悪かったなぁ…。街の様子も手紙と柊から聞いたことしか知らんし、百聞は一見にしかずって言葉に習って俺も外に出るか)
「勿論いいぞ。どうせ暇だし、お前さんが行きたい時に行こうか」
「ほんと!?やった!じゃあ早速明日とかどう?」
「ええで」
「じゃあ明日ね」
「真衣お姉ちゃーん!そろそろ行こ〜!」
「う〜ん!じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
ソファに寝っ転がったまま目線だけで見送り、欠伸を一つ。
特にやる事もなく啓文が適当に見繕って持ってきてくれた本の中の一冊を手にとって読む。良くある冒険物、ファンタジー作品といった感じの内容。久しぶりに読んだそういう類の本の内容は暇つぶしには丁度良いものの、仁の心を惹くものではなく少し退屈に感じた。
所々流し読みしつつ本の中盤に差し掛かろうとした頃、玄関がノックされた音が耳に届いた。
(昨日より少し遅いな)と思いつつ気怠げそうに体を起こし玄関の戸を開けると、昨日とは違い髪型をサイドテールにした柊ともう一人、長い黒髪の見たことの無い女が立っていた。
二人ともメイド服を着用しており、着ている服からは魔力を感じる事はできない。
「おはようございます。私今日より仁様にお仕えさせていただきます[月城 伽夜]と申す者です。誠心誠意お仕えさせていただきますため、これからどうぞよろしくお願いいたします」
「おはようございます。先に申しておきますが、啓文様から人数を増やすようにと依頼されてはございません」
(……え?じゃあ何で来たの?もしかしていらん気回してきた?それとも単純な色仕掛け?まぁ何でも良いけど二人もいらねぇんよなぁ…ここまできてもらって悪いけど帰すか?…とりあえず入れるか)
挨拶はせず、何も言わずに着いてこいとばかりにリビングへ向かう。
「「失礼致します」」
(んぁーどうしよう。もし色仕掛け目的で寄越したんなら、12席次かは知らんが柊の上司がガチで無能の可能性でできたなぁ…)
都市運営陣への印象を悪くしつつソファへダイブする。
仰向けになり、ソファまで着いてきた伽夜へ向けて質問をする。
「なぁアンタ、上になんて命令されてここにきたんだ?」
「身も心も捧げてお仕えしてこいと」
「ほう、つまり色仕掛けで落としてこいと?」
「いえ。全くそのような事は…」
「隠さんくても良いよ、どうせこの家の音は魔道具を使おうと外から聞くことができんからな」
「本当に、そのような事は言われておりません」
「そうかい?それなりに大きいがこの程度の規模の家のことなんて一人いれば十分だろ、なのに何で君の上司は君を使わせてたんだろうね?」
「二人いた方が仁様も楽しめるかと思い私が配属されましたが…私では仁様の好みに当てはまらないのでしょうか?」
その言葉を聞いて初めて意識して二人の顔を見る。
世界改変前ならばまだしも、今の仁は初対面の人間を脅威かそうでないかで判断していた為、特に脅威を感じない人間の顔を意識して見たのはこれが初めてである。
(あ…俺って細かい所で人格改変の影響受けてんだな…。なんかちょっと怖くなってきた。今の俺って以前の俺とどのくらい違うんだろう…?)
