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レッツパーリー!

次の日の夜、もう寝ると言う頃にリヨンは仁王立ちをしながら私に向かって言い放ちます。

「行くわよ」


「…どこにでしょう」

分かり切ったことですが、あえて何も察しない言葉を選んで言いました。


リヨンは頬を少し膨らませて、

「どこって…」

と口を濁らせながら私を見ます。


「彫刻がどこまでできたのか、見に行くのよ」


やはりそう来ましたか。


昨日の夜、夜の12時を告げる鐘が鳴るころにセンドレスは帰って行きました。


その時、リヨンが「明日も一人で?」と聞くと、センドレスはリヨンの足元を見ながら「多分」と言い残して去って行きました。

なんかこう、二人の傍らでやり取りを見ているだけで胸がキュンキュンしてしまって、私としても二人の仲を応援したい気持ちはやまやまなのです。


しかし、冷静に考えると今はそれどころではないのです。


あと3日でリヨンがこのお城から暗殺されるか何かしていなくなってしまうのです。


二人の恋の応援をしているどころではありませんし、何かしたくてもリヨンは女王でセンドレスは大工。

私ですら周りから身分の事で散々文句を言われているのですから、二人をくっつけるとなるとかなりの反抗の嵐が待ち受けているでしょう。


なので、とりあえずはリヨンの身を守ること優先で私は進めたいのです。


だから、わざわざ夜に茂みの多い道を通って行くなどという危ないことはさせたくないので、わざとすっとぼけた返事をしたのですが…。


リヨンはもうセンドレスの元へ行く気満々のようで、夜に羽織るストールを肩にかけてウロウロと入口のドアから外を覗き込んでしきりに私を手招きしています。


「早くいかないと。今は見張りがあっちに行ってるんだから」

「けど…」


リヨンは私の方を向き直り、ズンズンと足音も荒く詰め寄ってきました。


「ミクロ。あなた、この4日間…ああ、あと3日になったのね…私と一緒に居ると言ったわよね?あの言葉は嘘だったの?」

「いや、あの…」


綺麗な顔が怒りにゆがむと、やはり迫力が違います。私はおずおずと尻込みして言葉が出せません。


と、リヨンの怒りの顔は引っ込み、今度は哀願するような顔つきで私の手を握ってきました。


「お願いよ、ミクロ。さすがに私も夜に一人であの小道を通るのは怖いの。こんなこと頼めるのミクロしかいないのよ、お願い」


先ほどの迫力はどこへやら。今度は小動物が上目遣いで何かを訴えてくるような愛らしさで私に訴えてきます。


ああ、やはり私、リヨンにこういう風にお願いされるとすごく弱いんですよ…。


リヨンはお願い、お願いと甘えるように頼んできます。


「…分かりました」

そういうと、リヨンの顔がパッと明るく輝きます。ああもう、可愛いですねぇ。


「けどそれならせめて、その白いストールではなくて、もっと暗い色…紺のストールを身につけていただけるとありがたいのですが…」

「どうして?」


「白は夜だと目立ちますから。一番闇に馴染んで目立たないのが紺色なんです。無いなら黒か、暗い色のものがあれば…」

そういうと、リヨンは困った顔をしました。

「参ったわ。そんな色あったかしら」


リヨンは部屋の隣にある、ドレス置き場を開けました。そこには沢山のドレスが置いてあります。


リヨンは明かりを灯しながら確認していき、これでいいかしら、と言いながら物を持ってきました。

「…それ…」


私が思っていたより、かなり明るい色の青地の布でした。

「紺色みたいな色は無いの。これが一番暗い色だったんだけど…」


思い返してみれば、今までリヨンの着ているドレスで深緑とか、紺色とか、黒っぽい色など渋い色合いの服はありませんでしたね…日本だとありふれた色なんですが…。


「ま、いいでしょ。行きましょ」

リヨンはあっさりと自分でOKサインを出して、入口手前をキョロキョロと見渡してドアの間からスルリと抜けて行きました。


そして昨日と同じく、私とリヨンは小道を通って修理工事中の場所へと向かいます。


近づくにつれ、昨日と同じように石をノミで砕く音が聞こえ、小道を抜けるとセンドレスの人影が闇に浮かんでいます。


「センドレス!」


リヨンがストールを飛ばす勢いで駆けていきました。その声に反応してセンドレスも振り返り、そっと膝をついて頭を下げます。


「いいのよ、作業に集中して」

リヨンがそういうと、センドレスは頷き立ち上がって作業に戻りました。


「二日も来られるなんて…物好きですね」


