84 兄さんとユウ
2日目の夜の事。
ここは自宅でなく、平原の中なので周囲にいる野生の生物が夜間襲ってくる可能性がある。
なのででローテーションを組んで、兄弟で順番に見張りをすることにした。
そんなローテーションを組んだのはいいけれど、ローテーションの時間でもないのにユウが起きたままでいた。
「ユウ、寝なくてもいいのか?」
僕は尋ねるけれど、ドラゴニュートは1日2日の徹夜は、特に体の負担にならないので、問題ない。
「……」
でも、ユウはしばらくの間無言だった。
星空を1人で眺めつづけていて、もの悲しそうにしている。
「兄さん、僕って争いごとに向かないですよね」
それからぽつりとこぼした。
「そうだな。でも、そのうち慣れるだろう」
と、僕は返す。
昼間のユウの戦いぶりは、見ていて酷い物だった。
砂蜥蜴は僕たちドラゴニュートにとって、明らかに数段階格下の相手で、兄弟たちは一方的に蹂躙して仕留めていた。
そんな中で、ユウだけあんな戦い方だった。
「マザーが運んできた死にかけの獲物を殺す訓練もさせられた。それには慣れただろう」
「……慣れたけれど、命を奪うことへの抵抗感はなくなりませんね」
「ふむっ」
前世の日本人としての感覚を、一番残しているのがユウだ。
僕はそもそも最初の人生が日本人ではなかった。転生人生を複数回繰り返しているので、元日本人ではあるけど、感覚の根っ子にあるものは日本人ではない。
ミカちゃんに関しては、「あれはなんなの?」って言うしかない。
この世界を半分ゲーム混じりに考えていることもあるけど、ミカちゃんはちょっとどころではない規格外の存在だ。
元日本人より、元原始人、そして現野生児というのがピッタリくる。
「まあ人間って奴は、何度も辛い目に遭って、悲しい目に遭って、理不尽に何度も叩きのめされて、そうやって鍛えられていくものさ」
「そうですか……?」
「そうだよ。挫折も苦労も知らない人間なんてのは1人もいない。皆叩かれてるうちに、しぶとく生きていく方法を覚えていく。あるいは感覚が鈍くなって、辛い事にも鈍感になっていくだけかな」
「……」
僕の人生、いろいろ辛い事ばかりですよ。
転生を繰り返してるけど、なかなかに楽な人生というのはなかった。
楽と言えば労働はいいよね。
24時間、365日。
働いて、働いて、働きまくって、働き続ければ、楽しいことも辛いことも考える暇がなくなって、とにかく労働だけしていればよくなる。
フフフ、ブラック労働って素晴らしいなー。ハハハー。
前々世で日本に転生して、ブラック労働の存在を知った時は、目から鱗だったよ。
どんな辛い事でも、仕事だけしていれば関係なくなっていく。
「あ、あの兄さん、顔がおかしいですよ」
「おっと失礼。ちょっと楽しいことを思い出してて」
ミカちゃん辺りが今の僕の心の声を聴いてたら、
「お前頭がおかしすぎる。いくら重たい過去抱えまくってるからって、それで人にまでブラック労働押し付けるなよ!マジで怖いわ!」
とか叫ばれたかもしれれない。
「はあっ、僕ってこの世界で生きてくのに向いてないのかな」
最後にユウはそう零した。
何ともその表情は複雑だった。
悩むユウに対して、僕は的確な答えなんて用意できない。
僕自身も、答えを持っているわけではないからだ。
でも強いて言うならば、
「生きていく限り、世界の向き不向きは関係ないさ」
と、僕は答えておいた。
地球に生まれようが、それ以外の世界に生まれようが、生まれる場所は自分で選べるものではない。
ただ自分が生まれた世界で生きていくのが、生者の宿命なのだから。
僕は別にユウの抱えている問題や苦しみに対して答えはできない。
ただ自分の今までの生きた中で思った事を、口にしただけだ。
僕は弟に対してそこまでできた兄でもないし、そもそも自分の中の悩みなんてものは、他人が解決してくれるものではない。
「悩みなんてものは、適当に自分の中で適当に折り合いをつけるしかないさ」
冷たく聞こえるかもしれないけど、世の中なんて大体そんなものだ。




