85 ミカちゃんとユウ
「ミカちゃん時間だよ、起きて」
――ガプッ
夜間の見張りの交代時間になったので、僕は寝ているミカちゃんを揺すった。そしたらこいつ、僕の手を噛んできやがった。
「メシー、フゴフゴフゴフゴ……ゴベアッ!」
「ミカちゃん、起きたかな?」
「死んでしまいます、永遠に起きられなくなっちゃいます」
「いつも通りピンピンしてるようで結構」
僕が殴った個所を手で押さえもせずに、かなり元気なミカちゃん。
口調だけ弱々しくしても無駄だ。
「頼むから、起こすときはもっと優しくして、お兄たま」
「もう1発、殴ろうか?」
「ヒエー、やめてくれー」
肉体言語の教育のおかげで、ミカちゃんは素直に言うことを聞いてくれた。
「じゃあ、交代の見張りは任せたから」
あとはミカちゃんに全部任せて、僕は横になって寝た。
さて、僕が寝た後、見張りのミカちゃんと、未だに星空を見て考え込んでいるユウが残る。
なおローテーションでは、この2人が今からの時間の見張りだ。
「ううっ、レギュレギュの奴、日に日に俺への暴力が過激になっていく。俺、いつかマジであいつにやられかねん……」
ブツブツと文句を言うミカちゃん。
「だったらもう少し兄さんの言うことを聞いたらいいじゃないですか」
「だが断る!俺は何があっても、レギュレギュごときに屈服せん!今に見ていろ、俺がレギュレギュを倒して、兄弟の頂点に君臨するのだ。そしてフレイアちゃんのお胸を……ヌフフフ」
「……」
――あ、これはダメだ。
誰だって分かるよね。
ミカちゃんのアホな頭に呆れ果て、ユウは再度星空を眺めて無視することに決め込んだ。
それからしばらくは無言だった。
ちなみに僕、体は横になって目を閉じてるけど、起きてるよ。
しばらく無言で過ぎた後、ミカちゃんもユウの様子がいつもと違うことに気付いたようだ。
「……なあユウ。お前もしかして、深刻な悩みをレギュレギュに話してないよな?」
「……」
「あいつは相談相手にしない方がいいぞ。
なんか俺らと違って滅茶苦茶重たい過去背負いまくりだろ。
相談したら、逆にこっちが重たい空気に呑まれて、ヤバくなるから」
「た、確かにそうかも……」
なぜだろう。あの非常識人ミカちゃんの言葉に、ユウが納得してる。
「……ミカちゃん、僕ってこの世界で生きてくのに、向いてないんですかね?」
「なんで?」
「だって、僕らは人間じゃなくて半分はモンスターみたいなものでしょう。それで、他の生き物を殺して、食べてかないと行けなくて……」
「あー、うん、そうだね。俺は全然気にならないけど」
ユウの悩みの相談相手として、僕がふさわしくないのは認めよう。
でも、方向が違うだけで、ミカちゃんだって相談相手になれないだろ?
