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第10話 少し変化した生活

 凪の晩飯を作り始めて約二週間。それほどの時間が経っても、海斗は未だに晩飯を届けに行くだけだった。

 とはいえ、たった二週間で家の片付けを出来る程の信頼を築けるとは思っていない。

 清二も同じ考えのようで、今のところ特に何も言われてはいなかった。

 また、昼休みの図書室で彼女と会うのも変わらないが、相変わらず特に会話はしていない。


「どうも」

「ん」


 最低限の挨拶だけを交わして席に座る。

 それは凪の晩飯を作る前と全く変わっておらず、彼女はまるでそんな決まりなど存在しないかのような簡素な態度だ。

 また、凪と接点が増えたとはいえ、海斗も馴れ馴れしく話し掛けてはいない。

 プライベートを知ったから踏み込めると判断するのは、彼女に失礼だと思っての判断だ。

 結果として、今日もまともな会話をする事なく昼休みが過ぎた。

 そして放課後になり、海斗は凪の晩飯を作る時間までバイトにいそしんでいる。

 今日は溜まったものを吐き出したいのか、美桜が来ていた。


「最近調子良さそうだけど、何かあったの?」


 散々愚痴を言って満足したようで、海斗の話へと切り替わる。

 自分ではそんなに調子が良いとは思わなかったが、理由を探すとすぐに思い当たった。


「バイトを結構早く上がるようにしたお陰で、たっぷり寝れるようになったんだよ」


 凪の晩飯を喫茶店で作って良いと言われてから、十九時くらいまで喫茶店でバイトするのが当たり前になっている。

 それだけでなく、凪に料理を渡す時点で海斗のバイトは終わりだ。

 結果として、これまでよりもかなり早い時間に家へ帰っている。

 偶に喫茶店に引き返してバイトを続ける時こそあるが、基本的には帰って勉強の時間にてていた。

 早く勉強を終える事で睡眠時間も確保出来ているのだが、調子が良いのはそのお陰だろう。

 凪のお世話をしている事に関しては、部外者の美桜に話すつもりはない。


「そうなんだ。バイトに生きてた天音がどんな風の吹き回し?」

「元々、清二さんには遅くまでバイトしなくていいって言われてたんだよ。それがついに駄目になっただけだ」


 お金欲しさに遅くまでバイトをさせてもらっているだけで、清二は前々からあまり納得していなかった。

 それでも許可してくれたのは、海斗の家庭事情を話したからだ。

 実際、早くバイトを上がるようになった事で「これで海斗くんもバイトに明け暮れなくて済む」と喜んでいる。

 海斗としても、これまでと同じバイト代が出るのならと、特に何も言わなかった。

 偶に引き返してバイトを続けるのは、癖のようなものでしかない。

 肩を竦めながら言うと、美桜がけらけらと笑う。


「そりゃあそうだよ。天音は頑張りすぎだって」

「別にそこまで頑張ってるつもりはないんだよなぁ。ぼっちが早く帰った所で遊ぶ相手が居ないってのもあるし」

「それでもマスターは天音の事を心配して言ってくれてたんだって。ねえマスター?」

「そうですね。海斗くんには学生らしい生活をして欲しいとずっと思ってたんですよ」


 今日は美桜しか店に居ないからか、清二も会話に入ってきた。

 やはりというか凪の事を話すつもりはないようで、店員としての口調をしつつも、海斗の嘘に乗ってくれている。

 目だけでお礼を言い、苦笑を浮かべた。


「心配してくれるのは嬉しいですけど、こうしてバイトをしてる方が気が楽です」

「ホント天音は枯れてるよねぇ」

「枯れてる言うな。こちとら健全な男子高校生だっての」

「健全な男子高校生なら、美少女の私と遊びたいと思うんだけど?」


 ふふん、と美桜が鼻高々に胸を張ったせいで、大きめの母性の塊が主張されてしまう。

 自信過剰とも言える発言だが間違ってはいないし、そんな仕草も様になっていた。

 流石にジッと見つめるのはマナー違反なので、目を逸らしてこれ見よがしに溜息をつく。

 清二はというと美桜以外に客が居ないからか、生暖かい笑みを浮かべながら奥に引っ込んでいった。


「自分でそう言うやつは性格が悪いって決まってるんだよ。絶対に嫌だ」

「ちゃんと言う相手は選んでるっての。誰にだって言ってる訳じゃないよ」

「……そうか」

「あ、ドキッとした? ドキッとしたでしょ!?」

「うっぜぇ……」


 美少女からの特別扱いに心を乱されない人はそう居ないだろう。

 美桜の性格をよく分かっている海斗ですら、彼女の発言に動揺してしまった。

 とはいえ、その後に美桜が悪い笑みを浮かべて海斗を揶揄からかってきたので、一瞬で思考が冷えたのだが。

