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三:バイオリンと音と、出会い

 求めていた音がすぐそこに! そう考えるだけで、人魚の気持ちは高鳴る。

 二時間しかない足を懸命に動かして、時々途切れかける音を追っていく。


 栗色の髪が揺れ、まとっただけのぼろきれが跳ねた。

 森の悪戯妖精たちは呆れているのか不思議に思っているのか、彼女に近付くことはない。いたずらしたところで彼女を喜ばせるだけだから。


 人魚の知識を総動員して、求めていた音は楽器の音だとわかっている。

 時々音が外れたり、ふいにメロディが途切れていた。誰かが何かを演奏している。


 鬱蒼とした林の中は肌寒い。が、走っていたおかげで寒さで凍えることはなかった。

 裸足にでこぼこ道は険しい。人魚の足はつくりものとはいえ、土を被ってところどころ赤く滲んでいる。

 だけれど彼女にとってそれはもうどうでもよいことだった。

 足の痛みや肌を刺す冷気よりも、もっと大事なことがあったのだから。



 だんだんと音が近くなっている。人魚は焦る気持ちを抑えて、走るスピードを少しずつ下げた。

 一段と真っ暗になった林の影に、人の目を避けているようにひっそりたたずむ一つの小さな家を見つけた。

 小さな窓からぼんやり灯りがうかがえる。人魚は今更忍び足でその家に近付くことにした。



 幸い、その家の住人は人魚に気づいていない。ぼろきれをたくし上げ、人魚はこっそりと窓から中をのぞいてみた。


 そこにいるのは、自分と同じ年程の青年だった。切れ長の目につんつんの髪。穏やかな表情で弾いているのはバイオリンだ。

 殺風景な部屋には椅子と机くらいしかない。

 人間が暮らしているとはとうてい思えないような質素さだった。


 よほど集中しているのか、人間は人魚に気づいていない。枝を踏み抜く音がしても気づいていない。


 顔に似合わず優雅なメロディを奏でている。人魚は少しの間聞き入った。

 追いかけていた音が、ここにある。見つけた喜びが大きく、胸が弾んできた。


(もう少し近くで聞きたい。近く。いいよね)

 ふいに、音が途切れた。しばし沈黙したあと、またすぐにバイオリンの音が流れ始める。


(こんなきれいな音を出す人のこと、もっと知りたい)


 最初は偶然聞いた音だった。たまに聞くたび、いつしか心の中を占めていった。

 音の主を知りたくなって、海の底に住まう魔女に頼んで、人間の足を貸してもらう日々が続いた。


 その音色を見つけても、人魚の興味と好奇心が消えることはなかった。

 それどころか、ますます人魚は音とその主に惹かれた。


 今度は、音の主に興味を抱いた。

 その興味は尽きない。


「ねえねえ!!」


 盛大に、窓を開いた。

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