第9話「みんな大好き異世界に堕ちる」
「東大路君、東大路君・・・!」
意識の外の世界から、声が聞こえる。
それは確かに、自分の名前を呼んでいる。だが、体はまだ重く、感情が目覚めようとはしない。
声を聞き捨てようか。脳裏を過る。そんな東大路に閃光が走った。
毎日、毎時間、頭の中に思い浮かぶ彼女、焼き付いた芒野百子の像が閃光として駆け巡った。
東大路はすぐさま目を見開いた。
「も、百子さんっ!!
・・・違う、あんた誰だ?」
それから数時間後。
東大路はいまだ頭の整理がつかないまま、何処かも分からぬ荒野で、
火を囲い、飯を食べていた。
両脇には20代後半くらいの男性、そして自分と同い年くらいの大人しそうな女性が共に居座る。
物を食べると多少落ち着いたのか、外の風景にようやく考察が追い付く。
東大路が起きた時はまだ空は薄暗かったが、今現在日が昇り、明るくなっている。
どうやら時間が存在するのなら今は「朝」にあたるらしい。
20代後半男性がスプーンを置き、空になった皿を横に置いて、話始める。
「そういえば自己紹介がまだだったね。
僕の名前は西園寺紅葉。
野暮ったければ、エリートサラリーマン、勝ち組って呼んで構わないよ。
そして彼女は」
「は、初めまして。
私は三国牡丹と言います。
宜しくお願いします」
「うんうん、素晴らしい自己紹介だ。
・・・って、聞いてるのか東大路君!」
「へ?
ひょっほまっへふれよ、まはたへてるほちゅう」
「グロテスクだから、
口の中身をこちらに見せないで欲しいな」
二人が自己紹介したにも関わらず、東大路は未だ食べることに本能の全てつぎ込んでいた。
東大路の口の中に溜まった食べ物から目線を反らして、
あきれた表情でコップの水を飲み込む西園寺。
急かされてると気づき、皿に盛られた料理を、口に皿をつけて流し込むように押し込む。
喉が詰まったのか、東大路の動きがピタリと止まる。それを見かねてか、
牡丹がそっと自分のコップを差し出す。
東大路は躊躇なくコップを受け取ると、水を流し込み、
何とか栄養源を体内に送り込むことに成功させた。
「悪いな!
俺は東大路松司、高校3年生で夢は村一番の農家になること!
俺は俺のことを快男児って呼んでるぜ、よろしくな!」
「自己紹介ありがとう、快男児君。
(やはり年齢・職種・性別共にここに召喚された者は皆バラバラだな。
何の手掛かりも無し、か)」
「そういや、
何でアンタは俺の名前を知ってたんだ?」
「そりゃ例の選出の時に、あれだけド派手に最後を持ってかれたからな。
42番東大路松司、嫌でも記憶に残るよ」
「例の、選出・・・?
(そ、そうだ、俺は奴らが言う人気投票の対象になったんだ。
そうなのか、そうだったんだ。
・・・夢じゃ、無かったんだ・・・)」
東大路にようやく今のこの現実が降りかかる。
目線を自分の手、周りの西園寺、牡丹、そして空、周りの荒野へと向ける。
これは全て現実なのか。本当はまだ夢の続きじゃないのか。
それを確かめる術が無く、錯綜する頭は見える物に答えを求めようとする。
「”ここは夢じゃないか”って、顔だな」
「!」
「それはそう思うぜ。
僕だって、そりゃ牡丹ちゃんだって最初はそう思ったさ。
だけど、この未知の世界が僕達の置かれている現実、リアルらしいよ。
悪いことは言わない。
考えるのは止すんだ、目に映ったものを信じた方が苦しまない」
西園寺と牡丹は沈痛な面持ちで顔を下に向ける。
この時すぐさま東大路は理解できた。この二人も、
この世界を受け入れるまでに時間が掛かったのだと。
これを夢だと信じ、世界を拒否するまでに苦悩し、混乱したのだと。
空腹を満たすことによって得られた充実感が、この世界の絶望感によって
再び3人の空間に沈黙を、重い空気を散布する。
そんな中、東大路はとある異変に気付く。
「西園寺さん、アンタのその腕の」
「ん?
あぁ、このデッキリングか」
「デ、デッキリング?」
「そうか、それも知らないのか。
無理もないか、僕達がこの存在に気づいたのも最近の話だ。
このデッキリングにはカードが装備されている」
「カード?
お食事券ってことか?」
「最後まで聞くんだ、快男児君。
君は疑問に思わなかったか。
2次元の奴らは僕達を人気投票の対象にしている。
それならば、何を基準として優劣を競わせているのか?」
「そういや、そうだな。
(いかん、話が難しくなってきやがった)」
「このデッキリングは君も持ってるハズだ。
僕も、牡丹ちゃんもこの世界に来た時から持っていた。
そしてこのデッキに装備されていたカード、それらを見て、その謎は解けたよ。
僕たちは戦わなければならない。
このカードを使って、戦い、勝ち続け、人気を獲得し続けなければならない」