エノーミさんはドS!?
オレは今日も日課の炊事、洗濯、掃除を終わらせてから魔力操作の練習に励んでいた。何も知らない人がこの光景だけを目にしたら何してるんだよこいつ、大丈夫か? などなど、ひそひそ話が聞こえてきそうである。
現在オレは机の上に置いてある箱の中身を見ずに中のものを組み立てる作業をしている。ブロック片(地球的に言えば積み木)が入った箱の中で魔力だけを使って組み立てるのである。箱を介して自身の魔力を行使する。おそらく中には積み木の城が完成されているはずである。形や綺麗さは……まあ今後に期待ということで。しかし自分でもよくここまでできるようになったものであると感慨深いものがある。
もうこの世界に来てから3カ月が経過していた。早いものである。エノーミさんに魔法、いや実は厳密に言うと呼び方が違うのだが、めんどくさいので魔法と言う事にする。気がつけば、学び始めることになってからもう約100日。あっという間だった。いや、違うか。あっという間だったというより、こういったほうがいいか。言い方には語弊があるかもしれないが、あっという間にならざるを得なかったというべきか。偶然の結果ではなく、必然の現象。つまり他のことを考えている暇がなかった。何せ死ぬほど辛かったから…。
オレはまず初めに言語の習得をすることになった。開始初日。すぐさまオレが文字を読めないと発覚すると、ニシシと不敵な笑みを浮かべたエノーミさんによるスパルタ言語習得塾が始まった。何をするにもまず、読み書きができないと不便になるので、それはもうきっちりとやらされた。約束通り家事・雑用・その他のことはオレが受け持っていたため、それ以外の時間は睡眠時間を除いてひたすらに机に向かって勉強をしていた。大学受験という名の人生の登竜門を経験している身としては一日中勉強していることは、慣れているといえば慣れていた。そのため大丈夫だろうとたかをくくっていた。だがしかし、それは甘かった。雪○のコーヒー牛乳並みに甘かった。
なぜだか知らないがエノーミさんはとても楽しそうであった。していることは鬼であったが……。オレはこの世界の文字をただひたすらに書き続けた。エノーミさんの言った文字を書き写す。ただそれだけ。ミスをすれば100回同じものを書き直し。エノーミさん曰く、早く慣れればいいんだと。
そんな無茶な!
何度心の中で叫んだことか。なんせ三日連続、10時間ぶっ通しで書きとりをさせられていたんだ。腕が痛い。手首が痛い。まめができた。むしろ血が滲んでるし…。もちろん休憩はなし。一生忘れないほど徹底的にやりこませたいらしい。
今思うと、よく当時のオレが耐えられたな。今のオレなら何事も苦も無くできてしまうだろうが、最初は相当苦労したに違いない。他人事みたいに言ってるけど、オレのことだよ
おかげで、わずか三日後にはなんとか違和感もなく読み書きができるようになっていた。
すげー!! やればできる子。
その時はなんともいえない達成感が込み上げてきたものだ。確か嬉しさのあまり、鬼…じゃなかったエノーミさんのスパルタを一瞬容認してしまったほどだ。大変だったけど、そのぶん終わった時の気持ちはすごく嬉しかった。べ、別に感謝なんてしてないんだからね! あ、オレはツンデレじゃあ無いけど。その時はそんなことを思ったりして浮かれていたものだ。
バッキャロー!!
その時のオレに会ったらぶん殴ってやりたいね。そんなことを少しでも思ってしまった自分の愚行に腹が立つ。もう感謝なんて絶対にしない。死んでもしないぞ。
基本、エノーミさんは非常にいい人である。それは間違いない。性格は少しガサツで、掃除は苦手だが、なによりその容姿は例えようもないくらい美人である。スタイルも完ぺき。どこからどうみてもオレの今までの人生ではお目にかかったことのない異次元の存在だ。だからと言ってはなんだが、エノーミさんは少々、いやだいぶ特殊な性格を持っているとわかった。いわゆる自分の好奇心や趣味、つまり今でいえば学問や知識の収集、勉強などに対して非常にストイックなのだ。それはもう他のことが見えなくなるぐらいに。自分に対してもだが、その分野に対しては一切甘えがない。おそらくだれしもが学生時代、クラスや学年、学校に研究者っぽいと思った人がいたのではないだろうか。好きなものに対してはとことん追求していく。己を曲げることをしない。簡単に言えば理系の人間かな。自分自身、そういう節がある友達が多かったから、なんとなくエノーミさんにそういった同じ雰囲気を感じていた。
そして、エノーミさんはそのレベルが半端ない。自身の知識量がすでに凄すぎることもあってか、他者に対しての要求値が高すぎる。当然、オレに対してもそのスタンスで要求してくる。
つまり言語の読み書きはまだスパルタの序章に過ぎなかったのだ。
その後は、治療に必要な知識である生理学、解剖学、病理学、薬学、臨床医学、衛生学など様々な科目をひたすらにやりこんだ。エノーミさんの持ってくる山のような文献や、資料を読み込み、重要な個所は徹底的に暗記させられた。初めは何度目から血が出るかと思ったことか…。ドライアイにはきついぜ……。あれ目から汗が……。時にはエノーミさんの経験をもとにした知識も加わり、毎日の終わりにはその日覚えたことも含めた確認問題が日課であった。
そしてオレが早々に理解したことがある。
間違えたら死ぬ!!
少しでもあいまいな答えや、間違えがあろうものならそれは思い出すのも恐ろしい地獄が待っていた。
最初は当然できるわけがなかった。極度の疲労と集中力の低下。眠気。そして待ち受ける恐怖。多分凄い精神状態ではなかっただろうか。思い出すのも恐ろしい。不幸中の幸いと言えることはあまりに極限の状態だったためか、その時の記憶がほとんどないことだ。正直助かる。夜も眠れなくなるところであった。
マジよかったよ~。なけてくるわ~。
しかし、不思議とその時に暗記していたことは覚えている。いや、もう忘れられない、忘れることを許されないと言ったほうが正しいのかもしれない。
最近は知識のほうも徐々に増えてきたため、座学での勉強量を少なくし魔法やメインである治療術を教えてもらえるようになった。
そして1ヶ月後、エノーミさんが身体強化の魔法を教えてくれた。理由はオレの首が折れないため。まあ、この話は後日ということで。それは別にしても、これがなければ今は到底エノーミさんのスパルタについていけない。なぜなら身体強化の魔法を使うと筋力だけに限らず、思考・記憶力・五感、あらゆるものが活性化されるからだ。身体強化のおかげで、勉強の効率はない時に比べて4~5倍はよくなったに違いない。
超凄い!! いや本当に。今までの苦労がうそのようにサクサクと勉強が進む。
そんなある時オレは気がついた。気がつかないほうがよかったかもしれないが……。初めから身体強化の魔法を教えてくれていればよかったのではないかと…。もちろん今だからこそ習得できる業だと言うこともできなくないが、それでも効率はだいぶ変わってきたはずだ。なによりあんな辛い思いをせずに済んだ。オレはエノーミさんにすぐさま確認してみた。
そしてまあ、そう言うだろうなこの人は…。オレは半ば予想通りの答えにあきれたものだ。エノーミさんが最強の鬼であると改めて確信した。
「初めから楽できるなんて面白くないだろう? ヒーヒー言いながら苦労している奴を見るのは実に爽快だからな」
だから最初楽しそうにしていたのか。この後のオレのやられ具合を想像して。エノーミさんがドSだと確定した瞬間であった。
DEPAPEPE/this way
この曲も癒されます。作業用BGMにはもってこいです。