 思いきり悪態をついたが、彼女はどこ吹く風だ。


「美少女に揶揄からかわれるのは本望じゃない?」

「生憎と、掌の上で転がされて喜ぶような趣味は持ってない」

「残念。天音がそういう趣味なら喜んでするからね」


 少しも残念と思っていない微笑を浮かべて、美桜が注文していたカフェオレをすする。

 一息ついた後の美桜の表情は、先程と違って申し訳なさを滲ませていた。


「……まあ、天音に迷惑を掛けたくないから遊ばないけど」

「そうしてくれ。俺の顔は一ノ瀬と違って普通なんだ。一緒に遊んでたら間違いなく変な目で見られる」


 海斗の容姿は良くも悪くも普通だ。卑下はしないが、かといって自慢も出来ない。

 当然ながらどう考えても美桜と釣り合っていないので、何かの間違いで彼氏と勘違いされたら大事になってしまう。それも、間違いなく悪い方向で。

 海斗が馬鹿にされるのは鬱陶うっとうしいと思うし不機嫌になるだろうが、我慢すればいいだけだ。

 しかし、海斗の友人になってくれている美桜に迷惑が掛かるのだけは耐えられない。

 そんな海斗の内心を理解して一線を引いてくれた彼女の優しさへのお返しに、気に病む必要はないのだと柔らかく笑んだ。


「だから、こうして美少女の愚痴を聞けるだけ俺は恵まれてるよ」

「……っ、そうね。こんな美少女の相手が出来るなんて、光栄に思いなさい!」


 偶々人気の無い場所で愚痴を呟く美桜と出会い、そして喫茶店で話す仲になったのだ。平凡な容姿の海斗には、それだけでも十分な幸せだろう。

 美桜が一瞬だけ辛そうに顔を歪ませたが、問い詰める前に普段通りの自信満々な笑顔を浮かべた。

 彼女が言わないと決めたのなら、海斗も気付かないフリをする。


「はいはい感謝感謝」

「適当過ぎる気がしまーす」

「じゃあ拝もうか?」

「それは気持ち悪いから却下で」


 軽口を叩き合い、湿っぽい空気を流す。

 この話題は終わりと示す為にか、美桜が手を叩いて乾いた音を響かせた。


「そう言えばもうすぐ文化祭だねぇ」

「ん? ああ、そう言えばそうだったな」


 海斗の通う高校は九月末に文化祭が行われる。

 あと僅かしか時間はないが、海斗も美桜も特に焦ってはいない。

 それどころか、海斗に至っては言われるまで頭の中から抜け落ちていた。

 

「展示だけで済ませるって、随分と楽だよね」

「一年生なんだし色んな所を見て文化祭の空気を楽しんで欲しい、だっけ。文化祭がどうでも良い人間にとってはホント有難いよ」


 喫茶店等の出し物をするクラスもあるようだが、海斗達のクラスは大掛かりなものをしない。

 それっぽい理由を担任の教師に言われはしたものの、単に面倒くさいだけではと邪推している。

 とはいえ喫茶店やお化け屋敷等をすると言われても嫌だったので、遠慮なく乗らせてもらった。

 美桜も同じ気持ちなのか、真剣な表情で頷く。


「だね。喫茶店で見世物になるかと思ってヒヤヒヤしてたよ。そういうの嫌だし」

「女子の一部はしたかったみたいだけど、多数決で負けちゃあしょうがないよな」

「あれはホントに困ったなぁ……。嫌だって言える空気じゃなかったからね」


 喫茶店の提案をしたのが美桜の周囲の人達だった事もあり、その中心である彼女は乗るしかなかった。

 しかし、いくら美桜が給仕してくれるのを売りにしたいとはいえ、巻き込まれる人が全員頷く訳がない。

 無難な出し物に決まってひっそりと胸を撫で下ろしていたが、同じ気持ちの人も多かったはずだ。

 美桜もげんなりとしているので、内心では相当嫌だったのだろう。


「代わりに色んな人と文化祭をまわる事になったんだろ? 頑張れよ」

「私を利用して男子と仲を深めようとする人がいるから、それもそれで問題なんだけど、まあ喫茶店よりかはマシかな」


 美桜には海斗以外にも仲の良い友人は居るはずだが、有名である以上はどうしても様々な人が集まってくる。

 どんな結果になっても苦労してしまう彼女に苦笑を零し、カフェオレのおかわりは必要かと尋ねるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 特に用があるわけじゃないけど、昼休みに図書室で二人だけの指定席。特別感はなくて、もはや一緒にいる時間が当たり前になってきてる感じ。相変わらず学校では猫系男子になってる。 あ、夏が終わるに…
[一言] むむ、今回も自己評価ぎ低く周りからはイケメン認定されてる系かしらん? 料理もできる隠れイケメン…さいきょーでは??
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