第91話 連れ出してくれたお返しに
博之達と話をしたとしても、海斗のやる事は変わらない。
掃除や料理をするのにあまり思考を割かず、勝手に体が動くほどだ。
とはいえ、下着を触ったりすると微妙に気まずい雰囲気になるのも、いつも通りなのだが。
(落ち着くなぁ……)
片付けを終えて晩飯を作りつつ、内心でぽつりと呟く。
他人の家で料理をしているのに落ち着くのはどうかと思うが、紛れもない本心だ。
先程まで喫茶店で重い話をしていた事もあり、静かで穏やかな空気に海斗の心が癒されていく。
(でも、クリスマスパーティーの事を考えない訳にはいかないな)
このまま普段通りに過ごしたいところだが、問題を後回しにしていては駄目だ。
勿論、博之に頼まれたからではなく、凪の為に。
しかし料理をしながらだったり、晩飯を摂りながらする話でもない。
取り敢えず後回しにしようと思い、晩飯を作って凪と共に腹を膨らませる。
その後、普段なら勉強するのだが、海斗は凪の座っているソファに腰を下ろした。
「うん? 休憩するの?」
この数日間、晩飯の片付けを終えたらすぐに勉強していたので、凪が海斗の普段と違う行動に違和感を覚えたらしい。
本から顔を上げて、こてんと可愛らしく小首を傾げられた。
完全にいつも通りの姿からは、先日博之からパーティーの提案をされたとは察せられない。
(これは、博之さんから知らされていて良かったな)
この様子からして、凪は海斗にパーティーの事を知らせるつもりなどないだろう。
そうなれば、知らぬ間に凪が博之の誘いを断り、クリスマスが過ぎていたはずだ。
安堵の溜息を小さく落とし、首を横に振る。
「いえ、ちょっと気になる事がありまして」
「そうなの? 何でも言ってね」
「じゃあ遠慮なく。……店でのクリスマスパーティー、どうするつもりですか?」
「っ!?」
遠回しに告げるか迷ったが、こういう場合は直球勝負の方がいい。
そう判断して尋ねれば、凪の体がびくりと大きく跳ねた。
驚く姿が数時間前に見た彼女の妹の姿と重なる。
「どうして、それを?」
「今日、ある人達が喫茶店に来たんですよ。その人達から聞きました」
「……もしかして、お父さんと、お母さん?」
「はい。それと、凪さんの妹――渚ですね」
海斗が清二と言わなかった事で、凪はあっさりと正解に辿り着いた。
アイスブルーの瞳が動揺を隠せず、あちこちへと散歩している。
「それで、私を誘って欲しいって言われた、んだよね」
「その通りですが、俺は頷きませんでしたよ」
「どう、して?」
揺れる瞳が海斗を見上げ、小さな唇が呆けたように開いた。
博之の話に乗って当然だと言わんばかりの態度に、少しだけ怒りが沸き上がる。
「俺は凪さんの友達です。友達を売るような真似は絶対にしませんよ。それが友達の親であっても、ある意味では上司であっても」
「――」
「だから、凪さんの気持ちを聞かせてください。行きたいなら一緒に行きましょう。行きたくないなら家でのんびりしましょう。でも、その理由はハッキリすべきです」
行きたいのならば全力で協力する。行きたくないのならパーティなど断れば良い。
しかし、その行動の理由が表面的なものであっては駄目だ。
あまり良くない踏み込み方なのは分かっているが、こうしなければ凪は本心を口にしてくれないだろう。
ならば凪が海斗にしてくれたように、海斗も少々強引に尋ねるべきだ。
それが大嫌いな家から凪によって連れ出された、海斗のすべき事だと思う。
「凪さんは、どうしたいですか?」
「わ、私は、その……」
「ゆっくり考えてください。ちょっと飲み物を取って来ますね」
凪の中で意見がまとまるまで、決して急かさない。
一度ソファから立ち上がり、ココアを用意してから凪の元へ戻った。
