表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/102

74(前編) 俺、剛武志の極みを訪れる。

 本話は長すぎたので、前編と後編に分割します。申し訳ありません。

 王都には、5つのエリアを隔てるようにして、人工の川が流れている。

 これは人の移動を制限し、王族エリアへの侵入を、難しくする意味合いのほかに、エリア間の物流を、水運に委ねようとする働きがあった。このため、俺たちが剛武志(こぶし)の極みへと向かうには、人工の川を横切るようにして、船を使って移動しなければならない。


 拳闘士(グラディエーター)の養成所がある住民区画(グレイトタウン)は、王都を生活の拠点とする色んな人々が、住んでいる区画になる。商人はもちろんのこと、芸術家や農夫なんかもここで暮らしている。もっとも、農夫は居を構えているというだけで、実際には、農業を営む農地に、寝泊まりすることのほうが多いようだが……。


 そんな住民区画(グレイトタウン)の住人の中でも、代表的な階層の人間は、治安の維持に努める憲兵だろう。慣例的に、彼らはまとまって生活しているため、憲兵たちのいるエリアを保安街と呼ぶらしい。俺のような冒険者も、本気を出せば、住民区画(グレイトタウン)の一角に住めるようだが、普通は旅人客窓(トラベラーズ・レスト)というエリアに、金を払って宿泊することになる。風の羽根亭や抜山蓋世(ヒロイックハース)も、旅人客窓(トラベラーズ・レスト)に位置しているといえば、多少はイメージしやすくなるだろうか。当たり前だが、旅人客窓(トラベラーズ・レスト)は、商業区画(マーケットウォーク)の中にあるエリアのことだ。こことは場所が完全に違う。


「……」


 民家の多い割に、住民区画(グレイトタウン)は静かな印象を受ける。

 だが、これは、直前までいた商業区画(マーケットウォーク)がうるさすぎるだけで、正しい評価をするのであれば、ここは閑静な住宅街というわけではないんだろう。ちゃんとそちらに意識を向ければ、子供たちの叫ぶ声や、談笑する町娘の声などが、俺のほうにまで響いているのが分かる。


「それで、剛武志(こぶし)の極みはどこにあるんですか?」


 適当なところに船を寄せてもらって、俺たちは住民区画(グレイトタウン)の中を歩きだす。

 ドロシーがなんでもないふうに俺に尋ねて来るが、あいにくと彼女の前では、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)も使えない。仕方なく、時折、住民に場所を確認しながら、目的地を目指した。


 平民街(コモンズ)を抜け、民家の数もまばらになって来ると、それと反比例するようにして、男臭い掛け声が聞こえて来た。


 何を言っているのか判然としないが、ろくでもないことだけは確かだろう。頭の中まで筋肉で埋まった人たちが、知的な会話に励んでいようものなら、ちょっとした天変地異の前触れにほかならない。……ところで、俺も十分に馬鹿のはずだが、そのくせ運動性能がごみカスなのは、バグとして報告すべき深刻な事柄じゃないのか? 割に合っていないぞ。責任者はどこだ?


 ほどなくして、その建物が俺たちの目にもはっきりと映った。掛け声の発生源は、まさしくここだ。むさ苦しさが、屋敷の外にまで漏れ出しているかのような、不恰好(ぶかっこう)ないで立ちに、自然と俺の頭はくらくらしてしまう。


「拳こそ正しさ! 拳こそ美しさ! 拳こそがたくましさ! 復唱せよ」

「拳こそ正し――」


 間違いなく、ここが剛武志(こぶし)の極みだろう。こんな脳筋天国が、世界にいくつもあってはたまらない。


「もっと腹から声を出せ! 拳こそが正義」


 この世のありとあらゆる体育会系を、豪快に煮込んで作ったような雰囲気に、俺は圧倒されてしまう。しかし、げっそりとのけぞく俺とは対照的に、ソーニャの目はきらきらと輝いていた。何が彼女をここまで引きつけるのだろうか。陰キャの俺には想像しにくい。


「……ねぇ、ソーニャ。本当に、こんな頭の悪そうな学校に行きたかったの?」


 さっきと内容、ちょっと違っているし。

 残念だけど、屋敷の中にいる人たちは、俺のほうが賢く見えるような相手だ。誠に遺憾だが、そんなようでは重症だろう。


 そうやって、格下を見つけて俺が調子に乗っていれば、ドロシーが冷ややかな視線を向けて来ていた。


「ご主人様って、この人たちを馬鹿にできるほどの人でしたっけ?」

「やめて……現実を思い出させないで。死にたくなる」


 俺と剛武志(こぶし)の極みにどれだけ隔たりがあろうとも、ドロシーなどの優秀な人材にしてみれば、ただの誤差でしかない。どんぐりの背比べであることは、約束されていた。


 容赦なく心を(えぐ)って来るドロシー。

 その後ろから、にこやかな表情を俺に向けたソーニャが、力強くうなずいて先の質問に肯定する。


「あたりめぇだろう?」


 言うやいなや、開いている門へと、ソーニャがおもむろに駆けていった。


「えっ? ちょっと、ソーニャさん!」


 ドロシーの制止も聞かず、あっという間に道場の中へと入ってしまう。慌てて俺たちも彼女のあとを追った。


「頼もう!」


 勢いよく門を潜ったソーニャは、開口一番、門下生たちに対して吹っかけていた。

 ……挨拶って手合わせのことなんだ。

 なんという怖いもの知らずなのか。

 俺は感心半分、(あき)れ半分、困惑半分の計50%増量で、相手の反応を(うかが)う。応じたのは、師範代と思わしき年長の大人だった。


「ん? なんだ、入寮希望者か?」


 以前の説明で、薄々予想はついているだろうが、剛武志(こぶし)の極みは全寮制の学校にあたる。最大で2年間、みっちりと稽古を積んだのち、拳闘士(グラディエーター)の予選に参加するのだ。部外者が、この予選に出場するためには、8000枚という途方もない金貨(シルガ)を、参加費として要求されるので、拳闘士(グラディエーター)という職業は、ほとんど剛武志(こぶし)の極みの卒業生に、独占されているといっても過言じゃなかった。


