73 俺、王都エオンオットに到着する。
お待たせいたしました。まだ78話以降のプロットもどきが作成できておりませんが、時間がかかりそうなので先に投稿を再開します。
和鈴の町を出発して2週間、いよいよ俺たちは王都にたどり着いていた。
「いくらなんでも、でかすぎだろう……」
目の前の光景に、俺は誰に言うでもなく呆然と呟く。
この国の王都は、はっきり言って、異常なくらいに巨大だ。
地方の町を、平気で凌駕するサイズの区画が5つもあり、それらが大小様々な細部のエリアに、さらに分かれている。
入り口は、俺たちが今いる場所――その中でも商業区画と呼ばれている区画だ。王宮を守るための仕掛けが、随所に色々と施されているので、直接、王族の住まうエリアなどに向かうことはできない。必ず、商業区画を通ることになる。
「……。私もなんといっていいのか」
あまりの人だかりに、あのドロシーでさえ、御者台の上で言葉を失っている。それだけでも、王都という場所の異質さについて、少しは分かってくれるんじゃないだろうか。
今までに感じたことのない熱気。
肌を焦がすという比喩が、現実味を帯びたような気さえして来る。
渚瑳の町や巴苗の町にも活気はあったが、そんなものは、王都を前にしてしまえば、すべてが霞んでしまう。ちょっとかわいそうなくらいだ。たぶん、比較すること自体が間違っている。
人の数自体は、日本のほうがもちろん多いだろう。だけど、局所的な人口密度だけを見れば、東京よりも断然、こっちの王都のほうが上になるんじゃないか。
「参ったね……。噂には聞いていたが、まさかここまでとは」
ベロニカも煩わしそうに、しきりに周囲に目をやっている。これだけ人が多いと、武人として気が散るのか、彼女はいつも以上にピリピリとしていた。それなら、スザクであればもっと深刻なんじゃないかと、俺は不安視して、最強の女剣士に目線を向けたのだが、拍子抜けするくらい、スザクはいつもどおりだった。スザクのことだから、たぶん途中で面倒くさくなったんだと思う。実際、雪乃の町ではスザクの目線も鋭かったしね。
「ちょっとゆっくりしたいわね」
コズホゥゼが幌の隙間から顔を出して、外を覗きながら言う。
疲れたように、腰部をさすってはいるが、人の数に辟易とした様子は見られない。箱入り聖女だった割に、こういった人酔いには慣れているのだろうか?
コズホゥゼの意外な一面に感心した俺だが、彼女の指摘自体は実に的確なものだった。
ここまでの道程は強行軍で来ている。無理して進んだために、みんなの疲労が相当たまっているだろうし、何よりも時間を稼ぐことができた。少しくらい歩みを落としても、今後に支障はないはずだ。
第一、急いだところで、目の前に広がる人だかりは、かき分けてぐいぐいと進めるようなものじゃないだろう。王都の中にある、特定の施設に向かうだけでも、日が暮れそうな予感がする。
「コロシアムはどこだ?」
ソーニャが首を左右に伸ばしながら、きょろきょろと前を見つめる。これだけの人を目にするのは、ソーニャにとっても初めてのはずだが、気後れしているそぶりは見られない。渚瑳の町には芸術の祭りがあるからとも思ったが、そうじゃない。それだけソーニャは、拳闘士のことで頭がいっぱいなんだ。
「貴族の人たちが観戦するから、場所は愛朱香っていう、高級住宅街にあるんだと思うよ」
以前の教訓を珍しくちゃんと活かした俺は、ある程度までは王都のことを予習済みでいた。だから、愛朱香の位置もきちんと分かっている。もうシャフツベリーのときのような失敗はしない……と思う、たぶん。きっと……だって、詳しい説明とかまでは読めなかったし、仕方ないじゃん! 俺、これでも頑張ったほうだよ。
「そうか……」
俺の返事に、ソーニャがつまらなそうにうなずく。
