19.戦利品
アリスをお姫様抱っこして、路地を追い風の魔法で駆け抜ける。
一度東通りまで出て、アリスを抱えたまま俺達の住んでいた路地に移動する。
いつもの場所にたどり着いたら、アリスを膝枕で寝かせて、改めてアリスのケガを確認していく。
他には手の平にも少し切り傷があっただけで、ケガは完治している。
ケガは治っても、怖かったのは変わりない。
続いて俺のケガの治療だ。
怒りと、焦りで忘れたが、最低限動ける程度にしか治療していなかった。
体中に痛みが走り、頭も少しふらつく感じだ。
体の内部をサーチして、異常個所を探して治療して行く。
折れていた部分を直して、筋肉の断裂・内出血・内臓も一部損傷しており、魔法がなければ確実に死んでいただろう。
筋肉も魔法でほぐして痛みをなくした。
自分の体では、自由に魔力を動かせるが、他人の体では浸透させるのに時間がかかると言う事が判明だ。
と言う事は、触手を伸ばしてこっそり心臓を潰すなんて方法で、暗殺をしようとすると、時間がかかってしまうと言う事か。
獣にも一緒なのかな?これができれば、酸欠よりも早く狩りができるようになるかも。
今回の事件で問題が大きくなったのは俺の油断だ。
俺はあの時、ウサギだけ狙ってひったくられるという思い込みをしていた。
でも、実際には俺を殺して奪い取るというのが目的だった。
しかももう1人は、ひったくりではなく、アリス狙いの誘拐が目的だった。
これは今日アリスの体や髪を洗って綺麗にして、髪も短くした事で目を付けられたって事だろう。
確かに見た目にもかわいいので、好色の奴に売るつもりだったのかもな。
本当に自分に腹が立つ。
俺がもしも1撃で死んでいたら、意識無くした後起きなかったら、魔法で回復が出来なかったら、アリスが抵抗せずにあいつの足がもっと速かったら‥‥アリスはどうなってた。
こんな命の掛かった危険な場所で、一瞬たりとも油断なんてしてはいけない。
思い込んで、余裕出して攻撃食らってから、攻撃なんて甘い事してたら、いつ命を失ってもおかしくない。
命を失ってから後悔しても仕方がないのだ。
常に予防線を張り、危険を回避しないといけない。
冒険者ギルドでもそうだが、この世界は子供に理不尽過ぎるんだ。
失敗したら、死んでしまう世界なんだ。
生活の安定も必須だが、身の安全こそがまずは重要視しないとダメだ。
その為にも、今回俺を狙ったやつにはもう二度と俺を狙えないようにしておかないといけない。
さっきとっさにアリスを探した時にやったが、知っている人ならサーチで大体どの方向で、どれくらいの距離なのか探す事ができる事が分かった。
誘拐犯を探してみると、多分さっきと同じ場所にいるようだ。
結局叫ばれて、片足しか潰せなかったが、よく考えると片足でも十分だ。
これからは、松葉杖と共に一生暮らす事になるだろう。
俺を蹴った男は、冒険者ギルドの周りにいる様だな。
パン屋は、驚いたな‥‥パンの露店をまだやっているようだ。
あいつは子供が目の前で死にそうになっているのに、その子供からウサギを盗むという外道を行い、何食わぬ顔でそのままパンを売り続けてるのか?
