第63話 他人から見た海斗と凪
授業が終わる頃にはクッキーが焼き上がった。
海斗達のグループ以外だとクッキーが固すぎたり逆に柔らかすぎたりと、上手くいかなかったグループもあるらしい。
そんな中、海斗と同じグループのクラスメイトが、クッキーを食べて顔を綻ばせている。
「おぉ、サクサクだ!」
「これ、店に売ってるような出来だよな」
「美味しい! 流石天音だね!」
「俺は俺の役割を果たしただけで、別に大した事はしてないぞ」
褒められるのは嬉しいが、絶賛される程の事はしていない。
むしろ褒められるべきなのは、真剣に作った皆だろう。
「美味しいと思ったのなら、それは皆が頑張ったからだな」
「え、えへへ。そう言われると、悪い気はしないねぇ」
「いやぁ、天音と一緒に調理実習が出来て良かったよ」
「俺の方こそ、ありがとうだ」
凪と仲良くなっている事もあり、海斗はクラスで浮いている。
それで困っている訳ではないが、普通に接してくれるだけでも嬉しいのだ。
ありったけの感謝を示せば、同じグループの女子が嬉しそうに笑う。
「そんなに畏まらなくていいって。西園寺先輩と仲良くね」
「そうそう。困った事があったら美桜だけじゃなくて、遠慮なく私達にも相談してね」
「……ありがとな」
「私を仲間外れにしないでよー」
十二月にもなってクラスメイトとの仲が深まった事に感動していると、美桜が苦言を呈した。
彼女達がけらけらと笑い「寂しいの?」と美桜を揶揄う。
すると美桜が僅かに頬を染め、唇を尖らせた。
「違いますー! 勝手な事言わない!」
「図星なくせにー」
「ああもう、違うったら!」
怒ってはいるが、それでもクラスメイトとじゃれあう美桜に微笑みを落とす。
普段から割とストレスを溜めがちな美桜だが、気の置けない友人が居てくれて良かった。
安堵に胸を撫で下ろせば、一緒のグループになった男子二人が海斗へ笑顔を向ける。
「ありがとな、天音。いい経験させてもらったよ」
「だな。周りの視線は凄かったけど、一ノ瀬と一緒に調理実習出来たんだ。絶対に有り得ないと思ってた経験だったよ」
「それは俺の力じゃないんだけど……。まあ、そう言うなら」
言い方を悪くすれば、彼等が美桜と調理実習出来たのは海斗のついででしかない。
なので、彼等は海斗の言い訳に巻き込まれた形だ。
それを分かっていながらも海斗に感謝したのなら、受け取るしかなくなる。
とはいえ、海斗も男子の嫉妬の視線で疲れているのだが。
「にしても、ずっと羨ましそうに見られるのは疲れるな」
「普段から西園寺先輩と一緒にいる天音がそれを言うかぁ?」
「そうだそうだ。ぶっちゃけ、天音は俺らと同じ人種だと思ってたんだぞ。それがいきなり遠い世界の人間になったんだからなぁ……」
「あれは偶然からであって、俺が変わった訳じゃないって」
元々、あぶれた人達でグループを作ったりで、彼等とはそれなりに触れ合う事があった。
そして今回の調理実習を通し、少しだけ仲を深められた気がする。
だからこそ正直に肩を竦めながら答えれば、彼らが呆れた風に溜息をついた。
「偶然でも、男子にとっては羨ましい立場なんだよ」
「その分、苦労もしてると思うけどな」
「それは否定しない」
凪とは周囲に言えない関係ではあるが、美桜とはあくまで友人なのだ。
変な詮索をされたり、勝手にやっかまれるのは迷惑でしかない。
そもそも、当人達の仲を他の人にとやかく言われる筋合いもないのだが。
大変だと苦笑を零せば、同情するような微笑を向けられる。
「まあ、辛くなったら偶には昼飯でも一緒に食べようぜ」
「じゃあ俺も。折角なんだから、もうちょっと話してもいいだろ」
「ありが――」
「ダメ。海斗は私とお昼ご飯を食べるから」
「「「は?」」」
昼食を一緒に摂れる男の友人が出来たのだと、感動に胸を震わせながらお礼を言おうとすれば、平坦でありつつも僅かに拗ねの混じった声がすぐ傍から聞こえてきた。
驚きに男三人が呆けた声を上げ、海斗の後ろへ視線を向ける。
すると、小柄な先輩がじとりと物申したげな目で新しい友人達を見つめていた。
「……えっと、凪さん? ここは家庭科室なんですが?」
「知ってるし、四限目が調理実習だってのも聞いてた。だから外で待ってたけど、我慢出来なかった」
どうやら凪は海斗に会いに来たらしいが、流石に入っては駄目だと自制していたのだろう。
しかし海斗が別の人と昼食を摂ると聞いて、居ても立っても居られなくなったらしい。
周囲を見れば、突然の凪の襲来にクラスメイトがざわめいていた。
「わ、分かりました。取り敢えず、教室に戻りましょうか」
「ん」
こんな中で話をする訳にもいかず、凪と共に教室へ向かおうとする。