「ミカちゃん、本当に前世日本人ですか?」
「間違いなく日本人だったぞ。普通に働いて、普通にゲームで遊んで、普通にエロVRをして、エロビデオ見て、エロ雑誌見て……巨乳は素晴らしい」
手をワキワキさせ始めるミカちゃん。
ミカちゃんにしか見えない、幻の胸を揉んでいる。
「いいな、僕もミカちゃんぐらいお気楽だったらよかったのに」
このエロおっさんの能天気ぶりにやられたのか、心底ユウはミカちゃんを羨ましそうに見た。
「フッフッフッ、だったら俺のようになってみることだな。まあなんだ、俺ってカリスマ性に満ち溢れてるから仕方ないよな」
ドヤ顔になるミカちゃん。
鬱陶しいね。
ミカちゃんが持ってるのはカリスマじゃなくて、鬱陶しさの違いでしょう。
「ハハハ」
と、そんなミカちゃんに合わせるように、ユウは曖昧な笑いを浮かべた。
実に日本人らしい、曖昧なスマイルだ。
「とはいえ前世の俺は、今みたいに能天気ってだけでもなかったぞ」
「そうなんですか?」
「うん、だって俺の前世って10歳で両親亡くしてるから、普通の家庭よりはちょっと苦労したと思うぞ」
ミカちゃんの衝撃の前世告白。
その言葉に、眠った姿勢のままでいた僕と、ユウは驚く。
「えっ!」
驚くユウの前で、ミカちゃんは自分の前世について簡単に話してくれた。
ミカちゃんの前世は10歳で両親が事故死してしまった。
しかし自分とは10歳以上年の離れた兄がいて、その兄が苦労しながらも残されたミカちゃん――その前世である鈴木次郎氏――を、親代わりになって育ててくれたとのことだった。
「まあぶっちゃければ、苦労したのは俺じゃなくて兄貴なんだけどな。25歳にして妻子持ちの苦労人。まあ、この場合の子供は実子じゃなくて、弟の俺の事だけどな」
「それは……大変ですね」
「だよなー。兄貴って大学で付き合ってた彼女と結婚したばかりで、そこにガキだった俺がついてきたわけ。
まだ若かったから給料が良くなくて、3人の生活の為に相当苦労してたな」
それでミカちゃんみたいな子を育てたとは、前世のミカちゃんのお兄さんは本当に苦労したろうね。
うん、このエロ親父を育て上げたとは、大した傑物だ。
いや苦労させられたのに、こんなエロばかりの野生児が出来上がったなんて、本当に気の毒なお兄さんだ。
今世でミカちゃんの兄になってしまった僕としては、そのお兄さんに心底同情してしまう。
「あの時兄貴がいなければ、俺は親戚の家で育てられて、そこで義理の妹からお兄ちゃんって呼ばれて、ギャルゲー主人公の生活ができたのに。
……全く、どうして俺に兄貴なんていたんだろう」
本当に、本当に、物凄く、ミカちゃんの前世のお兄さんが気の毒すぎる。
苦労して育ててもらっておきながら、ミカちゃんの頭の中がアホすぎる。
「でもさ、兄がいてくれたおかげで、俺は義姉さんに出会えた。
実はさ、俺の初恋って禁断の恋なんだ。兄さんの奥さんが、俺の初恋の人。
クフフ、兄貴と同じ女に惚れるとは、俺ってなんて罪な存在なんだ」
「ハ、ハアッ……」
ミカちゃんが変な自慢してるけど、ユウが完全に引いてる。
相槌は打っているけど、座っている位置がミカちゃんからジリジリと離れ始めてる。
真面目なユウでは、頭の半分がエロでできているミカちゃんに、どう答えればいいか分からないようだ。
ちなみにもう半分は、食欲と野生児で出来上がっている。
「まあ、なんだかんだで、俺の兄貴は苦労した。俺は特に苦労しなかった」
「……その話って、何か教訓があるんですか?」
「ない!」
ここまで話して、全くユウの悩みと関係ない話だけしているミカちゃんだった。
「……」
「だが、あえて言おう。人生で苦労することは全部他人が何とかしてくれる。だから、小さなことなど気にせず、堂々と生きていけばいいんだ!」
――ウワー、マジでミカちゃんだ。
ミカちゃんの生き方、そのままの教訓だ。
「……とってもミカちゃんらしいですね」
「だろっ」
僕と同じ考えで、ユウも呆れてる。
なのにミカちゃんはウインクまでして、堂々としていた。
「はあっ、なんだか自分がクヨクヨ悩んでるのが馬鹿らしくなってきた」
最後にユウは、そんなことを呟いてため息をついた。
すまんね、僕もミカちゃんも、ユウにまともなアドバイスなんてできんわ。
ただミカちゃんの話を聞いて本当に馬鹿馬鹿しくなったのか、ユウは見張りで自分が起きている順番が終わると、後の事はフレイアとレオンの2人に任せて、そのまま横になって眠った。
まあ、大人なんてのは結局いい加減で、神経が変に図太いだけの生き物なんだよ。




