第03話 スパイ根絶作戦
MPの論文を発表したことで注目を集めた渡は、慢性治療ポーションの認可前販売がいつバレるのか、泰然とした態度を示しながらも、内心では不安があった。
予防線を張り、医薬品として売ったわけではないが、実際には治療効果を目的に販売、購入しているのだ。
警察がいつ動いて、強権を発動させてもおかしくはない。
これらは政治的な対策が必要となるだろう。
国会議員や祖父江のような財界人との関係の強化が必要となるのは間違いなかった。
また、問題は渡個人で収まるものでもない。
二〇二五年の八月、中華人民共和国とロシアは、首脳会談の場で、臓器移植や不老不死の技術について会話をしていたことが報じられた。
クローン技術やIPS細胞をはじめとした最先端医学は、そういった難題への解決に繋がる可能性を持っている。
世界でも有数の大国が、揃って注目するかもしれない新技術。
それは渡の持つ慢性治療ポーションも、近しい効果が期待できた。
少なくとも病を治すということは、長寿に大きく貢献するからだ。
そのためだろうか、渡から情報を盗み取ろうとするスパイたちの国籍は、少し変わってきているようだった。
渡たちから直接情報を盗み取るよりも、今後好待遇や高報酬を約束して、穏便にポーションを手に入れようと、考えを変えた可能性がある。
だというのに、マンションや喫茶店に仕掛けられる盗聴器などの数は増加していた。
「主、盗聴器発見したよ」
「またか……。最近本当に多いな」
「ん、できるだけ見落としがないように調べてるけど、けっこうウンザリするね」
「お姉様もわたくしも、主様を守るのは役目ですが、こういう見えない情報戦はあまり得意ではありませんわ……」
エアとクローシェは少し苦々しい表情を浮かべている。
手に持った小さな装置を粉々に指ですり潰していた。
とはいえ、クローシェは特に嗅覚を使った防諜をしてくれているから助かる。
渡たちの住むマンションはワンフロア貸し切りの構造だから、エレベーターに知らない人間の臭いがあればすぐに気づくのだ。
あとはレイラから譲ってもらった本格的な盗聴器・監視カメラ発見機を使いつつ、装置を探してくれる。
渡が頭を悩ませていると、マリエルが提案をした。
「考えられるとしたら、産業スパイでしょうか?」
「だろうな。あるいは、俺たちのことを嗅ぎ回ってるマスコミか、警察関係者か……。変な信者もいるのか? どっちにしろ、厄介な相手だ」
「でしたら、いっそ逆手に取ってみるのはいかがでしょう?」
「逆手に? ……なるほど、偽の情報を掴ませるのか」
「はい。わざといくつかの盗聴器を残しておいて、撹乱情報を流すんです。たとえば、魔力計測器の製造には、まったく見当違いの素材――そうですね、深海の珍しい鉱物が必要不可欠だ、とか」
「面白い。相手が偽情報に踊らされている間に、こちらは本命の研究を進められる。それに、どんな反応をするかで、相手の正体を探る手がかりにもなるかもしれないな。よし、その手でいこう。マリエル、早速だが、それらしい偽の資料と会話のシナリオを考えてくれ」
「かしこまりました。腕が鳴りますね」
「エアとクローシェは、いくつか盗聴器をわざと見逃しておいてくれ。場所は俺が指示する」
「了解! 楽しくなってきたね!」
「お任せくださいまし! 腕がなりますわ!」
これから騙される相手を思うと、滑稽で面白い。
彼らは必死になって深海の鉱石を買い漁るのだろうか。
変わった売買取引が起これば、変な注目も集まり、犯人が分かりやすくなる。
渡たちは子供がいたずらを考えるように、目を輝かせながら作戦を練りはじめた。
そして数日後。
渡たちがリビングでくつろいでいると、テレビの経済ニュースが、ある奇妙な現象を報じていた。