センドレスは小さい声で毒を吐きますが、リヨンはそんな言葉すらも嬉しいようでニコニコと笑っています。


「あなたに会いたくて」


先までの石を砕くキンキンと整った高い音が、その一言で濁った音になりました。

「…は?」


センドレスがリヨンを見ると、リヨンは、ん?とセンドレスを見てから、夜の遠目でも分かるほど顔が赤くなっていくのが分かります。


「あ、あなたの彫刻によ」

「…知ってます」


センドレスの言葉はいつも通りのボソボソ声でしたが、左手に握られているノミがもぞもぞと手の中で動かし、ぎこちないフォームで石を彫り出しました。


ふふふ、照れてる照れてる。


私は後ろに置いてある冷たい石材に腰かけながら二人の並ぶさまを昨日と同じく眺めていました。


「けどあなたいつも一人で残って作業してるのね!他の人はやらないの?」


恥ずかしさを紛らわせるためか、リヨンは早口でまくしたてました。


「別に、やらなくてもいいんだけど…ですが。こんな夜中まで」


センドレスのぎこちない手つきが段々と元の職人技へと戻っていきます。

「これが、俺の初めての仕事なんです」


「けど、これって大工の仕事なの?石工の仕事じゃないの?」

リヨンがそういうと、センドレスは黙って槌を振るい続けます。


「…大工仕事は、外に出るから…」

それから、センドレスは作業をしながらポツリポツリと語りました。


「俺は痣のせいで、小さいころから表に出られなかった。頑健な兄もいるから跡継ぎも問題ない。だから親父は親しい石工と彫刻を兼ねてる家に俺を見習いでおくった。…彫刻だったら屋内でも作業できると。けど、修行途中でそこの親父さんが亡くなった。だから家に戻った。

だけど俺は彫刻しかやってこなかったから、木の加工とかはできない。他に頼めるような石工はいなかったから、家で親父さんに習った事を忘れないように練習してた。親父も、ある程度大工仕事を教えてきて、そんで親父が今回声をかけてきた。

城の者には顔見られるなっていう条件で。…もう雇い主の女王に顔見られたからもう親父は何も言わないけどな」


「じゃあ、栄えある初仕事なのね」

リヨンがそう呟くと、センドレスも呟きました。


「女王も、これの修復するのが初の仕事だと聞きました」

「…ええ。正直、これを直すのより他にやることがあるって思ってたけど、今は修復することにして良かったって思ってるわ」


その言葉の後ろにはきっと「あなたに会えたから」というものが続けられるのでしょうが、リヨンはその言葉は言わずに黙り込んでいます。


ああ、もどかしい…!けどキュンキュンする…!


二人は後ろで私が勝手に萌えているなんて知らないでしょう、別に知らなくても十分にいいんですけど。もうお二人で勝手にどうぞって感じなんですけど。


本当は、

「あとは若いお二人で…」

と二人きりに出来たらいいのですが、さすがに王女という身分の人をそのままにして去るのはどうかと思うのでそれは我慢して邪魔じゃない程度の場所で二人を見守っています。


「そのうちパーティーがあると聞きました」


センドレスは手を動かしながらそう言うと、リヨンの顔が一気に崩れてムスッとした顔になります。リヨンが何も言わないのでセンドレスはリヨンに視線を移し、そのムスッとした顔を見てプッと笑いました。


「あら、女王の顔を見て笑うだなんていい度胸だこと」


そう言われるとセンドレスは慌てて口を引き結び、何事もなかったかのように仕事を再開しています。


それでもリヨンが何も言わないので段々と沈黙が痛くなってきたのか、センドレスは、

「すみません…」

と急に謝りました。


リヨンはしばらく黙り込んでいましたが、段々と肩を震わせ、プッと笑いだします。

「謝るタイミングが遅いのよ」

「すみません」


今度は食い気味にセンドレスが謝るのでリヨンは声を上げてセンドレスの背中をバシバシと叩きながら笑いました。

「早すぎ!」


センドレスはノミをモジモジと持ってリヨンを見ています。「じゃあどうすればいいんだ俺は」とでも言いたげな顔です。


その顔すらリヨンは愛おしいという顔でまだ笑っています。


女王と大工。二人はそのような身分ですが、傍から見る限り同年代の気の合う友達というような感じにしか見えません。


時代が違って同じ学校の、同じ教室にいたとしたらこんなふうに夜にこっそりとではなく、堂々と話し合って、そしてこのようにじゃれ合っていたことでしょう。そう考えると身分なんてない現代ジパングとは中々恵まれた環境下にあるんじゃないでしょうか。