一応パン屋のふざけた行動のおかげで、目覚める事が出来たが、あいつに感謝する事はない。
どいつも外道ばかりだな。
日本的な罪で言えば、
誘拐男 : 誘拐未遂 傷害
蹴り男 : 殺人未遂 傷害
パン屋 : 強盗傷害
って感じか。
‥‥まあ俺は、強盗傷害罪なんだけど‥‥アリスを助けるまでは正当防衛でも、気絶させたあとは犯罪だよね。
「ハルト?」
「ああ。」
「‥‥どう、なったの?」
「もう大丈夫。安心していいよ。アリスを攫ったやつには罰を与えたよ。もう襲って来たりしない。」
アリスは、何があったのか思い出したみたいで、見る見る涙を溜めて泣き出してしまった。
「怖かったな‥‥もう大丈夫だよ。」
「うん‥‥ハルト~。」
アリスは泣きながら、まだ震えてる。ほんとに怖かっただろうな。
俺でさえ思い出したら怖くて震えそうになるのに、俺が蹴られて飛んでいくのを見てるし、麻袋被せられて連れられ、さらに殴られている。すごい怖かったはずだ。
「ハルトは、ケガしてない?‥‥大丈夫?」
「ああ。大丈夫。ケガを少ししたけど、もう治ったから。」
「治らないよ!どこケガ‥‥痛い?」
「魔法で治しちゃったよ。大丈夫。」
「うそ‥‥ついてない?すごい血が付いてるよ。」
ケガは治っても、服に付いた血は消えないんだった。
「ああ‥‥血が付いてるだけで、ケガはほんとに直したから大丈夫だよ。」
アリスも、髪の毛に血がついてしまっている。
魔法で空気中の水を集めて、マントの端を少し濡らし拭いてあげる。
頭を抱きしめて震えるアリスを慰めるが、震えが収まる事はない。
「もう、安全だよ。」
「うん。」
何回も、「安全だよ」「大丈夫だよ」と言い聞かせる。
落ち着く為にも、ちょっとお腹に物入れた方がいいんだよな。
「ちょっと落ち着いたら、お腹空いて来たね。」
「お腹空かない。だから離れたらダメ。」
「大丈夫、買ったらすぐ戻ってくるから。」
「ダメ。」
今行かないと、店閉まっちゃうんだよな。
「一緒にいく?」
「うん。」
「アリスは、この布かぶって髪を隠して行こう。」
「そうなの?」
「アリスは可愛いからね。」
アリスが攫われた時に被せられていた袋を加工して、フード付きマントのような物を作って被せて上げる。
俺は‥‥大丈夫か。アリスだけ問題なければ何とかなる。でも、警戒は常にしながら行こう。
サーチで見ると、誘拐男は同じ所で留まっている。
蹴り男は冒険者ギルドの近所の建物の中に入ってそうだ。
パン屋は、いまだパンを売っている。
いつものナシ屋の方面に行くと、パン屋に見つかる可能性があるので、別の所にって‥‥あれ?
俺が蹴られた時、パン屋がいたんだよな。なんでだ?
ってあの辺りまで逃げたのか‥‥と言う事は‥‥焦ってたので周り見てなかったけど、俺が突っ込んだ露店って、ナシ屋だったのかもしれない。
あの時衛兵呼んだ声がしたけど、あれはナシ屋の人だったのか。
あれがなかったらもしかしたら追撃受けてたかもしれないな。
商品も荷車も損害受けてそうだし、パン屋を片付けたらお礼にナシ買いに行こう。
俺達は東通りに出て中央広場に向かって歩いて行く。
少し遠いが、こっちの方が露店の数は多い。
露店は野菜が多いのだが、果実もそれなりに売っているしパンも売っている。
今日はパンにしてみるかな。もちろんあのパン屋ではない。
「パンを2つ売ってください。お金はあります。」
「ああ?金はあるんだな。先に払え。」
俺は、銅貨を2枚先に渡す。
「ほらよ。」
「はい。ありがとございます。」
今回は、無事に買えたようだ。
パンは、丸いフランスパンのような黒パンだ。
大きさは、直径7~8センチってくらいかも。
思ったよりも、ボリュームもありお腹いっぱいになりそう。
たしか白パンは、小麦から出来ているが、黒パンはライ麦から出来てるんだっけか。
パンだけ買ったら、急いで路地まで戻って来る。
パンは思いのほか固い。俺の腕の力全部で千切ろうとしてもダメなくらい固い。
歯で噛み千切ると、歯が欠けそうになる。なので唾液で少し柔らかくして少しずつ食べるのだが、パサパサで喉が渇く。
