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第36話 支え合う為に

「えっと、取り敢えず片付けは終わりました」

「じゃあついて来て」


 片付けを終えて凪の元へ行くと、彼女がソファから立ち上がって自室へと向かう。

 肩で風を切る姿から察するに、まだ怒りは収まっていないらしい。

 言う通りにした方が良いと、頭の中に響く警鐘けいしょうに従って部屋に入った。

 リビングよりも桃のような甘い匂いが強く香り、こんな状況でも心臓が僅かに跳ねる。


「凪さんの部屋で何をするんですか?」

「その前に、ここに上がって」


 心臓の鼓動を抑えながら尋ねれば、ベッドに上がった凪がすぐ傍を叩いた。

 彼女の布団には掃除の際に触れているものの、上がるのには抵抗がある。

 何とか止めさせられないかと、引きった笑みを向けた。


「わざわざ上がる理由がないと思うんですが」

「駄目。そうじゃないと海斗の顔が見えない」

「なら俺は床でもいいですから」

「それも駄目。しっかり目線の高さを合わせるべき」


 凪と海斗では背の高さが違うので、向き合っても目の高さは同じにならないはずだ。

 とはいえ、ここでそんな屁理屈を捏ねる勇気など海斗にはないし、彼女が言いたい事も何となく察せられる。

 これは仕方のない事だと自らに言い聞かせ、髪をがしがしと掻いた。


「分かりました。それじゃあ上がらせてもらいますね」

「ん」


 短い承諾の言葉を聞き、凪のベッドへと上がる。

 掃除の際に気付いていたが、かなり良い物を使っているらしい。

 二人分の体重を、ベッドはしっかりと受け入れた。


「さて海斗。さっきも聞いたけど、私がどうして怒ってるのか分かる?」

「……すみません」


 晩飯を片付けている最中にもう一度考えはしたが、全く分からなかった。

 素直に謝罪すれば、盛大な溜息が耳に届く。


「海斗が自分をないがしろにしてるから、だよ」

「それ、は……」

「理由を話してとは言わない。私にだって誰にも話せない事はあるから」


 友達だとしても、凪の過去を多少なりとも知っている海斗であっても、話せない事はある。

 凪自身がそれを理解しているからこそ、無理に踏み込むつもりはない。

 そんな彼女の心遣いが沁み、思わず顔をうつむけた。


「それに、私が海斗にお説教なんて出来る立場じゃないのも分かってる」


 凪とて自らを卑下しているのだから、強く言えないのだろう。

 端正な顔は、気まずそうな苦笑に彩られている。

 しかし凪は一度言葉を切り、ゾッとする程に真剣な声で「でも」と発した。


「海斗が私を励ましてくれた時の気持ちが分かった気がする。海斗が自分を傷付けると、胸が苦しくなったの」


 凪が雪のように白い手を重ね、胸元へと持って行く。

 そこが痛いのだと、この痛みを放ってはおけないのだと示すように。

 どうやら、美桜との約束は一日も経たずに破ってしまったらしい。


「だから今度は私の番。自分を馬鹿にしたり、卑下するのは駄目。それだけは許せない」

「そう、言われても……」

「私を支えてくれる海斗は、空っぽなんかじゃない。家事も、料理も、気遣いも、全部海斗の力だよ。絶対に借り物なんかじゃないよ」

「……っ」


 海斗を包み込むような、慈愛に満ちた真っ直ぐな声が心を揺さぶる。

 込み上げる感情を表に出したくなくて、ぐっと奥歯を噛んで堪えた。

 そうしなければ、全て話してしまいそうだったから。

 凪はというと、言葉を発さない海斗へ優しい微笑みを向けている。


「こうやって私が言っても、あんまり海斗には届かないと思う。私も、そう簡単に自分を受け入れられないから」

「そんな事は、無い、ですよ。ありがとう、ございます」


 凪がここまで励ましてくれているのだ。これで自信が付かなければ、彼女に申し訳が立たなくなる。

 けれど海斗は凪と清二、そして美桜以外の誰にも認められない自分が、どうしても受け入れられない。

 せめて強がってみせようと、嘘だと分かっていながらも口先だけは感謝を伝えた。

 しかし、凪には見抜かれてしまったらしい。くすりと小さく笑んだ彼女は優し気に目を細める。


「無理しないでいいよ――って言っても、多分海斗は無理をする。だから、もし弱気になったら私に話して」

「いいん、ですか?」


 自分の事は自分で解決すべきであり、他人に頼ってはいけない。

 海斗に根付いたそんな思考は、凪の言葉にあっさりと揺れてしまった。

 勝手に言葉が口から出てしまったが、凪は大きく頷いて肯定してくれる。


「勿論。こういう時くらいお姉さんを頼るべき」

「……お姉さん、ですか」


 凪の駄目な所を散々見て来たのだ。ここで先輩風を吹かせても、全く威厳がない。

 苦笑を落とせば、凪が僅かに頬を膨らませた。


「海斗からしたらそう思えないかもしれないけど、こういう時は素直に受け取って欲しい」

「分かってますよ。…………ありがとうございます、凪さん」


 先輩風を吹かせ、海斗に茶化される事すら計算していたのか、凪はあまり怒っていないようだ。

 そのお陰で、海斗の胸を占めていた黒い感情は消えてなくなっている。

 こればかりは適当で済ませられないと、深く頭を下げた。


「感謝される事じゃない。私が言いたかっただけ」

「そうかもしれませんが、俺は凄く救われました。何か俺に出来る事はありますか?」


 凪は淡々と答えたが、何もしないのは気が済まない。

 大した事は言われないだろうと思いつつ提案すれば、凪が顎に手を当てて考え始める。


「うーん……。なら、海斗にとってある意味最悪なお願いがある」