ようやく夢が叶うかもしれないのだ。早く試合をしたいというソーニャの焦る気持ちは、俺にも理解できる。
ただ、試合の具体的な日程を俺は知らない。実際のところは、王都で店を構えているはずのタマーラ商会と、再会してからになるんじゃないだろうか。
またタマーラの顔を見ないといけないのか。
そんな予感に、俺が憂鬱な気持ちになっていると、そう思ってもらっちゃ困る。以前、タマーラは試合の観戦を、いつも代理人で済ませていると言っていたんだ。今回は会わなくて済むに違いない。俺は、うはうはな気分だった。
愛朱香という地名も、なんとなく語感から分かると思うが、雪乃の町などの例に漏れず、勇者の伴侶を由来としていた。もっとも、金庭雪乃や新島渚瑳のように、直接、人名を用いているわけじゃない。ややこしいが、愛朱香という地名は、女勇者の愛称に近いのだ。
王都そのものではないにしろ、王都の区画の名前になるくらいであれば、ほかの勇者たちと違って、何か特別な事情があるのではないか。ひょっとしたら、そんな疑問が浮かぶかもしれない。実際にそのとおりで、愛朱香の由来となった勇者は、才蔵の伴侶たちの中でも、特別な働きをしたとされる、八乙女の1人にあたる。八乙女っていうのは、そのままの意味で、勇者の文脈では特に、才蔵との関係が深かった8人の女のことを指す。ただし、実際の八乙女には、1人だけ男も混じっていたそうなのだが、この事実はあまり重要視されていないのか、依然として、この8人が八乙女と呼ばれた。
話を戻すが、そんなわけで、八乙女に由来している地名の場合には、単純な人名ではなく、そうと分かるように愛称になるのだ。もったいぶったが、愛原玖朱香がそれにあたる。愛原と玖朱香で、愛朱香だ。
「ここは市場だよな。その愛朱香ってのは、どこにあるんだ?」
「エリアが違うんだよ。王都は、王様たちを守るために、エリアごとの移動に制限がかかっているんだ。詳しくは知らないけど、貴族専用エリア――つまり、これが愛朱香なんだけど、愛朱香に行くのはちょっと大変だと思う」
「ふ~ん、そっか」
「試合当日は、別に大丈夫だと思うよ」
目を丸くしているソーニャを安心させようと、俺は声をかける。
「いや、そこは俺も心配していねぇわ。ただ、先に場所を自分の目で見ておきたかったんだ……。だが、その様子じゃ、ライバルたちに挨拶もできねぇな」
「拳闘士になるための学校のこと? 以前、ソーニャが言っていた、貴族の子供たちが通っているっていうやつだよね。そっちは愛朱香じゃなくて、住民区画にあるんだ。こっちなら、俺たちでも気軽に行けると思うよ」
拳闘士の育成学校である剛武志の極みは、武道における騒音などを考慮して、広い土地を確保しやすい住民区画に建てられた。恐らくだが、そこには、親元の手から離すことで、武者修行に専念させたいという、思わくもあったんじゃないだろうか。そのぶん、今まで大きな不自由もなく、愛朱香で暮らしていた子息たちにとって、剛武志の極みは過酷な環境になる。
「およ? そうなのか?」
俺の説明に、ソーニャが呆気に取られていた。彼女は単純に、内容の意外性に驚いただけなのだろうが、こっちのメイドは違う。ドロシーは、俺が内容を知っていること自体に不審がった。
「ずいぶんとお詳しいんですね」
疑わしげな視線を前に、俺はたじたじだ。
「えっと、ほら……和鈴の町でタマーラ商会の人に会ったとき、ついでに教えられたんだよ」
とっさにごまかすも、ドロシーに納得した様子は見られない。我慢するようにして、視線を元に戻すだけだ。
(そんなこと言っていましたっけ? そもそもご主人様は、王都までの道のりが分からなかったからこそ、渚瑳の町でソーニャさんに聞いたはず。それなのに急に詳しくなるなんて。私のいないところで、人に尋ねたの?)