旨いとかまずいとかと言うレベルでは無いな。
こういうパンは、スープに浸けながら食べないと、まともに食べられなさそうだ。
確かにお腹は膨れるんだろう。でもそれだけっぽい。そうだよね、主食ってそういうもんだよね。
これだけで食べようとした俺が間違えたって事か。
結局、俺もアリスも半分くらい残してしまった。残りは、亜空間に入れて明日の朝食にしよう。
俺もアリスもパンの感想を言うでもなく、寄り添いながら路地に座っている。
「もう少ししたら、ちょっと出かけてくるね。」
「どこ行くの?」
「さっきの奴らにお仕置をしにいってくる。」
「それって‥‥。さっきのに?」
「うん、あと2人だ。あいつらを野放しにする事は出来ないからね。」
俺を蹴った奴と、ウサギを盗んだ奴を放置なんてできない。
「魔法で殺しちゃうの?獣狩った時みたいに‥‥。」
アリスは、俺が獣を狩っているのは見てないが、獣を狩れるだけ強いという認識は持っているようだ。
「殺さないつもりだよ。また狙われたら困るから、もう2度と俺たちを狙えないようにしっかりお仕置をしておくよ。」
そう死んで終わりなんて許さない。弱者になって生きて貰わないと。
「ハルト‥‥危ない事はしないでね。」
「ああ、大丈夫だよ。荷物確認と整理をしたら向かうから、アリスは寝てて。今日は疲れただろ。」
「うん‥‥。」
さてさっきの誘拐男から奪った荷物を整理しよう。
お金は大銅貨8枚と銅貨を13枚持ってた。
罪を犯すくらいなので全然持ってないと思ってたけど、思ってたよりもお金持ってたな。
と言っても、日本円で9,300円しか持ってないとも言えるよな‥‥。
銀行なんかのお金を預ける所がないので、手持ちの金が全財産って事だもんな。
これで手持ちのお金は、
銅貨 : 17枚
大銅貨 : 19枚
銅貨100円換算で、2万700円になった。
装備品は思いのほかいろいろ持ってた。
片手剣を持っていたが、手入れがされていない粗悪品だし、俺の身長よりも長いので使えないので金物屋で売ってしまおう。
短剣も持ってた。俺が買ったナイフと少し違うけど、加工したら使えそうなのでこれはアリス用として明日にでも加工しよう。鞘がないので、鞘は自作してみるか。
持っていた小さな袋の中に、小さな干し肉なんかも入っていたが、あまり食べる気はしないな。火を通して食べるか‥‥でもなんの肉かもわからないしな‥‥捨てるか。
服は、一般の人が着ているような服だが、かなり汚れている。下着も履いていなかったので、洗わないと着られないな。
靴も履いていた。靴と言っても獣の皮を足に巻き付けて、革紐で結ぶだけの物だけど、これも洗えば使えるだろう。
服と靴は、煮沸消毒も必要そうかな。
皮のベストは、ただのベストのようだが、前面の部分だけ少し硬くなっているので一応防具的な意味で着ていたみたいだ。
腕にも硬めの皮を巻き付けていたのでこっちも防具なんだろう。
他にもペンダントやブレスレット的な物も付けてたんだけど、革紐に骨や石なんかを結んだだけのかなり素朴なものだ。
アクセサリーは人気なのか、道を通る人ほとんどが何らかのアクセサリーを付けている。
俺達にはそんな余裕はなかったので持ってなかったけど、普通の生活してる人は持っているみたいだ。
俺は要らないけど、アリスは欲しがったら材料ばらして作り直して上げよう。これも煮沸消毒してからだけど‥‥。
最後に木の板があった。
大きさは大銅貨と同じくらいなので千円札の半分くらいのサイズの木の板だ。
三角形に少し掘られて、そこに炭が擦り込まれているようだ。
木の板なので炭だけだと消えてしまうのでそう言う加工をしているんだろう。
なんかの符丁なのかな?使う所が分からなかったら意味ないし、そもそも子供が持っている時点で符丁を合わす所までたどり着けなさそうだけどね。取り上げただけで、意味があったと思おう。
これで装備品は一通りだな。
洗ったり、作り変えないと使えない物ばかりだけど、それなりに役に立ちそうだ。
サーチで蹴り男の様子を探っていたが、さっき冒険者ギルドの食堂兼酒場から出て来て南に向かっているようだ。
