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43 俺、グラントリーを追跡する。

 地道にグラントリーの足取りを追うことになるので、馬に乗って優雅に移動するということはできない。荷物になるだけなので、仕方なく馬は西親川(おやかわ)の町で手放すことにした。


 スザクの経験に従い、進路を北西に定める。

 町を出る際、最後の確認と言いたげに、ドロシーが俺に判断を求めていた。


「東親川(おやかわ)の町の仕業じゃないか、という話も出ていましたけど……そちらはどうしますか?」

「灯台もと暗しかもしれないってことね。どうだろう……。マルチゴーレムは幻術を使えるみたいだから、存外、近くにいたとしても不思議じゃないのかも」


 考えれば考えるほど、わけが分からなくなりそうだった。

 決心が鈍る。

 本来、こういう頭脳を使う仕事っていうのは、俺に任せちゃいけないもののはずだ。体を動かすことにためらいはないが、頭を働かせるのは俺に向いていない。


「なるほど……昨日のあれは幻でしたか。ならば、逃げた方向まではごまかしていないのでしょう。あまり意味があるとは思えませんから」


 スザクの助言で、俺は迷いを吹っきることができた。

 道中で集落に出会えれば(おん)の字。

 行商人でもいいから人に会えたら、そこで再びマルチゴーレムの噂を集める、という方針だ。


「そうしましょう。もっと遠くから来ているのでしたら、野営などの痕跡が残っているはずです」


 魔物を率いたままでは、稜線を越えることはできないだろうという、ドロシーの意見を採用し、俺たちは山に沿ってその(ふもと)を歩いていく。







 しばらく山道を進んでいると、前方に動物と戦っている男を見つけた。

 進行方向だったので、近づいて見てみれば、どうやら動物ではなく魔物らしい。鹿とか猪とか、そういった哺乳類の魔物だった。


 男の出で立ちからして、それなりの身分の剣士だろう。男のそばに駕籠(かご)が置かれてあるので、それの護衛らしい。


 装飾が質素な割に、駕籠(かご)は頑丈そうな造りをしているので、中にいる人物は、俺が思っているよりも高貴な方なのかもしれなかった。


「ぐぬぬ……おのれ!」


 ずいぶんと苦戦している様子だったが、どう見ても俺たちの敵とは思えない。ほいほいとスザクに任せると、うっかりと護衛対象まで傷つける恐れがあったので、俺はドロシーにお伺いを立ててみる。


「私ですか? あなたがやればいいじゃないですか」


 面倒臭そうに、ドロシーが眉根を寄せてソーニャを見やる。

 ドロシーと違って、ソーニャはドロシーに苦手意識を持っていないだろうが、それでも(りょう)とはしてくれない。


「俺か? 悪いが、そいつは無理だ。相手がそこいらの野盗であればまだしも、拳闘士(グラディエーター)は魔物と戦わねぇんだ」


 まだ正式な拳闘士(グラディエーター)になったわけじゃないだろうと、志の高いソーニャに対して、ドロシーは辟易(へきえき)したとでも言いたげに、口を「へ」の字に曲げている。


 力を入れずに腕をだらりと下げ、気だるさをこれでもかとアピールしながらも、ドロシーは諦めたように渋々と剣士に体を寄せた。


 それを見るにつき、男のほうは心底驚いたように目を見開く。


「な、何をしているか、女子(おなご)よ! 見て、分からぬのか。早く逃げよ!」


 その焦った声に釣られるようにして、可憐な声が駕籠(かご)の中より響いて来た。


「……どうかしたのですか?」


 鈴を転がしたような上品な女声。

 だが、それは決してコケティッシュなものなどではなく、無意識のうちに、畏敬の念を込めて接したくなるような、どこか、そら恐ろしさを含んでいる。


 何物にも代えがたい、乾いた隔心(きゃくしん)

 そう……あれは水だ。

 湖面に月が映るように、こちらの言動にあっては、一定の反応を示してくれるものの、決して親和的ではなく、一貫して(つか)みどころのない美しさが、彼女に冷徹さをも預けている。


 間違いない。

 あの中には美少女がいる。

 あいにくと、正式な手続きを経なければ、お目どおりすら(かな)わないだろうが、声を聞けただけでも十二分だろう。ただちに俺は、ドロシーに対して必ず助けるようにと命じていた。