ドロシーと交代するように、今度はカリナが決意を新たに口を開く。どうやら、彼女も俺の説明を聞いて、やる気を出してくれたようだ。
「やった、色んな場所があるのね。私も今度こそ、いっぱい勉強しなくっちゃ!」
様々な文化を学んで、画家としての糧にしたいカリナが、小さく両の拳を握り固める。和鈴の町での反省を活かし、いかにも気合い十分といった具合だが、その頑張りが空回りしないかどうか、俺はちょっとだけ不安だ。……ドロシーの過保護さが、俺にも移ったんだろうか?
自然と、ドロシーの端正な顔立ちに視線が向いた。
肩に僅かにかかる長さの、燃えるような赤い髪。だけど、その赤々とした色合いは、暑苦しいわけじゃなく、むしろ、どこか冷たさを覚えるような不思議な髪の毛だ。これはきっと、太陽の光を受けたとき、ドロシーの髪が、ちょうど氷が反射するような、落ち着いた輝きを見せるからなのかもしれない。きりっと吊りあがった目元も、彼女のちょっぴりきつい性格をよく表している。例えるならそう……。ダメだ、何も思い浮かばない。さっき疑われたばっかりだし!
「なんですか、ご主人様。人のほうを見て、そんな心得顔になっちゃって」
気配を察したのか、意思の強そうな瞳でドロシーが俺を振り返る。
「いや。考えるまでもなく、俺は元から心配性だったなって思ってさ」
「……はぁ。そうなんですね」
「てっきり、ドロシーの性格が俺に伝わったのかと思ったよ」
「気持ち悪いこと、言わないでくださいよ。殴りますよ」
言っているそばから、ドロシーが俺の肩を割と強めに小突く。心臓まで響く重たい一撃に、俺は体を抱えて馬車の中を転げ回った。
もう殴っているじゃん! 殴りますよって、そういうこと? これ以上やったらっていう牽制じゃなくて、ただの宣言なの!? やっぱり、俺が嘘ついたのに怒ったんだ!
馬鹿をやっている俺たちを無視して、外の様子に注意を払っていたベロニカが、呆れたように声を上げた。
「おい、ドロシー。馬を止めろ。何やら用があるらしい」
先輩メイドの発言に、不機嫌な顔つきのままドロシーが前に向きなおる。そこには1人の少年が、敵意がないことを示すべく両手を挙げたまま、馬車の進路を封じるようにして立っていた。そばには女が1人と、離れた位置に少年よりも年上に見える、大人の男がさらに1人。
「ごめんね、馬を止めちゃって!」
言って、少年が愛想のよい笑みを、ドロシーや俺たちに向けて来る。背恰好からして、年は俺と同じくらいだろうと予想したのだが、あとから聞けば若く見えるだけで、普通に成人男性だった。だから、こっちも青年といったほうが、たぶん正しい。
「なんですか?」
尋ね返すドロシーの表情に、警戒の色はない。町のチンピラくらい、殴って撃退できるドロシーさんにしてみれば、この程度の相手じゃ、敵としてお話にならないということだろう。
「行商人じゃなさそうだから、君たちって冒険者だよね? もう泊まる宿屋は決まっているのかな?」
「いえ、まだですけど」
合点がいったとばかりに、ドロシーがうなずく。俺も彼女に遅れて気がついた。これは客引きだ。
彼らも宿屋の従業員に見えないので、冒険者なのだろう。おおかた、新しい客を捕まえることで、宿屋から報酬をもらっているのだ。現実的なところでは、自分らの宿泊代金を、いくらか割り引いてもらっているのかもしれない。
ドロシーの返事は予想済みだったようで、青年の顔色に変化はなかった。
「それじゃあ、よかったら風の羽根亭にしないかい? 初級者向けの宿だから、値段も手軽だよ」
青年が本格的に勧誘して来た段階で、横の男が口を挟んだ。どうにも、一緒に客引きをしているという感じではなく、まるで競っているようだった。その印象は正解だったらしく、男の話す店名は、風の羽根亭とは全く異なるものだった。
「バーカ。メイドを連れているようなやつが、初級冒険者なわけねぇだろう? それに、風の羽根亭には馬小屋がねぇだろうが。……ってなわけで、抜山蓋世にしろよ。ここなら馬の世話だってしてもらえるぜ」
どうするのかと言いたげに、ドロシーが俺の顔を見つめる。
俺としても困ったところだ。冒険者のパーティーとは言っているものの、実際に冒険者と言い張れそうなのは、俺とスザクしかいない。ドロシーは、自分のことをかたくなにメイドだと主張するし、ベロニカだってその点は変わらないだろう。
スザクを中心にして考えるなら、上級者もドン引きの最強パーティーだ。無敵に近い。俺を中心にするなら、逆に、素人もドン引きの最弱パーティーになる。……どういうこと?
