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花奴隷調律譚  作者: 駒草
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第1話


 廃棄寸前の植物人間ほど、美しいものはない。

 私は今日、そんな壊れた奴隷を二つ購入した。


 我が家の地下室、冷たい石床の上に並べられた彼らは、「植物人間」と呼ばれる奴隷、生体兵器の成れの果てだった。

 胸元から美しくも禍々しい蔦を伸ばし、その先端には今にも萎れそうな大輪の花が咲いている。しかし、その佇まいはあまりにも凄惨だった。


 片方の女型は、残虐な主の玩具にされていたのだろう。肌のあちこちには、薬品で焼かれたような爛れた痕と、植物の繊維を無理やり引きちぎられたような痛々しい裂傷が走っている。

 本来なら艶やかであるはずの、葉を模した緑の髪は埃と凝固した血汁でゴワゴワに固まり、胸元の白い花びらは、乱暴にむしり取られて無残に千切れていた。


 もう片方の男型は、過酷な労働か戦闘に駆り出されていたに違いない。頑強であるはずの四肢の関節は、限界を超えて酷使されたせいで不自然な方向に曲がり、皮膚の下を通る緑色の流体管が何箇所も破裂して、どす黒い樹液が体表で乾きパサパサに張り付いている。胸元の深紅の花は、度重なる衝撃で芯から押し潰され、枯死寸前の茶色に変色していた。

 

 私は満足感を噛み締めながら立ち上がり、お気に入りの道具箱を開いた。

 

 まずは男型の、破裂し干からびた植物脈管の修復から始めた。

 ピンセットで腐敗した細繊維を一本ずつ摘み上げ、千切れた端と端を極細の絹糸で繋ぎ合わせる。指先が微かに震えるほどの集中力で、何十本、何百本と繰り返す。

 やがて開通した脈管に、自家製の濃厚培養液をゆっくりと注ぎ込むと——ごくっ、ごくっ、という貪欲な音とともに、彼の肉体が久方ぶりの栄養を貪り始めた。

 乾ききっていた細胞が、まるで恋い焦がれたように液を吸い上げる感触が、私の指先を通じて直接伝わってくる。その甘美な反応に、私は思わず吐息を漏らした。


 次に、不自然にねじ曲がった四肢の関節へ。

 正しい位置を確かめ、体重をかけながらパキッ、パキパキッと音を立てて嵌め直す。骨が軋み、筋繊維が引き伸ばされる感触が手に残る。

 痛みを感じるはずのない肉体が、それでも微かに痙攣するのがたまらなく愛おしい。私はその震えを慈しむように、掌でゆっくりと撫で回した。


 男型の修復が一段落した頃、今度は女型へ移った。


 引きちぎられ、断面から緑色の体液を滲ませていた植物繊維。

 私は指先に特製の軟膏をたっぷりと取り、彼女の爛れた肌に直接塗り込んでいった。

 自身の体温を移すように、ねっとりと、円を描くように。

 ささくれだった繊維が、軟膏の浸透とともに次第に艶を取り戻し、指の腹に吸い付くような滑らかな感触に変わっていく。

 特に胸元の、干からびて小さく縮こまった白い花には念を入れた。心臓に近い主脈へ、細い注射針を何度も刺し、細胞活性の栄養剤を少しずつ、愛撫するように注入する。

 花弁が、弱々しくも震えながらゆっくりと膨らんでいく様子を、私は息を詰めて見つめ続けた。


 朝に綻びを愛で、夜に体液の浸透を確かめる。そんな甘美な執刀を、一体何度繰り返しただろう。


 男型の深紅の花は、再び滴り落ちるような鮮血の色を取り戻し、女型の白い花は、月の光を湛えたように純白に輝きながら、一枚、また一枚と花弁を開いていった。

 泥と血と体液で固まっていた髪は、梳くたびに私の指に絡みつき、しなやかな緑の艶を放つ。

 二人の肌は、冷たい死の感触から、意思を持つ上質な大理石のような、熱を孕んだ生命力へと変わっていた。


 仕上げに、私は彼らを最高に美しく着飾ることにした。

 女型には、彼女の白い花を引き立てる、深いエメラルドグリーンのシルクドレスを纏わせた。胸元の開いたデザインから、美しく蘇った大輪の白い花が誇らしげに顔を覗かせている。

 男型には、漆黒のベルベットで誂えられた、上質なカッターシャツと、身体のラインを完璧に引き立てるジャケットを着せた。胸元で妖しく咲き誇る深紅の花が、黒地によく映えて恐ろしいほどに艶やかだ。


 泥と血に塗れていた二つの壊れた奴隷は、今や私の手によって、まるで豪奢な館の主を飾るに相応しい、完璧な美術品へと生まれ変わった。

 完璧に仕上がった二つの「作品」を前に、私は深い満足感に浸っていた。しかし、彼らはまだ、ただ美しく着飾っただけの動かぬ人形に過ぎない。真の愉悦は、ここから始まる。

 私は二人の前に椅子を引き、腰を下ろした。

 

「さて……まずは声を聞かせておくれ」


 私はドレスの擦れる音を響かせながら、女型の前に立った。彼女の胸元で咲き誇る白い花――その根元、鎖骨のあたりに、植物人間の神経系統を制御する「核」がある。

 私は爪先でその核を優しく、自身の魔力を一本の紐として繋ぎ、確実に刺激した。ピクリ、と女型の指先が震える。


 濁っていた彼女の瞳に、かすかな光が灯った。ゆっくりと持ち上がった視線が私を捉え、その瞬間、彼女の身体が恐怖でガタガタと震え出した。前の主から植え付けられた恐怖の記憶が、目覚めとともにフラッシュバックしたのだろう。怯え、許しを乞うように開いた唇から、掠れた声が漏れる。

