モフモフ×2
魔法や治療術の勉強は楽しい。切実にそう思う。座学の後だからというのもあるが、なにせ自分が想像もしていなかったことをしているという実感があるからだ。特に魔法。地球にいたときには自分が魔法を使うなんてことは想像にもしていなかったことなので、何とも言えない高揚感がある。何と言ってもファンタジーの定番の一つであるからね。それをまさか自分が学べるとは……。そう思っただけでテンションが上がってくる。だがもちろん難しい。馴染みのないものなのでなおさらである。また以前も言ったように、エノーミさんの要求値は恐ろしいほど高い。無茶苦茶言ってくるし、そのスタンスは全く変わらない。でも、当初と違ってオレ自身の気分が違っていた。
そして何よりオレの生活に新たな変化ができたからだ。
「いてて! おい髪を引っぱっちゃだめって、いつも言ってるでしょ!!」
「ニャ~~」
恐ろしく反省のしていない声で、返事を返してくる。珍しくすぐに手を離してくれたが今度はなんのためらいもなくオレの頭をまるでモグラたたきよろしく叩いてくる。
「いてっ!! ぎゃ~、それはだめ! ミカちゃん爪刺さってるから」
超痛い……。涙でそう。
オレはこのところ日常茶飯事となった頭の上にいる生き物をガシッとつかみ、机の上に下ろす。相手は激しく抵抗するが、自身の安全のためになんとか頭から引き離す。
「ニャ~ニャ~」
しかし、オレの良心を激しく揺さぶるような、超絶にかわいい声の抵抗。
グハッ!!
オレのライフポイントに150のダメージ。LV2に上がったオレのライフは現在200。だから計算上もう残りは50。一撃で四分の三もライフが削られるとは。さすがミカド。
しかし、オレもそうは言ってもいられない。簡単に負けてはいられないのだ。負けたら死ぬし。心を鬼にして対処することにした。
現在は恒例の座学の時間。感染病についての疫学とその症状についての文献を読んでいるところだ。今日の終わりにはいつもどおりエノーミさんのテストが待ち受けている。間違えることは許されない。そして現状このままでは勉強が進まない。頭の上にいたまっ白い生き物のおかげで。オレとしては一向に構わないのだが、あとあとエノーミさんに怒られたくはない。怒られるだけで済めばいいが……。死にたくはないからね。自分のためにも、この子のためにここは勉強優先である。
オレは手にしている文献に眼を落した。
「ニュ~…」
ミカドは机の上からもうこの世の終わりであるかのような悲しそうな眼でオレを見つめてくる。つぶらな瞳がこの時ばかりは凶器となってオレの心に突き刺さる。
グサッ!!
本日二度目のライフポイントへのダメージ。あろうことか、あっさりとオレのライフはゼロになった。この瞬間、めでたく本日の勉強は中断となり、エノーミさんの負の一面を垣間見ることは確定した。
やってしまった……。だが、しょうがない。しょうがないんだ。あのミカドのかわいさに抵抗するすべは一つもない。不可抗力。防御不能の絶対的な破壊力。
ミカドはオレが勉強を中断しようと思ったのことに気がついたのか、よたよたとすり寄ってくる。すりすりと身体をオレの腕にこすりつけ満足そうに声を鳴らす。
グハッ! か、かわいすぎる。だめだ。萌え死ぬ。
いままで一般的に言われている、萌えという要素を直接的に感じたことはなかったが、これがそういうものなのか。内側から込み上げてくるなんともいえないもどかしさ。むずがゆいような、そしてうれしいような。
ミカドは尚もうれしそうに、喉を鳴らしていた。
このままでは本気で危ない。本能がそう告げていた。本気で萌え死ぬ。この子のかわいさは麻薬並みの中毒性を持っているに違いない。すでにオレの心の半分以上は浸食されている。オレはミカドを抱き上げ指定席である頭の上に乗せると、部屋のドアに手をかけた。これ以上この場にいたら再起不能になる。
「しょうがない……。しかたないから今日はミカちゃんとお外にお散歩に行こう」
「ニャー!」
尻尾を振り振りし、とてもうれしそうだ。
うまくミカドに乗せられたような気がするが、喜んでいるなら別にいいか。オレはドアを少し開け、部屋の外を確認してみる。万が一エノーミさんに見つかりでもしたら大変だ。確実に殺される。外に誰もいないか慎重に気配を探ってみる。
「よし!!」
オレは安全を確認すると、できるだけ音を立てないよう忍び足で家の外に出た。
よかった……。今日はどこかに出かけているみたいだ。
エノーミさんの行動には一貫性がないから、かなり恐ろしい。何日も家から出ないときもあれば、一日中いないときもある。オレの指導の関係でおそらく家を長くあけることはないと思われるので、夕方ぐらいまでには帰ってこよう。
気持ちいいな~。
外に出ると大きく背伸びをし、久しぶりに感じる開放感に浸る。
今日は天気もいいし絶好のお散歩日和。
(で、コタローはどこにいくのじゃ?)
「…………」
うん? おかしい。なんか声が聞こえたする。気のせいか。いや絶対に気のせいだ。もしそうでも気付かないふりをしよう。気付かないふりを。
あ~、空気がうまいな~。ミカドもうれしそうだ。
(なに気が付かないふりをしようとしてるのじゃ)
……。ま、まだいける。
「にゃー、にゃー」
おい、ミカちゃん手を振ってるんじゃない。ばれちゃうだろ。ミカドは母親に元気いっぱい、そのまっ白い前足を振っている。
(うむ、娘も元気そうじゃな。もう茶番もこの辺でいいのではないか?)
「そうですね」
オレはアクナさんの方に向き直りミカドを地面に下ろすと、とりあえず挨拶をしておいた。
(すっかり娘に懐かれているようだな)
「はい。今もそのせいでこうして命の危険をおかしてお散歩に行くところです」
(そうか。それは気の毒な事じゃ。じゃが娘のかわいさを毎日拝めるなら、それくらいどうってことないじゃろ)
「まあ、そうですね」
(なんじゃ、素直じゃないの~)
「そんなことないですよ。ミカドはかわいすぎてしょうがないです。もうおもわず食べちゃいたいくらいですよ」
「そうじゃろ、そうじゃろ。お主なかなかわかっておるの~。我も日々そう思っているのじゃよ」
「……」
アクナさん……。自分の娘に対してそれはどうかと…。まあ、ミカドがかわいすぎるっていうのがいけないんだけど。むしろミカドならしょうがない。
「アクナさんって親バカですよね?」
(当り前じゃないか、子供が好きでない親がどこにいる)
「さいですか……」
アクナさんはのっそりと起き上がると、とても慈愛にあふれる様子でミカドの鼻をつついている。
なんか絵になるな。神と言われているアクナさんとミカド。二人の様子をこうしてみていると改めて彼女らが特別な存在であると実感させられる。そして自分が場違いなのではないかとひどく思わせる。
「ニュ~」
ミカドがオレの足をつかみ引っ張ってくる。
かわいいな~、もう。まるでオレの気持ちを読み取ったかのように元気を出せと、励ましてくれているかのようだ。ミカドを抱き上げる。
「それじゃあ、お散歩にでも行ってきます。エノーミさんには内緒にしてくださいね」
(まあ、よいじゃろ。我は何も見ていない)
アクナさんは器用にも、片目でウィンクする。
さすが神獣。話がわかる。だてに肉級がもふもふしてない。
そしてオレとミカドは森の中に入って行った。