すると、先程までじゃれあっていた美桜達が近付いてきた。
「なら私達も行こうかな。凪ちゃん先輩、いいですか?」
「おっけー。というか、私が割り込んで来ただけだから、許可なんて要らない。むしろごめん」
「謝らなくていいですよ!」
「そうですよ! というか西園寺先輩と一緒に居られるなんて感激してます!」
「そ、そうなんだ……」
有名人という自覚は一応あるらしいが、それでも凪は困惑を浮かべて海斗達と一緒に歩き出す。
友人達は凪に僅かな敵意を向けられた事で顔を青くしていたが、今の凪の様子なら本気で怒ってはいない。
大丈夫だと目で伝えれば、彼らがホッと胸を撫で下ろした。
しかし凪に再び見つめられた事で、緊張に体を固くする。
「それで、海斗は私とお昼ご飯を食べるの。だから、ダメ」
「わ、分かりました」
「了解です!」
「ん。ならよし」
彼らをあっという間に納得させ、満足そうな笑みを凪が零す。
そのまま海斗へと視線を向けたが、何かに気付いたのか「あ」という声を漏らして形の良い眉を下げた。
「どうしたんですか?」
「……ごめんなさい。勝手に海斗のお昼を決めちゃった」
「ああ、そういう事ですか」
普段の凪ならば、海斗の意見を無視する事はない。
しかし、海斗が取られると思って我慢出来なかったのだろう。
明確な独占欲に、どうしようもなく胸が温かくなる。
美桜や他の女子はというと、凪の独占欲に生温かい笑みを零し、男子二人は凪のしゅんとした態度に目を瞬かせた。
凪は海斗のクラスの男子に恐れられている節があるが、これで少しはイメージが変わるかもしれない。
「大丈夫ですよ。凪さんを放っておくなんて、そんな事しませんから」
「あり、がとう。……やっぱり、行きたいなら行ってもいいからね」
「了解です。でも、一番に優先するのが凪さんなのは変わりませんよ。俺の方こそ、ありがとうございます」
さっきはああいう風に言ったが、海斗が別の人と昼食を摂るなら構わないと、いつも通りの優しさに頬が緩む。
凪のいじらしさに頭を撫でて励ましたくなったが、流石に今の状況では出来ない。
代わりに、ポケットから先程出来たばかりのものを取り出す。
「そんな優しい凪さんにお礼です。どうぞ」
「これ、さっき作ったクッキー? いいの?」
「はい。俺だけじゃなくて、皆で作った自信作です。……ぶっちゃけ元々凪さんに渡すつもりでしたから、遠慮なく食べてください」
「分かった。ありがとう、海斗」
少々気恥ずかしいが正直に告げれば、凪が柔らかく唇をたわませた。
海斗以外には絶対に見せない笑顔に、周囲のクラスメイトが固まる。
そんな周囲を放り出し、凪が早速袋からクッキーを取り出した。
すぐに食べるかと思ったが、なぜかそれを海斗に差し出してくる。
「はい」
「……えっと?」
「折角だから、一緒に食べたいなって。それに、私はもらいっぱなしだから。……ダメ?」
「そんな事ありませんよ。じゃあいただきますね」
おそらくだが、凪は以前のような関係に戻り、その上で彼女から何も海斗に出来ないのを気にしているのだろう。
不安そうに顔を曇らせて小首を傾げた凪の可愛らしさに、男子が呆然とした表情で見惚れ、女子が満面の笑みを見せた。
魅力的な表情が海斗にだけ向けられているという状況に、醜い優越感が沸き上がる。
表に出すのは最低なので心の奥底に押し込め、凪の真っ白で細い指からクッキーを受け取った。
凪と一緒に口に含めば、さくりと丁度いい固さのクッキーが素晴らしい食感をもたらす。
「うん。やっぱり大成功だな」
「おいしい! 流石海斗!」
子供のように目を輝かせる凪の純粋な感想に、クラスメイト達が再び笑顔を浮かべた。
特に男子二人は間接的に褒められて、ひっそりとガッツポーズをしている。
だからこそ、凪の言葉は訂正したい。
「俺だけじゃありませんって。ここに居る皆のお陰ですよ」
「そうかもしれないけど、海斗がくれなかったら食べられなかった。だから、改めてありがとう」
「……そうですか」
相変わらずのストレートな感謝の言葉は心臓に悪い。
羞恥に頬が炙られ、凪から視線を逸らす。
普段から似たような事をしているので凪は特に反応せず、二つ目のクッキーを食べ始めた。
ご機嫌な笑顔でクッキーを食べる姿は、写真に撮りたいくらいに愛らしい。
「……もしかして、天音達っていつもこんな会話してるのか?」
「付き合ってない、んだよな?」
「天音って西園寺先輩にだだ甘なんだねぇ」
「というか、西園寺先輩のイメージが変わったよ」
クラスメイト達の小さな会話が耳に届き、視線だけで様子を窺う。
全員が生暖かい笑みを浮かべる中、美桜が「やりすぎ」と言いたげに呆れた風な微笑を浮かべるのだった。




