2 悪夢であるものとこれから悪夢になるもの
ロ─ゼは夢を見ていた。
この屋敷にやってきた頃、よく見ていた夢だ。
詳細も朧気な夢だ。
遠──て─く─屋、
─暗─窓──い部─、
夜通し聞─え──て─る少─の─えぎ声、
むせ──るほ─の─臭─鼻をつ─
恐─に響──吠─、
─かい──プの味、
幸─そ─な─供達─笑─、
肌─焼─炎──気、
向け──た恨─の視─、
憎悪─眼─映──人々、
─ざ嗤う人、ヒト、─
......死にかけの少女が、血にまみれた手をわたしのほおにあてた。
生暖かい風が頬を撫でる。
むず痒い感覚によって目が覚めた。
目蓋を開けると、見渡す限り草木が生い茂る深い森だった。
ローゼは、その光が差さない森を、
一直線に切り開く道の上に立っていた。
私は、お嬢様の寝顔を堪能して
ベットに入ったはずでは無かったか。
私は、確かにパジャマに着替えたはずだが、
何故メイド服でいるのか。
などと考えていたが、
今のままでは、埒が明かないと思い、歩き出した。
不自然に森を貫く道は、後ろ側にも続いていた。
だが、迷うこと無く足を前に出した。
進むたび、背後で風景が崩れ落ち、
足下や周りはだんだんと見えなくなっていったが、
進む足取りはメイドらしく瀟洒で、確かなものだった。
どれぐらい経っただろうか、
時間の感覚が麻痺してきた頃。
知らない見知った屋敷が道の前に、
いや虚空の上に浮いていた。
知らない訳はあまりにも普段とかけ離れているからだった。
何が?
漂う雰囲気が、だ。
何処が、どう違うかは分からないが、
ただ一つだけ、あの場所にはお嬢様はいないことだけは、何故か分かったローゼ。
吸血鬼がいられる場所は、生きていける場所はあの館しかない。
自分を救ってくれた主が、いるべき所にいない。
その事実だけで、ローゼは焦燥に駆られた。
あの屋敷の中には、主以外の何者かがいる。
それは、予想ではなく確信だった。
主がどこにいるのか、などその他を問いただすために、
覚悟を決め、乗り込みに行った。
優雅でおどろおどろしい門を抜け、
荘厳で頼りない玄関の大扉を開けた。
† † †
通常エントランスがあるはずだった場所は、空白で真っ白だった。
エントランスだけではない、
辺り一面真っ白で、入ってきた大扉さえ
白く同化し分からなくなっていた。
そんな白く、だだっ広い空間になんかいた。
黒いモヤみたいなものが集まって、人型を形作っていた。
禍々しさはなく、コミカルな印象すら与える造形だった。
具体的には
●
/ lヽ
l
/ \
そう、棒人間だった。
生き物とは断言できない人間と目が合った、気がした。
目が本来あるはずの場所、眼窩ごと目が存在していないが。
目をそらしたら負けだ、という言わんばかりに
ずっと睨み合う2人(?)。
「なに? お前は初対面の人の鼻を睨みつけるのがマナーだと思っているのか?」
残念! ローゼが睨みつけていた所は鼻だった! つまり棒人間の不戦勝!
棒人間は口もないのにヌケヌケと抜かす。
「ああ、子供には椅子をすすめるのがマナーだったかな?」
「そもそも異種間コミュニケーションを試みるなら、マナー以前に心を推し量ってみるべきでは?」
「すまないな。お前の心はあまりにも乱れているから無理だな」
† † †
[この後、長い間こんなやり取りしてたのでカットです]
† † †
何を言っても皮肉にして返してくる棒人間。
長いこと言いあっていたローゼには疲弊の表情が浮かんでいた。
「さて、もういいだろう。腰でも落ち着かせて実のある話し合いをしようぜ」
「ええ、あなた(?)には答えてもらうことが多々ありますからね。具体的にはお嬢様はどこへ行ったのか、です。だから腰を落ち着けて話すことは賛成です。が、その肝心の椅子はどこにあるのでしょうか」
「別に地べたに座ったっていいんだが、仕方ない。
『椅子なんてねぇじゃねぇか。頭にボウフラでも湧いてんのか』
って言いたげな眼で睨まれたらな。おお、怖い怖い」
勝手に思考を読まれた。その事実に歪んでいたロ─ゼの顔がさらに歪む。
漂白された空間にいきなり円卓と椅子が現れた。
「どうした? 鳩が豆鉄砲食らった顔して。――いや、お前には分からないか」
ロ─ゼにしゃべる隙を与えず、続ける。
「この世界風に例えると、トロ─ルがとんちに答えた顔して、が近い意味かな?」
顔に各パ─ツは無いけれども、
衝動的にぶちのめしたいと思わせるウザさだった。
ロ─ゼは、
殴ることは後でもできる、今は情報の確保が最優先です。
と、自分に言い聞かせながら拳を握り、我慢する。
「それでは一から説明してもらいましょうか?」
「そうだな、どこから話そ―――答えられることは一つだけになった。悪いな」
「全て話せなどには応じられない。具体的には、一から、全て、まるっと、説明してくれ、なんかだな」
「ならば、あなたの正体を 「悪いが、さっきの会話が1回分だ。だから先に言った―――悪いな」
ロ─ゼの発言を遮り、
飄々と嘯く。
「願い事は吸血鬼が眠る部屋―――その隣の仕事部屋にある両袖机。左側下から二段目の中から始まる」
ロ─ゼは何か言おうとし、口を開けたが、
棒人間が黒い笑みをたたえていたので口をつぐんだ。
それが後から思えば間違いだった。
「さて、情報は絞れるだけ絞った後やること残ってないか? 例えば俺を殴るとか。殴りたかったらどうぞ、ただし殴れたらな(笑)」
ロ─ゼのまゆが一瞬ピクッと動く。
円卓と椅子が、元から無かったかのように消える。
純白の部屋の中、棒人間は笑みを深め、
「ほら、どうしたんだ?」
煽る
「フルボッコにするんじゃなかったか? んん?」
煽る
「まぁ、でも、たとえ万が一、億が一、殴られてもそんな小枝のような腕じゃ痛くも痒くもないな。あ、いや、痒いか。蚊に刺された―――吸血鬼に噛まれたぐらいには」
煽る
ロ─ゼは、もう一度拳を握りしめた。
今度は殴るために。
拳からは血は出ていないが、時間の問題だった。
親愛なる主人を侮辱した罪は重い。
それこそ、言葉を忘れてしまう程に
「――――――――――ッ!!」
人の物ならざる言葉と拳を持って、黒々しい棒人間に飛びかかった。
次回
『主神と女神と棒人間と』
また見てね