6話
それからセシリアはエヴォナと一緒に流行の最先端を追いかけて頑張ってみたものの、ヒューバートの心を射止めることはできず、時間だけが過ぎていった。
セシリアとしては毎回心配そうに見送ってくれる両親を早く安心させたいのだが、どうにもうまくいかない。
そればかりか会えば悪態ばかりつかれ、遅刻は当たり前になっていた。
ただ、ヒューバートとは仲良くなれなかったけれど、シックスとは良好な関係が築けていた。
王城でヒューバートと面会して上手くいかなかった日には、シックスはいつも美味しいお菓子を用意して励ましてくれた。
一緒に遊んだり、お茶をしたり、勉強をしたりという時間を共有することで、セシリアはシックスが勤勉でとても優しい男の子なのだと言うことを知った。
ヒューバートよりもシックスに会いに王城に通っているような状況であった。おかしな状況だとは思いながらも、国王陛下や王妃殿下から何かを言われることはなかった。
二人からはどちらと一緒に過ごしてもいいと言うような雰囲気すら感じて、不思議に思った。
王立の学園に入り、シックスは自分たちの学年の一つ下に入学した。
これまで以上にヒューバートともシックスとも会うこと機会が増えた。
だからこそセシリアは以前にも増して自分の身支度に時間をかけ、そしてエヴォナから聞いたヒューバートの好みに合わせていった。
お色気むんむんな、ちょっとバカで、化粧をしっかりとした身なりの女性。
鏡に映る自分はいつもの自分とは正反対であり、セシリアはそんな自分を水道の鏡で見つめてため息をついた。
学園で、バカなふりをすることが一番大変である。しかもエヴォナから聞いたヒューバートの好みというものは、どうにも不遜な印象な感じがした。
「ヒューバート殿下の好みはぁ、私にはよくわからないわぁ~」
バカなふりはこれでいいのだろうかと鏡に映る自分をセシリアはしばらく見つめ、その後に、小さくため息をついてから教室へと戻るために廊下を歩く。
エヴォナからの忠告によって日ごろからバカなしゃべり方を徹底している為、一人の時と、あとシックスと二人の時以外は、出来るだけバカな口調を心がけていた。
ふわりと、セシリアの香水の甘い香りが廊下へと広がった。
「貴方達、そこにいては邪魔ですわよぉ~。道を開けてくださいな~」
廊下で広がってしゃべっていた令息達にセシリアは注意をすると、令息達は慌てた様子で道を開けた。
「も、申し訳ございません」
「わかればよろしいのよぉ。これからは気を付けてくださいませねぇ」
柔らかな髪の毛を掻き上げ立ち去っていくその姿を見ていた令嬢達が小さな声で囁き合う。
「皆様ごらんになりまして?」
「えぇ。……実際に見ると、迫力がありますわね」
「本当に」
ささやき合う令嬢達は、セシリアの後姿を見つめた。
「悪役令嬢とはセシリア様に本当にぴったりの言葉ですわね」
「えぇ。まさに、ですわ」
そんな令嬢達の呟きをエヴォナは聞きつけると、にやりと笑みを浮かべた。
「そうよね。悪役令嬢……うふふ。まさに悪役令嬢って感じの風貌だもの。やっと、やっと私に風が吹いて来たわ!」
エヴォナはにやりと笑みを深めた。
「セシリア様に、悪役令嬢らしく演じていただきましょうかねぇ~」
そう呟いたエヴォナのたくらみは、この時は誰にも気づかれていない。
それからいつものようにセシリアの家へとエヴォナは遊びに向かった。十歳の時からセシリアの友人という立場を利用してエヴォナは上手く貴族社会でも立ち回っていた。
長いものには巻かれ、そして荒波など立てず、水面下でじっと貴族社会を生きてきた。
けれどそんな穏便な人生をエヴォナは求めていない。
誰にも自分を否定させない立場。
誰にも命令されない女性の頂点。
そこに立てたならばきっと見える景色は普通とは全く違うものになるだろう。
「誰かに指図されて生きていくのなんてまっぴらごめんよ」
セシリアという少女に出会った時、エヴォナは強くそう感じた。
公爵家という恵まれた環境に生まれたから、美しい容貌で生まれたから、ただそれだけの理由でセシリアはそれを手に入れた。
エヴォナにはそれがうらやましくてしょうがなかった。
そして、そんな運の良さなど自分が打ち砕いてやりたかった。
セシリアと仲良くなった時から、エヴォナはセシリアの立場を奪い取ることを目標とし、そしていずれ自分が女性の頂点に立ってやろうと言う野望を抱いていた。
その為には、友情など必要ない。
「さぁ、どうやって悪役令嬢に動いてもらおうかしらねぇ」
にやりと笑ったエヴォナは、これからのことを考え、笑いが止まらなかった。