俯いていた凪だが、ココアを一口飲んでからゆっくりと話し始める。
「行き、たい。でも、何を話せばいいか、分からない」
返事を未だにしていないとの事だったのでもしやと思ったが、凪の気持ちは行く方向に傾いているらしい。
それでも決めきれないのは、長年のすれ違いが凪を後ろ向きにさせているからだ。
とはいえ簡単に前を向けるなら苦労はしないし、その迷う気持ちは以前まで胸を張れなかった海斗も多少は分かる。
「そうですねぇ……。なら、凪さんがずっと抱えていた気持ちを全部ぶつけるのはどうでしょうか?」
「大丈夫、かな。そんな事したら、パーティーが台無しにならないかな。我儘な娘だって、嫌われないかな」
「その時は、家に帰って二人でパーティーしましょうか」
博之と桃花、そして渚の反応からして、凪が感情をぶつけると怒るどころか喜んでくれるだろう。
パーティーは盛り上がるだろうし、嫌いになどならないと断言出来る。
しかし、それを凪に伝えるのは反則だ。
二人でパーティーをするのも悪くないと笑みを零せば、凪も同じ気持ちなのか、柔らかな頬が少しだけ緩む。
「そう、だね。それもいいかも」
「でしょう? 博之さん達と凪さんの仲が更に拗れても、一人になんてさせませんからね」
何があっても海斗は味方だと凪の背中を押すと、ようやく彼女が安堵の笑顔を零した。
「なら、頑張ってみる。だから、当日は一緒に居てね」
元々、凪は両親に関して悪感情を抱いていない。
だからこそ、ほんの少しだけでも前に進めば、今の状況は改善出来るはずだ。
凪の信頼が込められた懇願に、大きな頷きを返す。
「勿論です。俺が凪さんを強引に引っ張ったようなものですし、別の場所で待つつもりはありませんよ」
「ありがとう、海斗」
花が静かに咲き誇るような、魅力的な笑顔に心臓の鼓動が早まる。
照れくさくて僅かに視線を逸らせば「あ」と凪が何かに気付いたような声を上げた。
「どうしました?」
「海斗、渚と会ったんだよね?」
「はい。ちょっとだけ話しましたよ」
「その……。私の事、何か言ってなかった?」
凪が顔を曇らせ、再び顔を俯ける。
渚が凪を慕っており、凪を追い出したと勘違いしている、と伝えるのは簡単だ。
しかし、これも二人でしっかりと話すべき事だろう。
「その前に、凪さんは渚の事をどう思ってるんですか? 俺、全然聞いた事なかったんですよね」
「あの子には、申し訳ない事をしたって思ってる。本来だったら三人で仲良く暮らせるのに、それを乱したから」
「あぁ……」
この姉にしてあの妹ありというべきか。それともあの両親の娘だからこそ、凪と渚がこうなってしまったのか。
何にせよ、姉妹で考えているのは相手の事だった。
どちらも優し過ぎると、感心と呆れを混ぜた溜息を落とす。
「だから、全然話さなかったけど、多分嫌われてると思う」
「でも、渚もクリスマスパーティーに来るみたいですよ?」
「それは、お父さんとお母さんが計画したからじゃないかな」
「……何というか」
見事なまでのすれ違いに、苦笑を零す事しか出来ない。
とはいえ、すれ違いにすれ違いが重なったからこそ凪がここに居るので、今更ではあるのだが。
「取り敢えず、渚ともじっくり話してみてくださいね」
「海斗が言うなら、そうしてみる。でも、結局渚は私の事を何か言ってたの?」
「言ってましたよ。でも俺から言えるのは、凪さんと渚は姉妹だなってだけです」
「? ??」
海斗の口ぶりから悪い言葉ではないのは察しているようだが、それでも理解が及ばず、凪が頭に疑問符を浮かべている。
しっかりと皆が想いを口にすれば、西園寺家のすれ違いはあっという間に無くなるだろう。
上手く行きそうな予感に、凪を見ながら小さく笑みを零すのだった。