このリヨンやセンドレスのようにお互いが好き同士なのにどうにもならないということがないんですから。


* * *


ぞくぞくと人が訪れます。


そしてお互いに挨拶し、会釈し、そして微笑み、手を取り合って広間の中央へと進んでいきます。


目の前を通り過ぎる人たちを見ながら、本当に自分はここにいても良い人間なのかと三十秒に一回は自問自答しています。


あまりにも豪華なドレスの数々、あまりにも豪華な宝石たち、そしてそれをいつも着ている服だとでもいうように自然と着こなしている紳士淑女!


「もう駄目、見てるだけで頭クラクラする」


ここは孤児院で質素倹約を心がけて育ってきた私には到底合わない場所です。頭がグルグルして目もグルグルして意識が飛びそうなほどの絢爛豪華さで、冗談ではなく気持ち悪くなってきました…。


車酔いではありませんが、近くではなく遠くを見ようと思い、私は遠くで来賓客に挨拶して回っているいるリヨンを私は眺めます。


そのリヨンの後ろにはジョエル大臣が控えています。


ジョエル大臣の記憶力は凄まじいらしく、国内どころか近隣の貴族の顔全てを暗記しているという記憶力の持ち主だと、ランド大臣から聞きました。


それと共に、女王になってまだ日の浅いリヨンの背後に立ち、後ろからどこそこ家の誰それ氏とリヨンをサポートする役目です。

リヨンも頑張って名前などは覚えていましたが、実際に会ったことのない方々が多いためです。それと共に、ジョエル大臣は見覚えのない人を発見するための窓際対策で怪しい人物を見つけ出すという役目も背負っています。


リヨンやランド、さらにメイド長も、ジョエル大臣の事は悪く言いません。


メイド長はリヨンの両親が殺された後もずっとこの城でメイドの仕事を続けていたそうなのですが、当時城にいた大臣の中でただ一人、ジョエルだけがその記憶力と知識の豊富さを買われ、ずっとこの城に残り続け反王家の人たちの中でも一番の大臣職をやっていたそうです。


それほど有能な人なのでしょう。


そしてリヨンとランドが戻って来たときにはすぐ二人が元の役職に戻れるようにと奔走し、リヨンは女王へ、ランドは元々の大臣職へとすぐに返り咲くことが出来たと。


ランドはあまりリヨンを女王にしたくなかったと言っていましたが…。


そしてそのジョエル大臣。お城を開場する前に初めて声をかけてきました。


てっきりランドと同じくらいの年齢かと思いきや思ったより若く、四十代という年齢でした。


それなりに見た目は上品に整っているように見えましたが、パーティー用のドレス(中古品のドレスを私仕様に縫い直していただきました)に身を包んだ私に向かって嫌そうな表情を作り、

「君、本気でパーティーに参加する気か?私だったら自分から身の程を弁えて断るがね」

と嫌味を言われました。


というより、私はこのお城の中で陰口を叩かれる対象になっているようです。


ドレスを身に包んでいるときや、髪型をセットアップしてもらっている時に私の身なりを整えてくれた女の人たちが、


「ねぇ知ってる?この人、この国の人じゃないんですって。そんなよそ者でもパーティーに参加できるなら、私だって行きたいぐらいだわ」

「そうね、出られるのはお貴族様だけですものね。それなのにこんな貴族でもない顔に痣のある人、どうして出られるのかしらってこのお城の人も皆言ってたわ。この人に比べたら、私のほうがよっぽど可愛いし綺麗だって」

「リヨン女王はどうしてこんな女のこと気にかけるのかしらね」

「異国の風貌で珍しいから見世物程度に傍に置いてるんじゃないの。それ以外に取柄もなさそうですし」

と堂々と悪口を言われました。


あまりにも目の前で言われるので硬直して固まっていましたが、どうやらそのメイドと思っていた方たちはこのパーティーの為に急募で集められた裕福な商家の娘さんたちだったらしく、私がこの国の言葉が分かるわけないと思って堂々と陰口を言っていたようでした。


その商家の娘さんたちだけでなく、城の中の皆にも裏で色々と言われているようでショックは大きかったです。


あまりにもショックで、忙しそうに通りすがったメイド長を捕まえて泣きそうになりながら訴えると、

「権力者の周りに現れるぽっと出の者は大体嫌われるものです。耐えなさい」

とあっさりと言われました。


うう…心が痛い…。

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