第07話 土産物
北は北海道から、南は沖縄まで。
渡たちは、日本の津々浦々を巡って、龍脈の地を探し求めた。
買収がすぐにまとまる土地もあれば、所有者が不明だったり、相続問題で権利関係が複雑になっていたり、国有地や自治体の管理地で交渉が難航することも多かった。
一度ですべてが解決する問題ではないため、渡たちは今後の継続的な買収を考えながら、ひとまずは場所を把握する、という目的を最優先に終えた。
いろいろな土地を巡って、各地方の特産品を観察したことでも収穫があった。
異世界では珍しい代物を多数発見できたし、地方ごとの銘酒を直接見ることが出来たのも、非常に大きな収穫だ。
たとえば、志摩が発祥の地である人工真珠は、魔法学的には天然真珠と区別がつかないらしい。
どちらも魔力の通りが良く、増幅器として優れ、異世界で売れば大きな財産になるだろう、とのこと。
そこまで露骨な売り方をするつもりはないが、錬金筋・魔法使い通に持ち込めば、間違いなく大金が手に入るだろうし、本来の販売網とは違うだろうが、ウェルカム商会に持ち込んでも良い。
まだまだ地球上では、様々な品が、異世界で魅力的な商品として残っている、ということに気付かされる日々だった。
マリエルたちにとっても、日本の知らない土地を巡る旅は貴重な経験となった。
加賀百万石の城下町の風情が残る金沢では、マリエルが目を輝かせた。
日本三名園の一つである兼六園の計算され尽くした庭園美に感嘆し、ひがし茶屋街の出格子が美しい街並みを歩き、その風情にうっとりとした。
石とレンガ造りが主流の故郷とは全く異なる、繊細な木造建築の技術や、雪国ならではの工夫が凝らされた武家屋敷の造りに、彼女の知的好奇心は満たされる一方だった。
一方、エアとクローシェは各地の「食」と「酒」に夢中になった。
新潟では米どころならではの芳醇な日本酒に舌鼓を打ち、北海道では新鮮な海の幸と地ビールに歓喜の声を上げる。特に鼻の利くクローシェは、鹿児島の芋焼酎の独特な香りに興味津々で、杜氏に質問攻めをしていたほどだ。
「うっひゃー! この『猪口祭』って酒、水みたいに飲めるのに後からガツンと来る! たまんないね! 主、これお土産に欲しい!」
「この『森乃伊蔵』というお酒……芋からこのような香りがするなんて。素晴らしい蒸留技術ですわ。お土産に樽ごといただいてもよろしいかしら? あ、駄目ですの? わたくし持てますわよ?」
二人の荷物が酒瓶でどんどん重くなっていくのは、言うまでもない。
そして、最年長のステラは、その特別な能力で一行の旅を大いに助けた。
広大な北海道の大地や、沖縄のサンゴ礁が広がるエメラルドグリーンの海上を、風の魔法で軽やかに飛び回る。
人の立ち入れない険しい山中での龍脈探査では、上空から正確な位置を特定し、渡から「ステラがいなかったら、あと一ヶ月はかかったよ。ありがとう」と頭を撫でられ、アヘアヘとトリップしていた。
総合的に評価しても、素晴らしい経験の日々だったと考えられるだろう。
一つ想定外のことがあるとすれば、思った以上に日本各地を見回るのに時間がかかってしまったことだ。
とはいえ、今回の龍脈の地の選定は、今後さらに多忙になる渡たちにとっては、このタイミングがベストだった。
今後人を雇い、薬草農園の各地での開拓が始まり、工場での生産を増やし、医薬品の承認に向けて数々の交渉を行う日々が待っている。
その大半に渡が顔を出す必要があり、そうなると護衛のエアやクローシェもついていくことになるためだ。
予定を大幅に超過してしまったが、各地にゲートを設置できたため、今後の移動自体は非常に楽になると考えられた。
そして今、渡は予定超過のツケを払わされている。
◯
何かおかしい気はしたんだよなあ……。
ウェルカム商会の奥の間にある応接室、渡は久しく感じていなかった緊張感を覚えながら、ぎこちなく笑みを浮かべた。