「チッ――」


 特大の舌打ち。

 これまでは、どうにか俺に向いていなかった怒りの矛先も、今ので完全に間違えたらしく、直後、ドロシーが俺のほうに魔物を蹴り飛ばすことで、剣士を助けていた。


 衝撃に耐えきれず、俺は猪もどきと共に後ろに倒れる。

 自業自得とはいえ、魔物の体重がすこぶるヘビーで、自力では起きあがれない。それどころか、息をするのもやっとだった。


「はっ……ふっ……ひっ」

「ご主人様のご要望どおり、お助けしました」


 にこやかに佇んで、俺にジト目を送るドロシー。

 これが彼女なりの焼きもちとかであれば、いったいどれほどよかっただろうか。大変遺憾ながら、美少女が3人もそばにいるというのに、ラブコメの気配は、恋の神様から試供品さえも送られて来ない。どこで俺の人生は誤ったのかと、大いなる疑問を抱いたが、いうまでもなく最初からだったので、人生の不条理さに目に涙がたまってしまう。……まぁ、半分くらいは俺のせいだけどな。


 見るに見かねたスザクが、猪もどきを明後日の方角に放り投げる。

 俺がスザクの手を握るのと、男がドロシーの手を取ったのは、ちょうど同じタイミングであった。


「拙者、ロングフェローと申す者! 貴殿の助太刀、誠に感謝いたす!」


 男の挨拶に、ドロシーが露骨に引いていた。

 ……こいつ、マジやべぇ。いや、存外、俺よりも深刻な中二病を患っていると、尊敬して学ぶべきなのかもしれない。


 憐れむような目つきで、ドロシーが俺に視線を送って来る。助けるべきではなかったと言いたいらしい。あながち否定できないので、俺は顔をそらした。


 だが、どのみち通行人は通行人だ。

 情報源としては不足しないので、俺は剣士に、マルチゴーレムに関する伝聞を耳にしていないか、それとなく尋ねていた。


「巨大なモンスターとな? うむ。まるで出会うてござらん。しかし、少年とはすれ違ったぞ。旅をしていると話しておった。このように危険な道を1人で向かうとは、実に勇敢な少年だ」


 珍しかったので記憶に残っていたそうだが、俺もワールドに転生した直後は、アルバートの山小屋付近まで歩いたものだ。まさかそいつも転生者ではないだろうが、事情があるならば、魔物と遭遇しかねない山道であっても、単独で進まなければならないことは、ままある。なにも不思議なことではないだろう。


 そうやってロングフェローと話を続けていれば、その間に尾根のほうから、さらに2人の男が走って来るのが見えた。


「ロングフェロー殿! ご無事か!」

「……」


 この場にいるのが俺だけならば、この妙に時代がかかったノリにつきあってもいい。ここは異世界なのだから、こういった小芝居も正当なものだと思える。


 だが、グラントリーを追跡する手前、そう悠長なこともしていられない。

 大した助力ではないと話を中断させ、ドロシーに続いてその場を立ち去ろうとすれば、俺たちの背中に涼やかな声音がかけられていた。


「ロングフェロー、そなたを助けたのはどなたですか?」


 すぐさま男が駆けだし、先を歩くドロシーのもとへと近寄る。


「我らの主が、せめてお名前だけでも知りたいと……」


 このような集団に対して本名を明かすことに、抵抗を覚えたようなドロシーだったが、まもなく実害はないだろうと、素直に自分の名前を告げていた。




✿✿✿❀✿✿✿




 配下の男から、ドロシーの名前を聞いた女は、駕籠(かご)の戸を少しだけ開け、ゼンキチたちが去っていくのを確認すると、再びロングフェローを引き寄せた。


「西親川(おやかわ)の町にはまだ着かないのですか」


 辺りを窺うように注意深く警戒しながら、ロングフェローは顔を女に近づける。


「まもなくかと思われます。ご安心ください、聖女様。必要ならば力を解放してでも、御身をお届けしますゆえ」


「……。めったなことは言うものじゃありません」

「はっ、失礼しました」


 脱力感を露わにするように、女は自分の頭に手をやっていたが、ロングフェローたちがそれを知るよしもなかった。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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