「あの…仁様?」
「え、ああ…まぁ何にせよあれだろ?お前さんらの上司はマジで俺が六欲に溺れたと思って、金も権力も必要なさそうだからとりあえず女を寄越してきたって事だろ?」
「いえ、あくまで_」
「どう取り繕ったってこれが真実だろ。今までそれで買収できてたから次もこれで行けるだろうっていうクソみたいに安直な考えでそれを実行するくらいなら、もう都市運営の大部分を入れ替えた方がマシだな。いや、今のはアンタに言ったって何にもならんか。悪い」
「いえ、仁様が謝る事はなにも」
(ダメだな。気づかない所で人格改変の影響を受けてることに動揺しすぎてる。…落ち着け、俺は俺だ、ゲームのアバターなんかじゃない。いや、なんならゲームのアバターであっても俺が俺を自覚できてる限り俺は俺だ)
怒り、焦り、焦燥、恐怖、そのどれとも違う気持ちの悪い感情が湧いてきて動揺していた心を落ち着かせ、脳をクールダウンさせる。
「はぁぁ……。なぁアンタ、月城って言ったっけ?アンタ、上の人間をどう思ってる?」
「素晴らしい方々かと」
「憎悪、嫌悪、怒りってところか。力がない奴は嘘もつけないなんて酷い世の中だよなぁ…」
「………。」
「[聖女ちゃん信仰隊]って知ってるか?」
「はい」
「アイツ等は月城さんを助けてくれないの?」
「ええ。運営に加わる前に契約を交わしてしまいましたから。それに、12席次の方の力がなければ病気の弟はすぐに弱って死んでしまいます」
(難儀だなぁ…)
最大多数の最大幸福などではなく、選民思想に基づいた力ある者のみが富むこの都市ではこの様な弱者に許された選択肢は死ぬか生きるかの二択のみ。それ以外の選択肢など持つ機会すら与えられない。
少なくとも都市運営に加わった者達はみんなこうなのだろう。
(初対面の人間がどうなろうとしったこっちゃ無い。って言いたいけど、比代理の件といい真衣に毒されすぎたかねぇ?でもこればっかりは規模がデカ過ぎて俺じゃどうにもならんだろ)
「月城さんさ、来てもらったばっかで悪いけど帰って上司に伝えてくれない?『俺を買収したいなら直接来い』って」
「そんなことしたら月城さんが酷い目に遭わされちゃうかもよ?」
「それは俺が何もしなくても変わらんだろ」
「いつも以上にってこと」
「しゃーなくないか?俺は色仕掛けで買収されるつもりはないし、結局成果なしで帰ったコイツには罰が待ってんだろ?」
「それはそうだけど…」
「ならば、脅しを加えていただけ無いでしょうか?」
自分から発言しなさそうな奴が急に喋った事に少しだけ驚く仁だが、当の本人も自分の口からこんな言葉が出たことに驚いている。
「脅しって、アンタをぞんざいに扱ったら殺すよって言えば良いの?」
「いえ、『上級職員を近日中に総入れ替えしない場合、12席次を含めた全員を強制的に入れ替えると』と」
「えぇ〜。俺直接手を出すつもり無いんだけど」
「いえ、手を下す事にはならないかと思います。それに何より、その方が楽しいと思いますよ?」
「何で?あっちにゃ覚醒者が五人くらい居るんだろ?」
「ええ、五人しかいないのです。アルレルト様ご本人が『たかが十数人程度であれと戦えば恐らく都市が崩壊する。故に何としてでも落とせ』と仰っていました。ですのでその程度の尻尾切りならば軽くやってのけるかと」
茜の件は油断していたからまだしも、啓文の起こしたラグナロクは全力で戦い一度生命力が全損しているため最近は自信を無くしていたが、今まで覚醒者のみのパーティ相手でも漁夫を成功させてきた仁だ。
ゲーム時代より飛躍的に魔法も進歩したこともあり、単純な殺し合いともなれば例えこの都市のプレイヤー全員を相手に回しても善戦できるだろう。
「でももし、相手が無視してきたら?」
「何か魔道具でも貸していただけたら私が殺しましょう」
「人格改変されてない唯の人間が人殺せるの?」
「断言はできませんが」
「はぁ…まぁいいよ、今回はアンタに乗せられてあげるよ。好きにすると良いさ」
「ありがとうございます」
(都市の規模が大きいし俺の言葉一つで何にどう影響がでてどうなるか全く想像がつかねぇ…。よし!もしやばい事になったら啓文の人形使って足止めしつつ尻尾巻いて逃げよ)