 縁側に突然現れたソーニャを見て、師範代の男が目を丸くしている。あとから、この男の名前がハサウェイであると、俺は()()()()に聞かされた。


「手合わせしてくれ!」


 赫々(かっかく)と燃ゆる闘志の炎。その熱に身を任せたソーニャが、前のめりに頼みこむ。正直、俺は気が気じゃなかった。


 だが、ソーニャの期待に反して、生まれたのは奇妙な沈黙だ。

 次いで、あからさまに馬鹿にしたような爆笑が起こった。


「おいおい、誰かこのお嬢ちゃんに、剛武志(こぶし)の極みがどういうところなのか、詳しく教えたほうがいいんじゃないか?」


「まさか、この王都で、剛武志(こぶし)の極みを知らない者がいるとはな。まだまだ、俺たちも無名だということか。精進せねばなるまい!」


 勝手に盛りあがる門下生たちを前に、ソーニャが眉を()りあげる


「なっ! 今度、予選に出場するやつはどいつだ! その前に、俺がぶっ飛ばしてやる」


 いきり立つソーニャを見るにつき、ひとつ大きなため息をついたハサウェイが、背後に控える弟子たちをたしなめた。


「コラ。やめないか、お前たち。……ここにいる者の中に、今度の予選に加わる者は1人もいない。あいつらには、すでに教えるべきことをすべて伝えてある。今頃は、家族のもとで、本番に向けての最後の休息を取っているはずだ」


 ソーニャのほうに向きなおって、説明をするハサウェイ。それを受け、ここぞとばかりに、ソーニャが吐き捨てた。


「な~んだ。じゃあ、お前らは大会に出られもしないほど、弱っちいってことじゃねぇか」


 心底、つまらなそうに肩を(すく)めるソーニャ。

 この場所に期待していたぶんの失望も、もちろんあるのだろうが、今のは笑われたことに対する、ソーニャなりの意趣返しに違いない。


 途端に、今度は門下生たちが憤った。

 脳筋としてのプライドが許さないのだろう。女に()められたままでは終われないと、そう主張するような顔つきを一同がしている。


 ハサウェイが勘違いしたところからも分かるが、すでに剛武志(こぶし)の極みへの入寮は始まっている。だが、今、道場内にいる門下生は、入寮したてのぺーぺーとは訳が違う。1年の修行を終えた、正真正銘の経験者だ。


 俺の土下座ごときで、この場が鎮まるのか分からないが、俺は地面に額でキスする覚悟を決めていた。わざわざいうまでもないだろうが、土下座をすることに対して、俺はなんら抵抗を持っていない。むしろ、どっちかといえば得意なほうだ。これで、俺の数少ない特技について、2つ披露したことになる。残りは1つ――人目を(はばか)ることなく、声を上げて泣くことができるというものだ。


 ハサウェイに寄った門下生が、拳を握り固めながら言う。


「そいつ、手合わせを望んでいるんでしょう? 自分にやらせてくださいよ」


 男の台詞(せりふ)に、たちまち、同意するかのような叫びが方々から上がる。その過熱ぶりに、ハサウェイは面倒くさそうに息を吐いていた。部外者の婦女子と戦ったところで、有意義な経験にならないと思ったのか、はたまた、門下生たちを、余計に調子づかせるだけだと思ったのか。いずれにしろ、ハサウェイは、はっきりと首を横に振ったのだ。


 しかし、肝心のソーニャは、いたって積極的だ。腕まくりをして、縁側を上がっていってしまう。


「おっ、そう来なくっちゃな!」


 心配と諦観をたっぷりと含んだ視線が、俺へと向けられる。本当にいいのかという、確認のための流し目だった。


 俺としては、女の子の肉弾戦は見たくないのだが、ソーニャのためを思うのであれば、首肯するしかないのだろう。予選にも出場しない未熟な門下生を相手に、楽に勝てないようでは、土台、拳闘士(グラディエーター)になることなど夢のまた夢になってしまう。


 だが、あくまでもこれは、俺がソーニャの事情を知っているからだ。

 8000金貨(シルガ)もの大金を、ソーニャが用意しているとは、露ほども考えていないハサウェイは、彼女のことを完全に門外漢だと思ったようだった。


 再び、ひと際大きなため息をついたハサウェイが、明らかに素人向けのルールを宣言する。


「よろしい。では、特別に模擬試合を行おう。ただし、魔法やスキルの使用は、双方ともに禁止だ」


 怪我(けが)をしないための最大限の配慮に、ソーニャが口を(とが)らせる。


「俺は、本物の試合を体験してみたかったんだがな」


 その感想が、ますます門下生の神経を逆なでしていた。

 ……あるいは、本気の実践を経験するべく、わざと挑発しているのかもしれない。


「あまり、でかい口を(たた)くなよ。ここにいるのは、誰もがみなプロを目指している生徒たちなんだ。遊び半分で、剛武志(こぶし)の極みの門を潜る者は1人としていない」


「そうかい。それを聞いて、少しは安心したよ」


 ソーニャの減らず口に、不機嫌そうに男が鼻を鳴らす。

 まもなく、ハサウェイが腕を上げ、試合の開始を告げた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