何がダメって、スザクは単独でしか運用できないから、パーティー単位だと、俺が戦力にならざるをえないんだな。そして、俺が戦力にならないのは、分かりきっているんだな、これが。……俺たちって、実際のところ、冒険者でいいの? マ?
悩む俺に声をかけたのは、意外なことに2人の女だった。
ソーニャは言う。
「なぁ、兄貴。このまま宿屋に移動するつもりなら、その間に俺は住民区画に行きてぇや。剛武志の極みの場所さえ教えてくれりゃ、ちょいと1人で行って来るからよ」
そして、もう1人は、これまで沈黙を貫いていた女だった。いかにも快活そうに、オレンジの髪をポニテにした女が、下げた頭の上で手を合わせながら、俺たちに頼みこんでいる。
「お願い、風の羽根亭にしてよ。人助けだと思ってさ! 大部屋しか空いていなかったの。このままじゃ、あたしたち払えないんだよ。馬の世話なら、あたしたちでするから!」
「おい、ロッカ! ここは僕に任せてって――」
驚いた様子で、青年が横の女を止める。どうやら、2人は仲間らしい。泣き落としに頼りたくなかった青年のほうが、ロッカに黙っているように指示をしたんだろう。それが証拠に、手の隙間から伺うようにして、ちらちらと送られて来るロッカの視線が、なんともいじらしい。
「馬車って、宿屋まで代わりに運んでくれる?」
「もちろん!」
間髪入れずに、ロッカは首肯する。……たぶん、話の中身すら聞いていないんじゃないだろうか。
もう1人のほうに視線を向ければ、思ってもみない俺の要求にとまどったらしく、ずいぶんと歯切れの悪い返事をしていた。
「いや……うちは、そういうのは……」
それを聞くにつき、俺はドロシーに向かって大きくうなずく。
「決まりだね。風の羽根亭にしよう」
「ありがとう! マジ助かるよ」
ぱあっと顔を明るくしたロッカが、ドロシーの腕を取ってぶんぶんと振り回す。対するドロシーは、すっごく嫌そうにしながらも、されるがままに自分の腕をロッカに預けていた。……あぁ、うん。たぶん、ドロシーの苦手なタイプだね。
男は苦々しげにロッカのことを見ていたが、さすがに大人のようで、腹を立てるまではしない。やられたと言いたげに軽くおどけてから、次の客を狙いに歩いていった。
そんな2人のことを横目で見ながら、俺は保留にしていたソーニャの話に入るべく、彼女のほうを向く。
「ごめん、ソーニャ。正確な位置までは、俺も知らないんだ。だから、剛武志の極みには俺も一緒に行くよ。だけど、先にタマーラ商会の人に会っちゃいたいんだ。とりあえず、このまま馬はロッカたちに任せて、そっちを済ませてもいい?」
それに応じたのは、ソーニャじゃない。肩を竦めたベロニカだった。
「いいんじゃないか? 元々、ここにはそのつもりで来たのだろう? お使いくらいなら私たちで済ませて来るさ。ゼンキチ様たちは、住民区画とやらに向かえばいい。しばらくしたら、また宿屋に集まろうじゃないか」
ベロニカの提案にドロシーがうなずく。当然のように、ドロシーも俺について来てくれるみたいだ。
「分かった。じゃあ、それで。疲れているだろうから、みんな急がなくていいからね」
残りのメンバーにタマーラ商会のことを任せ、俺たちは、住民区画のほうへと足を向けていた。
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