元々逃げるが勝ちをモットーに生きてきた仁故、改変後も話がややこしくなると逃げようとする癖は変わっていなかった。
「それと帰る前に一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何?」
「結局私は仁様の好みではないのでしょうか?」
「俺に媚びるな。さっさと帰れ」
「私も気になる!」
「お前はさっさと皿でも洗ってこい」
「もしかして照れてる?」
「なわけ」
「じゃあ教えてよ」
「月城さんが良くできたスパイで、俺の好みを探ってまた色仕掛けの要員送ってくる可能性残ってるから教えない」
「それは残念。では、私はこれで」
「じゃーな」
伽夜が帰り柊も家事に取り掛かるかと思ったが、柊は伽夜が帰った事で質問に答えてもらえると思ったのか再度あの質問をする。
「で、結局どうなの?」
「………。」
「え、無視!?もしかして本当にタイプだから照れてる?」
「お前、昨日と違ってずいぶん鬱陶しいな」
「仁君が実は優しいの知っちゃったからね、で、実際どうなの?」
「はぁぁ……。なぁ、柊は自分の親がどんな風に結婚したか知ってるか?」
唐突にされたその質問に(何故?)と思いながらも過去を思い浮かべる。
「確か大学2年生の時に付き合って、そのまま大学卒業後の2年後くらいに結婚したんだって」
「そうか。親御さんは優しかったか?」
「え?うん、勿論。え、何で?」
話す必要もないが、柊が誰がにバラす事もないだろうと考えて少しだけ身の上話をしてみる。
「俺の両親は生活費の削減の為に適当に結婚したんだが、まぁ男女が同じ家に暮らしていれば欲も溜まったのか碌に避妊せずにやった行為のせいで俺が生まれたんだよ」
「え……」
嘘かとも思ったがそんな雰囲気ではない仁の話に声が漏れる。
「その時には金に余裕も出てきたのか何故か俺の事を産んだ親だが、愛情なんざ持ち合わせてない両親は最低限の事だけを行って義務的に俺の事を育てた。そんな家庭環境が原因か遺伝子が原因かは知らんが、性欲はあれど特定個人に向ける特別な感情はよく分からん。だからこそ今までの人生、何となく彼女を作る事はあっても今じゃ声すら思い出せないんだよ。そんな人間が、初対面の人間にどうこう感情を持つことがあると思うかい?」
「…なんか、ごめん」
「いやいや、謝る必要はないよ。俺だって一緒に居れば人に情を抱くし、それ以外の感情も何となくだけどある、と、思う。それに何よりあんな親共と同じ様な人生を送りたくないしね。その内……」
(あれ、その内愛慕も理解してみせるって、これは俺の生きる意味になるんじゃないか…?)
ようやく見つけた理由に少し心を弾ませるが、それも自分自身が簡単に否定してしまう。
(いや、例えば俺が死の窮地に立った時、たかがそれだけの理由で生きたいとは思えんか)
「じゃ、じゃあ、家事終わらせちゃうね」
「ああ、頼んだ。それが終わったら昨日の続きも」
「おっけー」
静かな家に響く生活音に耳を傾けながら本の続きを読んでいると、コンコンと扉がノックされる音が聞こえた。
柊が手を止めて玄関に向かおうとするのを止めて代わりに玄関へ向かう。
(この魔力量確実にプレイヤーだな。だが真衣達じゃねぇし、もしかして12何某さんかもねぇ…)
そう考えつつドアを開ける。
そこには伽夜と髪の毛をオールバックにした金髪の男が立っていた。
「は_」
「先に言っとくが、俺は堅苦しい口調が好きじゃないんだ」
「……こうして会うのは初めてだな。12席次の一人、天秤のアルラルトだ」
「初めまして、まさか今日中に来るとは思ってなかったよ。さぁ、入って。少しだけお話をしようじゃんか」
「ああ。本当は連絡を入れて後日来た方がいいと思ったが、この女に急かされてな」
「別に良いよ、明日じゃ無ければいつでもね」
その日の内に訪ねてきたアルラルトを面白い奴だと感じ機嫌良く招き入れる。
唐突に始まる巨大都市のトップとの話し合い。
(さてさて、いきなり来た事にはアホかと思ったが噂のアルラルト君とのご対面だ、気張って行こうか)
最後まで読んで頂きありがとうございます!!!!!
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次の話も読んで頂ければ幸いです!!!!!!!!!