「最悪、とまで言われるとちょっと怖いですが、その内容は?」


 凪がそこまで言うのだから、相当海斗に都合の悪い事だろう。

 背筋が寒くなるものの、一度言った言葉を取り消すのは不可能だ。

 せめて詳細を教えて欲しいと懇願すると、凪が楽し気に頬を緩めた。


「海斗と学校でももっと仲良くしたい」

「それは図書室だけじゃなくて、別の所でも関わるって事ですか?」

「そう。具体的には海斗にお弁当を作ってもらって、それを私が取りに行く」

「…………ちょっと待って下さい」


 これまでの凪からは考えられない提案に、海斗の頭が痛みを訴える。

 何かを決めた際に説明を省きがちなのは分かっていたが、今回も海斗は凪の思考について行けなかった。

 こめかみを抑えながら、おそるおそる口を開く。


「何がどうなって俺が凪さんの弁当を作る事になったんですか?」

「理由の一つ目は、私が美味しいお昼ご飯を食べられる。大丈夫、食費はちゃんと出すから」

「いやまあ凪さんらしい理由ですし、食費は有難いんですけど、他には?」

「二つ目は、海斗に自分の力を知って欲しいから」

「は、はぁ……」


 凪の言葉をいまいち理解出来ず、呆けたような声が出た。

 流石に今の状況で何も出来ない人間だと自分をこき下ろすつもりはないのだが、彼女は納得していないらしい。

 子供に言い聞かせるように優しく「あのね」と口にする姿は、申し訳ないが久しぶりに年上だと思えた。


「私は他人との会話が得意じゃなくて、皆が楽しんでる事を楽しめなくて、学校で一人だった。そんな私でも良いって言ってくれたのは海斗だよね?」

「そうですね。凪さんはそのままでも話しやすいですし、周囲に合わせる必要はありませんよ」


 凪が以前打ち明けてくれた本音を、笑みを浮かべて再び受け入れる。

 すると、白磁の頬が淡く色づいた。


「……海斗がそう言ってくれるから、私はちょっとだけ前を向く事が出来たの。だから、今度は私が海斗の力になる番」

「それが昼飯を作る事に繋がってるんですか?」

「うん。私は美桜と同じくらい人気……らしいから、海斗からお弁当を受け取ると周りにあれこれ言われると思う。でも、何があっても私は海斗から離れない。それくらい大切だって実際に証明する」


 凪の周囲が騒がしくなろうとも、海斗と一緒に居る。

 海斗が空っぽだと卑下した自らの価値は、彼女にとってこれまでの生活を変えても構わない程に大切な物のようだ。

 少々変な形ではあるが、凪なりに精一杯考えたのだろう。口先だけではなく行動で示そうとする姿が眩しくて目を細める。

 すると自信満々に発言していた凪が、突然しゅんと肩を落とした。


「……私は何を言われても良いし、海斗を馬鹿にする人が居るなら怒るつもり。周囲から浮くのも、どうせ一人だったから大丈夫。でも、私の事情で海斗を振り回したくない」


 美桜と海斗が学校でも仲良くなった場合を予想した時と同じように、凪の周囲だけが騒がしくなる訳ではない。

 しかも今回は普通に仲良くなるのではなく、いきなり弁当を渡すのだ。間違いなく邪推されるし、海斗に悪意が降り掛かるだろう。

 それを凪も分かっているからこそ、海斗の顔色をうかがってくれている。


「だから、海斗が嫌ならしない。……どう?」


 無理強いするつもりはないと、アイスブルーの瞳が労りの色を帯びた。

 これからの学校生活がかっているのだから、簡単に答えられはしない。

 大きく息を吸い込み、思考を回転させる。

 答えは自分でも驚く程にあっさりと決まった。


(凪さんの気持ちと、何も面白くなかった学校生活。そんなの、どっちを選ぶかなんて決まってるよな) 


 ここまでされて怖気づくのは、ただの意気地なしだ。

 もしここで逃げてしまえば、海斗は本当に空っぽになってしまうだろう。

 例え、凪が気にしないと言ってもだ。

 これからの学校生活を思って震える指を、ぐっと握り込む。


「分かりました。腕にりを掛けて作りますね」

「いい、の?」

「凪さんが言った事なのに、驚いてどうするんですか。でも、俺から条件があります」

「何でも言って」


 目を瞬かせたと思えば、すぐに真剣な顔になる凪にくすりと笑みを落とした。

 とはいえ危険な発言をされたので、呆れを混ぜているのだが。

 信頼を裏切る訳にはいかないと、欲望に従いそうになる気持ちを抑え込む。


「俺以外の人もきちんと見てあげてください。凪さんに近付く人全てが敵じゃないはずですから」


 海斗を優先してくれるのは嬉しい。しかし、凪に友人が出来る可能性を棒に振ってまで一緒に居て欲しいとも思わないのだ。

 ただ、凪の中で海斗の優先順位があまりにも高いらしく、眉を顰めながら首を傾げられる。


「分かった。けど、そんな人は美桜以外居ないと思う」

「今はそれでいいですよ」


 海斗以外の人と接していくうちに、きっと凪と気の合う人が美桜以外にも出来るだろう。

 いつかそうなったらいいなと思いつつ、明日からの学校生活がどうなるのかと僅かに不安を覚えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 説教してるようで実はイチャイチャしてたのいいですね! [一言] ついに学校でも凪ちゃんが動く! この猛攻にさすがのおかんもたじたじだぁ!!
[良い点] 肩で風を切る凪。お、怒ってらっしゃる……。怒ってるんだけど、まずは別角度から海斗の精神を削っていく凪。凪を意識してしまってお説教前に海斗のライフがガンガン減っていってる。真面目に説教する雰…
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