第四話
微シリアス入りまぁす!
ラゾールトが目覚めると、視界に二人の天使がいた。
「――……なるほど、俺は死んだのか」
「何を仰ってるのですか……」
素でラゾールトがそう呟くと、少し離れたところから女性の呆れたような声が聞こえた。言わずもがなのティエラである。
ラゾールトはここ数日、ティエラの元に行くためにかなりの無茶をした。『不幸体質』でロスした時間分は睡眠時間を削り、それに加えて通常時の書類と前倒し分の仕事が重なっていたので、身体に負担がかかっていたのだ。
今回は絶対に行く!と意気込んだ結果の無茶なので、ジェイドは特に止めはしなかったが、セーブさせるべきだったかと思った。何せ――
「ふん、この裏切者め。俺がいない間、よくも男なんて作りやがったな。挙げ句、子どもまでとは」
――ラゾールトはとんだ勘違いをしているのだから。
もし、いつも通りのラゾールトならすぐに気づける問題なのだが、『疲労+寝起き』という頭が働かない現在、さらに頓珍漢な間違いを重ねてしまっている。
ラゾールトの勘違いとは、『ティエラの浮気』である。
確かに結婚後すぐに離宮に籠り、二年以上振りに再会したときに見知らぬ男と一緒にいるのをみればそう思うのも仕方ないかもしれない。そこにさらに子どもまでいたから話はさらに拗れている。
だが、ジェイドは思う。
――「もっとよく見ろよ」と。
ちょうどそこに先程子どもを抱えていた男がやってくる。ラゾールトは目が合うや嫉妬と嫌悪の混じった視線で睨みつけ、一方の男は少々冷ややかな色を目に宿している。
バチバチと見えない火花を散らす二人の間に挟まれたティエラはこのとき、「なぜ見つめあっているのか」とずれたことを思っていた。
「出たな!真っ黒間男!」
「……なんだと?甲斐性なしの癖に」
先手を打ったのは甲斐性なし、それに対し速攻で切り返した真っ黒間男(仮)。きゃんきゃんギャーギャーと言い合う二人は、竜虎というよりオヤツの取りっこをする子供のようだった。
ふとそこでティエラが「まおとこ……?」と首を傾げ、そして真っ赤になった夫の表情を見てようやく「あぁ」と納得した。
「オルト様、違います。そこな男は私の情夫ではありませぬ。
――それは、私の実兄に御座います」
その言葉に目を剥いたのは、ラゾールトだけではなかった。
現在、小シュルテン王国にいる王子は三人。周辺国でも有名な、三つ子の王子である。
王子たちは皆そっくりで、母である女王譲りの空色の瞳と王配である父と同じストロベリーブロンドの髪をしていた。ラゾールトもジェイドも、ティエラとの式の際に顔を合わせているので、間違いようもない。
さらにティエラとかの王子たちは七つ年が離れている。
それに対して目の前の黒男は、どう頑張って見てもラゾールトより年上には思えない。せいぜいティエラと同い年ぐらいだ。
「……もしかして、聞いておられないのですか?お義祖父様に」
「え?」
ラゾールトたちの怪訝な表情を見るや、サッと顔を青褪めるさせるティエラ。
いつの間にか黒男の方に移動していた天使たちも、ティエラのその表情に不安を滲ませていた。
「ですから、私が本当は……」
と、そこで言い淀んで、ティエラはグッと唇を噛んだ。黒男は心配そうに「エーラ」と声をかけると、俯いたまま軽く首を振って見せた。
「いぇ、きっと自分で伝えるべきだったのです。それを後回しにしていたから……。お義祖父様も、だからこそ仰らなかったのでしょうね。
ね、オルト様。聞いていただけますか?
