第37話 大きく変わる高校生活
美桜と凪にデザートを作った次の日。四限目を終えたばかりの海斗は、心臓の鼓動を早めていた。
昼休みとなってクラスメイトが教室を出て行く中、胸に手を当てて肩を落とす。
「はぁ……。緊張する」
今日から凪が海斗のクラスに来て、弁当を一緒に食べる。
勿論、彼女との約束に後悔はなく、海斗の価値を証明してくれるのは嬉しい。
しかし、間もなく海斗の学校生活が大きく変わると考えるだけで溜息が出てしまった。
「天音ー。何か体調悪そうだったけど、大丈夫?」
どうやら授業中から海斗は様子が変だったらしく、美桜が気に掛けてくれる。
昨日の凪との話し合い後は全く余裕がなかったし、美桜への連絡手段がなかったが、少しくらい伝えておくべきだったのかもしれない。
折角なので、凪が来るまでにそれとなく伝えておく。
「大丈夫だよ。一緒に弁当を食べる友達を待ってるだけだから」
「友達。……それ、ホントに?」
美桜が澄んだ茶色の瞳をぱちくりとさせる。
反応と言葉だけを見れば、海斗を馬鹿にしているようにも思えるだろう。
しかし、美桜の驚きようは海斗の言葉の裏に込めたものをしっかりと読み取ったからだ。
親友である少女へと、間違いではないと頷きを返す。
「ああ。高校でも俺と一緒に居てくれるってさ」
「……………………そっか」
短く応えた美桜が、優しく目を細めた。
普段なら明るい笑み浮かべている顔は、哀愁のようなものに彩られている。
その感情の意味を知ろうとする前に、美桜がくるりと背を向けた。
「なら頑張ってね。応援してる」
「ありがとう、一ノ瀬。もしかしたら一緒に食べれるかもしれないけど、どうする?」
凪と外でも仲良くするのに、美桜とはこれまで通りというのもおかしな話だ。美桜とて海斗の大切な友人なのだから。
それに美桜が凪の知り合いだと言えば、海斗とも公の場でも友人で居られる。
こんな事を大声で言う訳にもいかないので、少し声を下げて伝えると、今度も理解してくれたらしい。
ちらりとこちらを振り返った彼女は、小さな笑みを浮かべた。
「暫くはいいよ。多分、天音達は大変だと思うし」
「そうか。気にしてくれてありがとな」
「いいっていいって。んじゃ頑張ってねー」
ひらひらと手を振って女子グループの中に戻る美桜。
その後姿に届かないと知っても内心で謝罪すると、廊下がざわりと騒がしくなった。
二年生が一年生の廊下に居るだけでも変なのに、その人物が学校でも有名人となれば、ざわめきが起こって当然だろう。
どくどくと心臓の鼓動が高鳴る中、ついに教室の扉から銀色の髪が見えた。
「海斗、いる?」
「「「は?」」」
突然現れて人の名前を呼んだ凪に、教室に残っていたクラスメイト達が呆けたような声を上げた。
周囲を見渡す凪だが、壁際に居る海斗を見つけられなかったのだろう。
あるいは単に近かったからか、偶々傍でグループを作っていた美桜へと声を掛ける。
「美桜。海斗はどこ?」
「ああ、それならあっちに――」
「え!? 美桜って西園寺先輩と知り合いだったの!?」
「マジ!? それならそうと早く言ってよ!」
いる、と美桜が答えようとしたが、周囲の女子の声に掻き消されてしまった。
学校でも特に有名人な二人が知り合いだったのだ。盛り上がるのも無理はない。
一度彼女達を落ち着かせなければならないと判断したようで、美桜が説明をし始める。
「いやぁ、ちょっと話す機会があってね。そうですよね、西園寺先輩?」
「まあ、そうだけど。何でその呼び方なの? 前みたいに呼べばいいのに」
流石に昨日の詳細を話すつもりはないらしく、凪は首肯するだけだった。
しかし呼び方を変えた事や、微妙に距離のある態度に疑問を覚えたらしい。
こてんと首を傾げて尋ねると、美桜が気まずそうに頬を掻く。
「いいんですか?」
「美桜ならいい。……大変、だね」
頭の回転が速い凪は、美桜の態度が変化した理由を察したのだろう。
小さな呟きは何と言っているか聞こえなかったが、何となく予想は出来た。
そして遠慮するなと言われたからか、美桜が普段海斗に見せる壁の無い笑みを凪に向ける。
「ありがとうございます、凪ちゃん先輩!」
「えー! そんな呼び方してるの!?」
「いいないいなぁ!」
流石に美桜と同じ呼び方をする勇者はいないようで、周囲が美桜を羨んでいた。
ただ、いい加減に話を進めたいようで、アイスブルーの瞳がすうっと細まる。
「それで、海斗はどこ?」
「天音はですねぇ……。あっちで気配を消してますよ」
にやりと意地悪気に笑んだ美桜が、窓際の海斗を指差した。
女子グループに突っ込む勇気はなかったので気配を消していたのだが、裏目に出たらしい。
凪の目的が美桜ではない事、そして男子生徒を指差した事から、再び女子達が騒ぎ出す。
「天音? ……そう言えば、そんな男子が居たっけ」
「あれ? 西園寺先輩、名前で呼ばなかった?」
「嘘!? もしかして西園寺先輩の用事って天音だったの!?」
どよめく女子達に事態を静観していた男子達、それら全ての視線が海斗へと向けられた。
今まで一度もこんな大量の視線を受けた事がなく、キリキリと胃が痛くなる。
逃げそうになる足を気合で固定していると、ざわめきの中を突っ切って凪が傍に来た。
教室に来た瞬間に迎えに行かなかったからか、小さな唇が僅かに尖っている。
「何で知らんぷりしてたの?」
「いや、何となく、ですね……」
「まあいいや。それで、忘れてないよね?」
凪は怒りたくはあったようだが、海斗の心境を気遣って踏み込まないでくれた。
早く出せという催促に、深呼吸をして鞄に手を伸ばす。
その中から、ピンク色の布に包まれた箱を取り出した。
「どうぞ。西園――凪さんのお弁当です」
最初から名前呼びは飛ばし過ぎかと思ったが、アイスブルーの瞳が剣吞な光を帯びたので咄嗟に変えた。
美桜の時とは違って凪に全く遠慮がなかったので、あのまま呼んでいたら何が起きたか分からない。
凪を名前呼びにした事、明らかに手作りの弁当を手渡した事で、教室が揺れた。
「おい、あいつ今西園寺先輩を名前呼びしたぞ」
「というか弁当を渡すって明らかにおかしいだろ」
「あんな地味な奴が、何で西園寺先輩に弁当を渡してるんだ?」
「名前呼びに弁当、となれば、簡単に予想出来ちゃうよねぇ」
「あの二人が!? うわぁ、正直意外なんだけどー!」
事前に覚悟していたが、やはりそれなりの数の悪感情を込められた言葉が放たれている。
当然のように邪推されているものの、海斗とて逆の立場ならそう思うので無理はない。
とはいえ、早速の大騒動に重い溜息を吐き出すのだった。




