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第85話 弁当を食べる場所

 凪の家に泊まった週末が明け、十二月も後半に差し掛かった月曜日。

 今日も今日とて彼女は海斗の教室に来ている。


「海斗、行こう」

「すみません、凪さん。もし良ければ、ここで食べませんか?」


 海斗の提案に、周囲がざわりと音を立てた。

 おそらく、今までずっと教室を出ていた海斗達がここに残るのが意外なのだろう。

 そう思ったのは目の前の女性も同じのようで、こてんと無垢な顔で首を傾げた。


「どうして?」

「最近滅茶苦茶寒いですし、温かい場所で食べようかなと」


 海斗は平気だが、昼時とはいえ凪には真冬の外は辛いだろう。

 本当ならばもっと早く言うべきだったが、凪への気持ちが強まるまで言えなかった。

 周囲から興味の視線をいただくのは既に覚悟しているし、凪は毎日来ているので異物扱いはされないはずだ。

 とはいえ、それは海斗の意見でしかない。


「人が多くて嫌ならやめますが、どうでしょうか?」

「ん……。海斗は、それでいいの?」

「はい。凪さんが寒い方が嫌なので」


 自分は気にしないが、海斗が心配だ。そんな思いを短い言葉で伝えてくれた事に、胸が温かくなる。

 だからこそ迷いなく断言すれば、凪が柔らかく破顔した。


「分かった。なら食べよう」


 海斗の前の席のクラスメイトは教室内に居たので、断りを入れて凪が座る。

 彼女と向かい合って座り、周囲から視線が集まる中、弁当を食べ始めた。


「ん。今日も美味しい」

「ありがとうございます」


 普段と変わらないやりとりをしつつ手を動かす。

 海斗の机に二人分の弁当は少し狭いが、これはこれで悪くない。

 ただ、周囲が海斗達を見て話している内容が、どうしても耳に入ってきてしまう。


「西園寺先輩って、天音の前だとホント良く笑うな」

「あんな風にお礼を言ってもらいてえ」

「天音のお弁当、滅茶苦茶美味しそうなんだけど」

「野菜もしっかり入ってるし、そりゃあ西園寺先輩が気に入る訳だねぇ」


 男子から嫉妬されるのはいつも通りだが、女子は海斗の弁当を評価してくれていた。

 それが凪の耳にも届いたらしく、彼女が上機嫌そうに唇をたわませる。


「やっと海斗のお弁当を自慢出来る。むふー」


 余程嬉しいのか、凪が鼻息を荒くして胸を張った。

 周囲からすればクールに見える凪が子供っぽい態度をした事で、ざわめきが起こる。

 可愛らしい姿に頬が緩みそうになるが、ここで笑うと男子の嫉妬が凄まじい事になるので必死に抑えた。


「……自慢したかったんですか?」

「うん。だって、こんなに美味しくて綺麗だし、毎日頑張って作ってくれてるから」

「もう見慣れてるでしょうに」

「それでも、なの」


 凪に弁当を作るのも、もう一ヶ月以上続いている。

 しかし凪はこれが当たり前だと思っていないらしい。

 家でもそうだが、決してお礼を忘れない凪に改めて感謝を示す。


「ありがとうございます、凪さん」

「ん。これで、海斗を陰で悪く言う人が居なくなる?」 


 凪の何気ない一言に、周囲の温度が僅かに下がった。

 その言葉から察するに、凪が海斗の話に乗ったのは、未だに海斗が陰で悪口を言われている事を心配したからなのだろう。

 海斗から伝えた事はないが、どうやら凪も知っていたらしい。

 ちらりと周囲を見れば、教室に残っている男子の一部が、気まずそうな表情になっている。 

 クラスメイト全員と仲良くしたい訳ではないので、苦笑を浮かべて肩を竦めた。


「まあ、無理じゃないですか? そういうのって、絶対無くならないですよ」

「そう……」

「大丈夫ですよ。凪さんに一ノ瀬。それに、少ないですけど俺と仲良くしてくれる人も居ますから」


 約一ヶ月前の調理実習を終えた頃から、同じグループだった男子や女子が海斗に話し掛けてくれている。