最初は、ウィリアムのいつもの大声での大歓迎を受けた渡たちだったが、今日はいつもと少し様子が違った。
ウィリアムがすぐにどこかへと人をやると、いつも自分が座る席に座らなかったのだ。
「どうしましたか?」
「いえ、少々事情がありましてね。それよりも、今回は随分と久しぶりですね。心配していたのですが、ご無事なようで何よりです」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。俺の故郷の方で、少し用事が立て込んでしまいましてね。こちらに来ることも叶いませんでした」
「左様でございましたか。まあ砂糖の方は大量に保管させていただいておりましたので、そちらの心配はなかったのですが、各貴族様にお納めするコーヒーやチョコレート、お酒が切れておりましてね……。まるでマジックボルトが次々と打ち込まれるかのごとく催促が届きまして、肝を冷やしておりました……」
「あー……それは本当に申し訳ありません」
「いいえ、遠方での仕入れともなれば、予定通りに行き来できる方が本来は珍しいものです」
指摘されて、想定が甘かった自分の失態の深刻さを痛感する。
ウィリアムは対貴族の窓口になってくれている。
かなり大きな規模の商人になっているウィリアムを相手に、極端に横暴なことをする貴族は相当に減ったと考えられる。
だが、それでもいざとなれば無理をゴリ押しして、処罰を受ける可能性があった。
渡がウィリアムに謝罪していると、応接室の扉が勢いよく開かれた。
「ようやく姿を見せたか、遅いではないか!」
「これは……モイー卿。どうしてここに?」
「私がお声掛けしたのです。少し前から、何度もワタル様が来ていないかと訪ねられておりまして、来店なさった時は一報をするように言われておりましたので」
そこに立っていたのは、むっすーとした表情で腕を組むモイー卿だった。
長期間、ぱったりと連絡が途絶えた渡に対して、積もりに積もった不満が爆発したのだ。
「申し訳ありませんでした。長らく顔をお見せすることもできず。こちらの都合でして……」
「こちらの都合、だと? 貴様は我が御用商人に任命したであろうが。定期的な納品まで怠るとは、どういう了見だ!」
「ま、まあまあ、モイー卿。ワタル殿も何か事情がおありだったのでしょう」
「ウィリアム、貴様は黙っておれ! こやつが音信不通になったせいで、貴様がどれだけ苦労したと思っている! 我が直々に『まだか』と問い合わせた回数、覚えているか?」
「は、はい……。両手両足の指を合わせても、足りませんね……」
「そうだ! それだけではないぞ! 他の貴族どもからも砂糖やコーヒーの催促の嵐! ウィリアムの胃には穴が開き、髪は抜け落ち、夜も眠れぬ日々を送っていたというではないか!」
「も、モイー卿、そこまではありませんよ……。それに一番催促されていたのは卿ですよね……?」
「黙れ黙れ! ワタル! 貴様のせいで、この我の口がどれほど酒に焦がれ、一滴を追い求めたか!」
モイーは怒りを露わにする。
だが、その目の奥に、かすかな安堵の色が浮かんでいた。
この切れ者の貴族は、ただ単に珍品が滞ったことに怒っているだけではない。
渡という、興味深い商人の身に何かあったのではないかと、本気で心配してくれていたのだ。
「ニャハハ、アル中だー」
「お姉様っ!?」
あと、本気でお酒を欲しがってる。
渡は面白そうにニマニマと笑うエアから、荷物を受け取って、机の上に拡げた。
「ご心配と、ご迷惑をおかけしました。これ、各地で見つけてきたお土産です」
「ふん、物で我を言いくるめようとしても、そうはいかんぞ! ……して、それはなんだ? 新しい酒か!?」
モイーが急に態度を変えて、土産物に意識を向けはじめた!





