第02話 あらゆる悪意から
インタビューを終えた渡は、マリエルたちとともに、自宅へと帰ってきた。
渡の座っていた席のすぐ後ろで、エアとクローシェは周囲の警戒をしていたのだ。
堺渡は、今や時の人である。
世界を変革するような発表を行った。
もとより一部の界隈では暗然と影響力を持っていた渡だったが、発表後は表の世界に飛び出していったのだ。
「ふぅ、疲れたな。いやあ、やっぱりああいうのは得意じゃないな。どうしても緊張してしまうよ」
「ですが、ずいぶんと堂に入っていましたよ。インタビュアーの女の子も、かなり呑まれていましたわ」
クローシェは渡のネクタイを外してやり、シャツのボタンも甲斐甲斐しく外して世話をする。
以前よりは鍛えられた胸板が現れ、汗ばんだ体から濃厚な雄の匂いを嗅ぎ取って、クラリときた。
主様は、変わった。
以前は人と会うたびに、強い不安や心配を抱えて、ちょっとした会話の応酬ですら、不安の臭いをプンプンと漂わせていたというのに。
今では緊張こそ残っているものの、そこには余裕が感じられる。
単純な慣れだけではなく、異世界、地球を問わず、王侯貴族を相手にしてきた激しい負荷が、渡を成長させているのだ。
その大きくなった成長が頼もしい。
きっと、お姉様の家族も、今の主様であれば間違いなく認めることだろう。
黒狼族と同じく、金虎族も弱い雄を認めない傾向にある。
だが、今の渡であれば、腕力ではなく人としての器で、彼らを認めさせることができるように思えた。
「後はまあ、クローシェがエアと一緒に、背中を守ってくれてるおかげだよ」
「まあ、嬉しいことを言ってくださいますのね」
「本心だよ。いつもありがとう」
「も、もう、主様は本当にたらしですわ」
ギュッとハグをされて、クローシェは尻尾をブンブンと振り回した。
口では悪態をついていても、嬉し気持ちはごまかせない。
特に、今の渡は頼もしい。
「主様は、少し変わられましたね」
「どういうところが?」
「その……見ていて不安になるような、頼りないところがなくなりました」
「うん、そうだな……。そうかもしれない。自覚はあるよ」
「どうされたんですか?」
「表に出る覚悟を決めたんだ。これまでは事が大きくならないように、そればかりを考えていたけど、そろそろそれも限界だろうと思って」
シャツを脱がせて汗を拭き、洗濯した新しいパジャマを渡す。
薄手のパジャマに着替える渡を見ながら、クローシェも体を拭いた。
日本の夏は暑すぎる。
特に耳や尻尾に大量の毛が生えているクローシェは、思わず舌が出るほどにつらい。
今も付与の術式を施した耐熱装備をしていなかったら、熱中症になっていておかしくなかった。
「主様、今まで以上に、周りには警戒してください。最近は嗅ぎ回っている者が多いのですわ」
「エアにも注意されたよ」
「お姉様と連携して警戒は続けますわ。ドローンとかいうのが厄介なのです」
渡たちの周りに、怪しげな人の気配が頻繁に確認されている。
一度は落ち着いたスパイたちの活動が、非常に活性化していた。
投資の申し出や提携といった接触を図るものも多く、誰も信用できない状況だった。
そのような状況下でも、落ち着きを保っている姿には頼もしさを覚える反面、油断はできない。
おまけにドローンや監視カメラといった機械的な諜報技術は、クローシェもエアも経験がない。
勝手があまりにも違って、防諜が難しかった。
ひとまずは、自室を覗いていたドローンは叩き潰しているが、留守中に監視カメラや盗聴器の類が設置されていないかは気を付けないといけないだろう。
「主様は、必ず私達がお守りしますわ。ですが、不注意に動かれるとそれも叶いません」
「重々承知してるよ。俺が勝手に出歩いたりしていないのは、クローシェもよく知ってるだろう?」
「それはそう……ですわね」
基本的に渡は一人で移動するということをしない。
連絡もなしに急に出歩くこともないし、事前に行き先や、誰と会うのか、といった目的も明確にしてくれる。
護衛する立場としてはこれほど楽な対象もいない。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもございませんわ」
「……そうか?」
「はい、ご心配なさらず。万事わたくし達にお任せくださいまし」
では、なぜこんな不安な気持ちになるのか。
言いようのない不安。
不明瞭な胸騒ぎ。
言語化できない先行きへの危機感が、胸をかき乱す。
クローシェは鼻を鳴らして、少しでもなにか予兆がないかを嗅ぎ回る。
怪しい臭いはしない。
いま、渡はある意味では一番危うい時期を迎えている。
世界中から注目を集めている上に、未認可の薬を販売しているという、明確な弱みを抱えている。
渡がポーションの法的な認可を求めるが上に、この危機的な状況は避けようがない。
弱みを知られてスクープを報道されれば、たちまち立場を失うだろうし、逮捕される恐れもあった。
クローシェ個人の考えは、日本を捨てて、中東の王族の世話になったほうが、はるかに話が早くスムーズに進むというものだ。
いまだ強力な権力を抱える彼らであれば、認可も販売も思うがままに進むだろう。
だが、傭兵としてあらゆる地域を放浪していたクローシェと違い、渡はこの国を、地域を心から愛している。
大切な家族もこの地にいる。
故郷と家族を捨てろ、とは言えなかった。
渡個人の肉体的な損害に対して不安を抱いているのか。
それとも、社会的な損害に対して不安を抱いているのか。
クローシェの嗅覚では、そこまでの判別はつかなかった。
だが、すでに決意は固まっている。
「お守りいたします。あらゆる苦難から、あらゆる悪意から」
――この方をけっして害させはしない。
あらゆる危害から、どんな悪意からも、お姉様とともに守り抜いて見せる。
たとえそれで、自分たちが危うくなったとしても。
クローシェは己に誓っていた。
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