41 俺、マルチゴーレムの噂を調べる。
魔石を見に行くだけのはずが、思ったよりも時間が経ってしまったので、俺とソーニャは一時、宿屋に戻っていた。ドロシーが心配しているかと思ったのだ。
幸い、まだドロシーの許容範囲内だったようで、じろりと睨まれただけでぶたれてはいない。
「ご主人様。アネモネ北西部にある、巴苗の町に立ち寄る予定はありますか?」
部屋に入るなり、ドロシーがそう尋ねて来る。
「いや、ないけど……。寄りたいなら行くよ?」
「いえ、結構です。急ぎの用事でもありませんし」
珍しく、ドロシーが自分の希望をいうので、俺としては理由が気になるところだ。
世界攻略指南を発動しようかと思ったのだが、考えなおしたのでやめておく。身近な人間の心まで、無闇に透かさなくてもいいだろう。男のプライバシーなんてどうでもいいが、女の心は守られるべきだ。むしろ、男は積極的に守られなくてよい。変な性的嗜好の男に女が出会わなくて済むよう、乗り出し気味で公開されるほうが望ましい。……俺の性癖? 谷間だね。まだ証明されていないだけで、デコルテの溝には世界を救う力があるよ。
ドロシーが何か言いたげに睨んで来たので、俺は咳ばらいを1つしてごまかす。
「ただ、ひょっとすると俺のほうの都合で、もう2~3日ここにとどまるかもしれない。そうなったら、悪いんだけど、ドロシーは先に王都に向かって、ソーニャと共に出発して欲しい」
「私はそれでも構いませんが……」
ドロシーがソーニャに伺うような視線を送れば、彼女が力強く首を横に振る。
「気にすんなよ、兄貴。それに、金だけもらったって、後ろ盾が大会に来てくれなきゃ、決まりが悪くていけねぇや。兄貴も俺のパトロンになってくれるんなら、そういった役目もしっかりと果たしてくれ」
ソーニャの忠言はもっともだろうと、俺は自戒の意味をこめて大きくうなずく。
「分かった。でも、なるべく、そうはならないように心がけるよ」
ドロシーとはすでに付き合いが長いので、俺に心配事があるのを察したらしく、呆れたようにため息をついている。
「はぁ……今度はいったい何が気がかりなんですか?」
もちろん、マルチゴーレムの存在だ。
俺はドロシーたちに、正直に不安要素を伝えていた。世界攻略指南から得られた内容を、情報源はぼかしつつも彼女たちに説明してく。
それから、ヤノビッツ書肆の帰りがけに買っておいた、グラントリーの札の実物もみんなに見せた。
「これが本物のグラントリーの札だ」
興味はないだろうと思ったのだが、意外にも、ドロシーは札を手に取ってまじまじと見つめている。
「なるほど……。たしかに、この護符には、魔術的な性質が与えられているようですね」
ドロシーに言われ、俺も自分の中に秘められた第六感を信じて、しげしげと札を眺めてみたが、何一つ分からなかった。
「……。少なくとも、俺の記憶している限り、マルチゴーレムに札を避けるなんていう、奇抜な習性はないはずだが、マイ=ゲイはどうにもそう考えてはいないらしい」
実際にマルチゴーレムを目撃していないので、詳細は未公開のままだが、グラントリーの札を何度調べてみても、効果がないと書かれているので、間違いはないはずだ。
「ギルドのほうは今、別件で手が離せない状態にある。少々きな臭いので、俺たちの手でこの問題を片づけられるのなら、俺たちだけで対処してしまいたいと思っている」
「相手は魔物なんですから、問答無用で倒しちゃえば、それで終わりなんじゃないんですか?」
ドロシーの発言は妥当な指摘だ。
だが、もしもここに、人為的な何かが関係しているのだとすると、犯人を捕らえる機会を、逃すことにもなりかねない。
実態を確認してからの判断になることは、間違いないだろう。
「ギルドの言うとおりなら、実害がないことになる。その場合は、マルチゴーレムの性質を知ったうえで、市民を騙すのを目的に、札をばら撒いているやつがいるだろうから、そっちを先に見つけてやらないと、尻尾を逃しちゃうと思うんだ。目先は犯人の確保を優先したい。マルチゴーレムを倒すのは、そのあとかな」
Aランクの魔物を討伐することで、少なからず、均分転移に悪影響が出るだろうが、新島忘島のときとは事情が違う。スケルトンライダーとは、対話によって共存の可能性が残っていたが、さすがにたまたま攻撃して来ないだけという、モンスターの気まぐれに町の安寧を委ねることは、俺としてもできなかった。均分転移のためにモンスターを見逃すようでは、手段と目的が逆転してしまっている。
昼食を食べ終えると、町に出て、調査を開始。
特に何を知りたいのかとドロシーに聞かれた俺は、マルチゴーレムと、実際に鉢合わせたことのある人間だと答えていた。
「大事なのは出現場所かな。ギルドの話じゃ、夜間に目撃することが多いらしいから、うまくいけば、ピンポイントで遭遇できるかもしれない」
だが、それから時間をかけて、町人に話を聞いて回ったのだが、いまいち全容が判然としない。
マルチゴーレムの現れる位置が、てんでばらばらなのだ。
……野生のモンスターなら、傾向とか好みがありそうなものだけどな。
襲って来ないことや、夜の出没が多いという部分だけは共通しているのに、それ以外がランダムなんてことはありうるのだろうか。
本来、西親川の町は、仲のいい双子が治めていた土地なので、隣の東親川の町とも、親密な間柄であるはずなのだが、同じくらいにライバル関係でもあるらしく、そっちのほうからマルチゴーレムがやって来ていると、考えている人もずいぶんと多かった。
一方通行の関係上、東親川の町にはまだ向かうことができない。
町の実態が分からずにやきもきとしていると、タイミングよく、ドロシーが東親川の町から訪れた女を捕まえて、話を聞いてくれていた。
「えぇ、そうです。東親川の町でも、夜になるとマルチゴーレムが現れるって、噂されていますよ」
「あなたは見たことがあるんですか?」
「あたし? いやいや、とんでもない。モンスターの知らせを聞いてからは、めっきり外に出なくなりましたよ。それこそ、あたしたちは、西親川の町の仕業だと思っていましたんで、こっちでもマルチゴーレムが現れるって言われて、とっても驚いているんです」
かなり綿密な調査をしたつもりであったが、収穫は芳しくない。
残念だが、詳細を理解するためには、自分の目で確かめるしかないのだろう。
※
その夜、俺はスザクと共に、見張りをしていた。
念のため、昨晩もそれとなく、スザクには町の監視を頼んでいたのだが、目立った出来事はなかったらしく、異常はなかったという報告を受けた。
ランクAの魔物が相手ともなると、スザク以外では力不足だ。疲労が増えるだけなので、ドロシーたちには大人しく寝ていてもらう。
就寝する直前、ソーニャが俺のことを心配そうに見つめて来たが、それはスザクの実力を知らないためだろう。ソーニャは、渚瑳の祭りも観戦していなかっただろうから、これまでにスザクの運動性能を、直接見る機会はなかったはずだ。
「大丈夫。いざとなったら、すぐに逃げるから」
そう言って、俺はソーニャにサムズアップで応じていた。
『どうだろうな……。最近は現れていなかったから、出現の頻度からして、今夜あたりにそろそろ姿を見せたとしても、決しておかしくはないな』
1日ずれたが、ムニエの予感は的中。
今宵、俺とスザクは、マルチゴーレムを目撃することになる。
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