時間は深夜0時くらいかな。
誘拐男は動いたみたいで、南側の貧民街近くの路地にいる様だ。
夜になり日が沈むと真っ暗になり、明かりが無ければ進む事がでいないので、そこで朝を待つつもりじゃないかな。
裸で東通りを横断しただろうに、衛兵には捕まらなかったようだな。
パン屋は、貧民街の少し手前くらいで止まっているので、そこが家なのかもしれない。
大分長く動いていないのできっと寝ているんだろう。
パン屋は、朝まで動かないだろうから、誘拐男から潰して行こう。
本来は本拠地と言うか、住処ごと潰してもいいんだが、家もないだろうし戻るとしたら仲間の所だろうから、1人で路地にいる間に潰した方がいいだろう。
俺は蹴り男が動くまでの時間に、魔法を検証していた。
魔法を見る魔力視と同じように、魔法を目に集中して暗視が出来るかどうか試していた。
日が落ちると町は真っ暗になる。家の中などではランプで明かりを取っているが、虫が入って来るので窓は締めきっているのが普通だ。酒場なんかでは、目印がわりに外にランプを付けている店もあるが月明りのみで本当に真っ暗だ。どうしても外に出る人は、携帯用のランプを使って出歩く事になる。
という事で、当然そんな物を俺が持っている訳無いし、持っていたとしても暗殺に近い事をするのに目立つ事もしたく無い。なので魔法で暗視スコープ的な事ができないかと検討してみた。
実際サックリと実現できたのだが、そこから使い勝手と言うのを考えて検討してみた。
俺の知っている暗視スコープと言うのはいくつかある。
1つは、少ない光を増幅させる方法。
もう1つは赤外線などの、人間に見えない光を投影して、その光で物を見る方法。
問題は、光の増幅では唐突に明かりを向けられた時に失明の可能性がある。太陽を直接見るような現象だ。
赤外線の場合には、赤外線の投射をしないとなにも見えない。
と問題を抱えている。
赤外線は、相手に見えないライトを付けてるだけなので、暗視と言う意図よりも、「見つからないように相手を見る」と言う意味合いが強いので、そっちよりも光の増幅の方が使いやすそうと判断した。
それに、赤外線しか見えないので色が単色になると言うのもよろしくない。
増幅と言うのは、デジカメなんかの感度を高くした状態だ。
あれの場合には、デジカメの画面を通してみるので白飛びするだけだけど、魔法の場合にはそのまま目に入って来る。
昔漫画で見た事があるが、暗視スコープに強い光が入ると安全装置が働いて、一旦真っ暗になると胃う物だったが‥‥。
真っ暗になってしまうのはいただけない。デジカメのように自動で感度調整してほしい。
でもそれだけだと1部だけ明るい物を見た時に、そこ以外は真っ暗になってしまう。
例えば暗い部屋で、ロウソクを見た時に、ロウソクは綺麗に見えても、ロウソクで照らされた周りの物は真っ暗になってしまう。
これの原因は、感度の変更が画面全部で行われているからだ。
ロウソク部分は感度が低く、ロウソク以外は感度が高くなればいい。
という事で魔法に組み入れて見る。明るい部分の感度は低く、暗い部分の感度は高くなるように。
反応速度も悪くない。唐突に光を向けられても大丈夫なのも確認済みだ。
そしてもう1つ、誘拐男の足の神経を切った時の問題の対処だ。
それは片足の神経を切ったら叫び出したせいで、すぐに逃げないといけなかった。
片足でも十分な気はするが、逃げる前に大騒ぎされるのは困る。
これの対策も考えた。
いろいろ方法を考えたが、音が漏れない魔法にした。
他にも痛みを抑える方法や、声を出せない方法なども考えたが、痛みを抑えたらそもそも意味ないし、声が出せなくても暴れられれば音が出る。なので、周囲の音が外に漏れないように考えてみた。
音とは空気の振動だ。なので、空気が無くなれば音は伝わらなくなる。
という事で、対称を球形に魔法で包み、その外周のみ真空にする事で外へ空気の振動が届かないようにする。
これで中の音は外には漏れない。中には空気があるので、死んだりもしない。
この魔法は神経を切る時だけでなく、俺に使っても足音などを消せるので便利そうだ。