『――次に、鉱物市場の話題です。これまで注目されてこなかったレアメタル『テルル』の価格が、ここ数日で突如として三〇倍以上に高騰。専門家も首を傾げる異常事態となっています。背景には、特定の国家や巨大複合企業による買い占めの動きがあるとの観測も出ており、市場は混乱しています』
テルルは産出量が極端に少ないことから『幻の元素』とも呼ばれるレアメタルだ。
特殊な合金の添加物や、熱電変換素子の材料として主に利用されてきたが、その需要は限定的だった。
この鉱石は日本の深海域でも採れるが、元々産出量だけでなく精製もかなり難しい。
画面に映し出されたグラフは、垂直に近い角度で跳ね上がっている。
それを見て、渡はニヤリと口角を上げた。
「見事に引っかかったなあ……。ご苦労なことだ」
「ええ。これだけ派手に動けば、どこの誰が仕掛けてきたか、すぐに判明するでしょう。早速、祖父江様と水城議員に連絡を入れて、買い占めている組織の特定を依頼しましょうか?」
「ああ、頼む。これでようやく、目障りなネズミの正体が掴めそうだ」
マリエルの言葉に頷きながら、渡はテレビの向こうで奔走するであろう敵の姿を想像し、愉快でたまらなかった。
反撃の狼煙は、今上がったのだ。
マリエルが連絡を取るために動いてくれるのを確認しながら、渡は本当の製法について話題にした。
すでに盗聴器はすべて取り除かれている。
「しかし、ステラが見つけた水晶の加工法が、あんなものだったなんてな」
「あれは驚きましたね。まさか古代都市の魔力溜まりにしばらく放置しておくなんて」
「あんな製法、どこも真似できないぞ」
かつてゲート先の一つとして足を運んだことがある、古代都市。
あの濃密すぎる魔力が漂う場所に、ステラは水晶をいくつも置いてきたのだ。
渡はゲートの結界から足を踏み出したときの、襲いかかる不快感を思い出して、苦笑を浮かべた。
もし地球上にそんな空間があったとして、耐えられる存在がいないだろう。
製法が分かったところで真似のしようのない製造方法だ。
「ステラはどうして、あの製法を思いつけたんだ?」
「はいぃ。元々、エルフの郷は、あの古代都市の近い場所にあるのですぅ」
「そ、そうだったっけ?」
「ええ。森の背後にあの龍脈の地があるからこそ、わたしたちの一族は、簡単に森の奥に逃げ込むわけにもいかなかったんですねぇ」
「それがまさか、水晶の加工法に繋がるとはなあ」
「媼の技術は本当に凄いですねぇ」
「ステラも十分にスゴイよ! えらい!」
「~~~~~~~~お゙ッ❤」
ステラがしみじみと、あの嫌らしいアルヴヘイムの女主人を褒めるものだから、つい渡も語気を強めてステラを褒めてしまう。
隣に座るステラの肩を抱き寄せると、渡の胸板にぽん、と頭が乗る。
ステラは目を白黒させて驚いたあとに、白目をむいて体を震わせた。
ビクンビクンと体を震わせて、あへぇと舌を垂らす。
……これさえなければ、優秀な錬金術師なんだけどなあ。
渡は相変わらずのステラの反応に、苦笑いを浮かべながらも、もはや慣れてしまった自分を自覚する。
「あにゃたしゃまぁ~❤」
「よしよし、ステラは賢いねえ」
もはや頓着せず、優しく艷やかな髪を撫でた。
こういうときのステラは、ある意味ではクローシェよりも犬っぽい。
尻尾のかわりに長い耳をピコピコさせて、多幸感にトリップしたステラは、されるがままになっている。
「となると、魔力測定器は今後もずっとうちで独占できるのかな?」
「どうでしょうか。魔力という存在が分かって、それが測定できるようになれば、同じ原理を用いて、別の素材、別の手段が生まれてもおかしくありません」
同じく苦笑していたマリエルが、冷静な分析をしてくれた。
「アタシもこの光景に違和感を感じなくなってきちゃった」
「お姉様……わたくしもですわ」
エアとクローシェがげっそりとした表情で言い合っていたのが、少しおかしかった。