 

「あ、あ、う……あ……」

「言葉はまだ無理か。いいよ、ゆっくりで」


 私は彼女の滑らかな頬を撫で、怯える瞳を見つめ返した。かつては触れても一切反応しなかった頬が、今は私の手の温もりに拒絶と恐怖の鳥肌を立てている。


 次に、私は男型の前に移動した。彼の胸の深紅の花は、今や毒々しいほどの生命力を放っている。男型の根元に指を這わせ、自身の魔力を繋ぎ、眠っていた意識を強制的に引き上げる術式を起動させた。

 

「……っ!」


 男型は目を覚ますと同時に、弾かれたように息を呑んだ。四肢の関節が治っていることに気づいた彼は、すぐに私を「新たな敵」と認識したらしい。

 戦闘用として使われていた頃の習性か、鋭い眼光で私を睨みつけ、まるで拘束を狂暴に引きちぎろうと筋肉を躍らせる。胸の深紅の花が、彼の高揚した感情に呼応するように、ぶわりと甘い香気を放った。

 

「威勢がいいね。前の主は、君のその牙をへし折るために壊したわけだ」


 彼の牙が私の指先に届く、その一瞬前。私はただ、深紅の花へ視線を落とした。それだけで、彼の全身が石になった。私は彼の顎を乱暴に掴み、無理やりこちらを向かせる。

 

 恐怖に震え、ただ縋ることしかできない女型。

 憎悪を燃やし、隙あらば噛み殺そうとしてくる男型。

 

 対極の反応を示す二つの美しい植物人間を交互に見つめながら、私はゾクゾクとするような全能感に満たされていた。

 

「歓迎しよう、我が家へ。君たちの新しい主人は私だ」

 

 せっかく泥を落とし、最高に美しく着飾らせたのだ。前の主たちと同じように、ただ怯えさせ、あるいは牙を剥かせて消耗させるだけでは芸がない。

 

「……せっかく我が家に来たんだからね。まずは、のんびりすることを覚えてもらおうか」

 

 私がそう呟くと、二人は怪訝そうに、あるいは怯えを深めて私を見つめた。

 私はふっと微笑み、両手をそっと 二人の頭上へと掲げた。指先から、淡い、新緑の木漏れ日のような光が溢れ出す。それは彼らの心を縛る「恐怖と憎悪を緩和する魔法」だった。

 

「優しく、深く、眠るように……」

 

 紡がれた魔力が、ふわりと二人を包み込む。

 

 女型の胸元の白い花が、光を吸い込んで淡く発光した。私の魔力が彼女の精神へと深く染み込んでいく。前の主が植え付けたであろう、薬品の匂いや暴力の記憶──彼女の心を縛る頑なな拒絶の気配が、温かいお湯に溶けるように、手応えを失って解けていくのが伝わってきた。

 激しかった身体の震えが次第に収まり、彼女の瞳から刺すような怯えが消え、とろりとした穏やかな光が戻ってきた。

 

 同時に、男型の胸の深紅の花からも、刺々しい戦闘の香気が消え、陽だまりのような柔らかな匂いへと変わっていく。私を噛み殺そうと硬直していた彼の四肢から、じわじわと力が抜けていった。

 怒りに血走っていた瞳が、信じられないものを見るように見開かれ、やがて、憑き物が落ちたようにふっと和らいだ。

 

 二人は自分の身体に起きた変化に戸惑うように、自分の胸に咲く花に触れた。


 女型はドレスのフリルを指先でぎゅうっと握りしめ、太ももを小さく擦り合わせながら、何度も何度も私の方を窺った。白い花が、開いたり閉じたりを繰り返し、甘く戸惑った香りを断続的に放っている。

 身体は楽になっているのに、心が追いつかない。その矛盾が、彼女の頰を赤く染め、瞳を潤ませていた。

 男型は自分の大きな掌をじっと見つめ、拳を握っては緩め、また握ることを繰り返す。二人は互いの顔を何度も見合わせた。

 助けを求めるような、しかし何をどう言っていいかわからない目だった。

 私は紅茶を一口含みながら、その様子をじっくりと味わった。

 

「ここは戦場でもなければ、君たちを切り刻む実験室でもない。ただの私の家だ。誰も君たちを傷つけないし、無理に動かすこともしない」

 

 私はそう言って、部屋の大きな窓のカーテンを開け放った。あたたかな午後の陽光が、地下室の階段を上ってきた彼らの肌を優しく照らす。


「そう……ただ、美しくあればそれでいい」

 

 本当に、見惚れるほどに美しい。何の役にも立たなくていい、ただそこに存在して、この空間を美しく彩ってくれるだけで、私にとっては至上の価値がある。

 

──だが、当の二人はといえば、完全に困惑しきっていた。


 痛みのない肉体、労働を強いない主人、あたたかな光。

 鞭の鳴らない静寂が、かえって彼らを怯えさせている。女型はすがるようにドレスの裾を握りしめ、男型は大きな拳を居心地悪そうにすくめて、じっと私の次なる「命令」を待っている。

 

「日の光を浴びて、私の目を愉しませること。それが今の君たちの役割だよ」

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