四:人魚に地上の常識は通用しない
窓からの闖入者に、その人間は驚きを隠せなかった。かといって悲鳴を上げることもできなかった。
大切なバイオリンを床に落とさずすんだのは幸いだった。
驚愕にとっさの声も出せない人間をよそに、人魚はうんしょうんしょと窓に足を乗せる。
「ねえねえ、ちょっと待ってて、すぐ入るから。っていうかここ、入りにくいね」
「……いや、だってそこ入り口じゃねえし」
抜けた人魚の言葉に返すだけの余裕は取り戻したようだった。
「あ、そうだったの? でもあとちょっとで入れそうだし、せっかくだからこっから入るよ」
「なんで……!?」
「もうちょっとー、あとちょっとー……。って、あれ」
人間の足に不慣れな人魚はバランスを崩して前へぐらつく。足は窓の枠にひっかかったままで、下手をすれば顔からおちる。
暢気な声を出してばたばたと手を暴れさせている人魚を救ったのは、とっさに動いた人間だったのだ。
「あっぶね……!」
骨ばった腕が人魚を支えてくれた。人魚は体重を人間にそのまま預けている。
頼もしい腕につかまって、そっと人間をうかがった。ほっとした表情が見れた。
「えへ、ありがとう」
「べつに。……いや、それより何で窓から……」
「窓? あれは扉じゃないの?」
「どう見ても窓だろあれは。……ってそれよりも」
人間は人魚を立たせた。考えがまとまらないのか、眉間にしわを寄せて頭をがしがし掻く。
人魚は人間に温かい飲み物を受け取った。部屋の奥に置いてある椅子に座らされる。
向かい合うようにして人間が椅子に腰を下ろす。バイオリンはきれいなケースに仕舞われた。
「……で」
「うん?」
不機嫌そうな顔をした人間に悪びれもせず、人魚は笑って首をかしげる。
「どうしてこんなところまで来た? そもそもおまえは何者だ?」
「んっとねー、わたしは人魚だよ」
「……は?」
「だから人魚。むこうの海で暮らしてて、いつも水面から陸の方を眺めてて、」
「嘘つけ! どう見てもおまえの足は人間のソレだろ!」
「あ、これはね、魔女の薬で人間の足にしてもらってるんだー。時間切れになったら人魚に戻るよ」
「ああそうかい……」
人間は頭を抱える。その人間の苦悩にも人魚は気づかない。
「あのね! それでね、海の底にも響いてくるキレイな音を探しててね。地上から聞こえるきれいな音なんだけどさ。
それをずっとずっとずーっと探してたんだ。
今日、やっと見つけた」
「へえ……。で、どこにあるんだ、その音ってのは」
「キミだよ!!」
椅子を倒さん勢いで人魚が立ち上がった。