私たちの、国のことを」
やや悲壮感漂うティエラの様子に、ラゾールトはぐっと息を呑んだ。
小シュルテン王国現女王には、双子の妹がいた。
生まれてすぐのエクサルファ教の洗礼時、神託を受けた神官に『聖火の姫』と示された妹が。
『聖火の姫』とは、エクサルファ教では最上位の存在。その立ち位置は他の宗教で言うところの『聖女』や『神子』であり、教皇より上位にあたる人物だ。
その選定基準は実に曖昧で、三代に一度王家及びそれに近い血筋から一人だけ選ばれ、必ず女性であると言うことだけ分かっている。そのため大抵は貴族令嬢だが、過去に二回平民からも『聖火の姫』が現れている。そのどちらも時の王族の落胤かその子だった。
一説には、『聖火の姫』とは神獣エクサルファとの絆を絶やさないために王族が嫁入りするとされている。つまり、『聖火』とは『聖嫁』であると。
だが、実際のところは何も分かっていない。『聖火の姫』は、ある日突然行方を眩ますからだ。
それゆえ人々は口では『聖火の姫』を称える一方、内心で『生贄』であると思っていた。
『聖火の姫』と分かると、その娘は強制的に教会に引き取られ、他の男に奪われないよう同性のみに囲まれ、深窓に秘されて育つ。
面会を許されるのも、同性の家族のみ。異性である父や兄弟は、垣間見ることさえ許されない。
そして、いつの日か神隠しに逢うのを待ち続けるのだ。
小シュルテン王国の王妹である『聖火の姫』も、乳離れが済むや早々に教会に引き取られた。
また、彼女は正式に名付けが終わる前に『聖火の姫』と認められた為に、名前をつけられることもなかった。ただ、呼ばれるときは『姫』とだけ。
姉である現女王――当時はただの第一王女だったが――は、唯一の妹を心配し、暇さえあれば教会に赴き名で呼ぶことも出来ない妹を見舞っていた。だが、やがて婿を取り徐々に王族としての責務に追われ、会いに行く機会も減っていった。
三つ子が産まれたのは、二人が十八の時。
その頃には、年に三回ほどしか会えなくなっていた。
珍しく、やや嫁ぎ遅れとも言える歳になっても神隠しに逢うことなく、教会に隠される『姫』は、姉に子が産まれたことをたいそう喜んでいた。
「消えるなら、姉の子を見てから」それは、『姫』が思っていた一つの小さな願い。
だからだろうか、『姫』が消えたのは、その三つ子の生誕祭が終わった直後だった。
『姫』の姉は、もちろんひどく悲しんだ。
いずれは、と分かっていたことだが、大切な存在――自分の半身が突然失われた衝撃は、想像以上だったのだ。
だが、それから七年が経ち、正式に王位を譲られ女王となった彼女の元に、一人の男が現れる。
全身を黒の衣装で包んだ、黒髪金眼の男。
その腕に抱かれた御包みの中に眠る子は、女王とその妹によく似た白い髪をしている。
男は、多くは語らなかった。
女王に赤子を手渡すと、一言。
「ティエラを、頼む」
そう言って、振り返ることもなく天空に駆け去っていった――獣の姿で。
後に分かったことだが、その赤子――ティエラは、間違いなく『姫』の子で。
神獣エクサルファに隠されたと思った女王の妹は、消えた先で存外幸せに暮らした。
そして『姫』は、彼女を連れ去ったエクサルファの兄弟の子孫である一族の長と番になり、その男との間に双子を産んで、儚く果てたのだと。
「――じゃあ、お前たちは」
「はい、正真正銘『聖火の姫』の子で、女王陛下は伯母にあたります」
「信じられないなら、見せてやるか?」
何を、とラゾールトが問う前に二人はふわりと発光した。
全身を包む柔らかな魔力の光が消えるとそこには二頭の獣がいた。
黒男がいたところには漆黒の体毛に金色の瞳の獣が、ティエラのいたところには、それより一回り小さな純白の体毛に同じく金の瞳の獣が。
見たこともない生き物だが、いつか聞いた神獣エクサルファの姿と合致している。
[ふむ、聖域で育ってないにしては相変わらず力の使い方が上手いな。エーラ]
〔お世辞は結構です、お兄様。
というより、つい最近までこの姿の時間の方が多かったのを知っていらっしゃるでしょう?〕
[まぁな]
「ちょっ、ちょっと待って!?」
テレパシーで呑気な会話を続ける兄妹に割って入ったのは、話の衝撃で放心していたジェイド。
自分が思っていたのとは違う方向に話が向かい、脳内処理が追い付いていなかったが、目の前の二人が変身したことである事実に気がついてしまったのだ。
「もしかして、その子たちも……」
〔そうです。しかしリータは私と同じぐらいしか力はありません。ベルンはお兄様……には届きませんが、かなりの力を有しております〕
[だからこそ、教育係としてオレがここにいるんだ]
それを聞いて、ジェイドは頭を抱えた。
主に、これから起こるであろう問題に。
「オルト……ヤバイぞ」
「何だよ、急に」
「お前、まだ気づかないのか!?」
ジェイドは鈍感を通り越してもはや残念としか言いようのない幼馴染みに呆れるしかできない。
ふと、そこでラゾールトは自分のそばに舞い戻ってきていた二人の天使に気づいた。
やけにキラキラとした表情で自分を見上げる二人。一人は白い髪、もう一人は……。
(あれ?ってか、よく見れば―――あぁ!?)
二人の天使はおそらく双子なのだろう。くりっとした目の形や、高め鼻梁が似通っている。だが、それは二人に限ったことではない。
白い髪の少女の瞳の色も、金の瞳の少年の髪の色も、見覚えがある。
似ているのだ、自分に。
そして、そこから導かれる結論は――。
「まさか、この子たちは」
「どう見たってお前の子だろう!
それに、この子たちはクウォーターの神獣だ!」
ようやく気づいた現状に、ラゾールトは思わず頭を抱えたくなった。
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