 勿論、長々と談笑している訳ではなく、簡素な世間話や挨拶程度だが、それでも救われていた。

 だからこそ、海斗の居ない場所で陰口を叩かれているのを知っているのだが。

 しゅんと肩を落とす凪に心配は必要ないと笑顔を向ければ、端正な顔が僅かに綻んだ。


「なら良かった。でも、何かあったら私か美桜にちゃんと言ってね。約束、忘れちゃダメだよ」

「分かってますよ。その時は頼りにさせてもらいますね」


 海斗に何かすれば、凪が黙っていない。

 以前凪が宣言したので周囲は十分に理解しているだろうが、言葉にする事で改めて状況を知らしめた。

 その後はあっさりと弁当を平らげ、片付けを終えて席を立つ。


「弁当も食べましたし、行きましょうか」

「うん」


 海斗が寝ている間に凪が本を読むのはいつも通りだが、ここで過ごせば何を言われるか分からない。

 凪も騒々しい場所で本を読みたくないのか、小さく頷いて立ち上がった。

 よく凪に挨拶するクラスメイトの女子や、事態を静観していた美桜と凪が挨拶を交わし、教室を出る。

 すぐに図書室のお決まりの場所に着いて、残りの時間を睡眠に使用した。





 頭に触れる心地良い感覚に、少しずつ意識が浮上する。


(……いつもと、違う?)


 凪が海斗を起こすのは日課となっているが、これまでは肩を揺すられるだけだった。

 しかし、今は頭に触れられている。

 不思議に思って顔を上げれば、細く白い指が勢い良く引っ込んだ。


「おはようございます。もう予鈴ですか?」

「お、おはよう。……その、予鈴まではもう少しある」

「あれ、ホントだ」


 いつもであれば起きてすぐに予鈴が鳴るのに、時計の針は予鈴の五分前を示している。

 不思議に思って首を傾げれば、雪のように白い頬が朱に染まった。


「起こしてごめんね、海斗」

「別に謝る必要はありませんが、どうしたんですか?」

「何となく、触りたいなって思ったの。ダメ?」


 不安と期待を混ぜて潤んだ瞳は、可愛らしさによって男の胸を問答無用で打ち抜くものだ。

 当然ながら海斗も例外ではなく、心臓の鼓動を乱されながら頷く。


「もう何回か触られてますからね。好きにしてください」

「いいの!? だったら、もう少しだけ触っていい?」

「……ま、まあ、別にいいですけど」


 明日から遠慮なく触られるかと思ったが、どうやら凪は今からをご所望らしい。

 身を乗り出した凪にほんの少しだけ押されつつも、もう一度腕の上に頭を乗せる。

 すぐに凪の手が伸びてきて、海斗の髪に触れた。


「ん……」

「嫌じゃない?」

「嫌だったら許可してませんよ」


 嫌どころか気持ち良いくらいだが、口にすると羞恥で頬が炙られそうだ。

 遠回しに伝えれば「良かった」と僅かに弾んだ声が耳に届く。


(ホント、いつ気付くんだろうか)


 一昨日と昨日でこれまで以上に距離が縮まったからか、凪は今までにない事をしたかったのだろう。

 どう考えても友人の触れ合いではないが、まだ凪は気付かないらしい。

 いくらでも待つつもりなので全く構わないものの、こんな所をクラスメイトに見られれば、余計な事を言われてしまう。

 図書室で良かったと胸を撫で下ろし、予鈴が鳴るまで凪の手を堪能するのだった。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 教室で食べましょう。そうだね、寒いもんね。もう十二月も後半ですが。ちょっと遅すぎる気がしなくもない、というか遅いだろ。でも海斗からの提案なのは意外。視線が多くて見世物になってしまうのに。ま…
[良い点] 心の赴くままに行動してる凪ちゃんかわゆす [一言] なるほど、外堀埋めはだいぶすんでますねぇ。 教室で…食べるなら美桜ちゃんもくるかと思ったけど静観でしたか。まぁそんな状況になれば男子が死…
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