再会(3)
数日後、私達は無事陸軍から許可を得て避難所に立ち入ることができた。
避難所は火山から距離があったために比較的被害が軽微だった中学校に設けられていた。
校庭には陸軍のテントがいくつも張られ、軍人が出入りしている。
負傷が比較的軽い人達は体育館で寝泊まりをしているらしいが、重度の傷病者は学校の各教室に雑魚寝させられているそうだ。
お兄様の小隊の皆と一緒に体育館へ入ると、冷たい床の上に敷かれた毛布に包まり座っている被災者達の姿が飛び込んでくる。
ガラリと開いた扉に反応して避難者達が一斉に私達を見る。
「貴族がなんの用だ」
「わざわざ貧相な服なんか着てきて。私達に対する当てつけか何か?」
奥の方では私を見て、わざと私達に聞こえるような声量で私に対する嫌味を話し合っている声も聞こえる。
ナタリアは私に貴族らしい服装を着てくれ、と言ってくれた。けれど、それでは貴族に対する反感から、被災者の感情を逆撫でするかも知れないと思い、そこまで華美ではない服装で慰問に来た。
が、それが逆に自分達を馬鹿にしているのかと思われてしまったらしい。
それでも、変に騒がれるよりはよっぽどマシだけれど。
ウチの秘書達は被災者達の態度に表情は冷静を装っているが、腹の内は煮え返っているのがわかる。
彼らには決して被災者に対し威圧的な態度を取るなと言い含めているのだが、ナタリアなんか笑顔のままこめかみに皺を作っている。どうやったらこんな器用なことが出きるのかしら。
お兄様は初め良い顔をしていなかったが、私が平然と笑顔で歩き出したのを見ていつものお優しい顔に戻ってくれた。
「不自由な生活だとは思いますが、あまり我慢はなさらず、陸軍の皆に相談して下さいね。夜はしっかり寝れていますか?」
体育館に入ってすぐに目に入った幼い子供を抱き抱える母親らしき女性の前に座って優しく話しかけると、周りがどよめく。
貴族が庶民の生活を気遣うこと。
貴族が庶民と同じ目線の高さに合わせること。
貴族が庶民に威圧的態度を取らないこと。
それらが極めて異例だから。
それは、これまでの貴族の傲慢さが原因だ。
「え、ええ。大丈夫ですわ」
言葉には出さないが、母親の声が気持ち悪いと言っている。奥から聞こえる声にも気持ち悪いという言葉が乗っている。
まあ、私も普段高圧的な上司が急によそよそしく優しくなったら何を考えているのか分からないし、気持ち悪く感じるわ。
あ、ナタリアの皺がもっと大きく、深くなってる。それでも笑顔を崩さないのは流石だわ。
それから一人一人被災者の顔を見ながら声をかけていったが、この体育館には主人公らしき人はいないみたい。ということは傷病者の中にいる?
体育館から出ると、ナタリアが一番に口を開いた。
「何なんですか? あれは。お嬢様が一体何をしたというのですか。あれが他人に世話になろうという態度なんですか?」
「ナタリア、落ち着きなさい。私は気にしていないから」
「いいえ、お嬢様。貴族には貴族の立場というものがございます。このままではお嬢様が庶民に舐められているという評判が立ちかねません。ハワード様もそう思いますでしょう?」
ナタリアがお兄様の方を振り返り詰め寄ると、お兄様が思わずその剣幕にたじろいでしまった。
「あ、ああ。そうだな。俺の方からも後で中の連中に言っておくよ。だから今は落ち着いてくれ」
「お願いしますね?」
「はっはっは、元気なお嬢さんだ」
声がする方を見ると、トックヴィル少佐が歩いてきていた。
トックヴィル少佐の声は優しいが、顔が笑っていない。
「会うのは二度目かな? マチルダ嬢」
お兄様を含めた近くの軍人の方々が敬礼をする。私は軍人じゃないから敬礼はしないけれど。
「お久しぶりです、トックヴィル少佐。先程は私のメイドがはしたない真似を。失礼しました」
軍人たちへの答礼が終わり私の言葉を聞くと、少佐が目を大きく見開いた。
ここは避難所。
近くに軍人がいるとはいえ、治安が保障されているわけではない。
テントの軍人達も私達に視線が集まっている。他が注意散漫になることで、盗人が出ても気付かない可能性がある。
だから、下手に騒がれては困るのだ。それが許可を得て立ち入っている者であれば猶の事。
「いやはや。この歳でそこまで弁えているとは。流石はハワードの妹だな」
「恐れ入ります」
お兄様が嬉しそうに言う。
あ、もう大分少佐に取り込まれていそう。
そういえば、お爺様がお兄様に軍部での政府の評判を報告するように命じているって聞いたけれど、変な情報掴まされていないでしょうね?
「ところで少佐。今学校の校舎から出てこられたようですけれど。わざわざ傷病者の様子をご確認に?」
私の質問に許可証を見せながら答えてくれる。
「ああ、君達を入れていいか医官に確認しなければいけないからね。入れてもいいそうだ」
「ありがとうございます」
体育館に主人公がいない場合も想定して、校舎内に入ることも事前に許可を申請していたのだ。
「怪我人もそうだが、病人も多い。病気が君に移ってはいけないからね。廊下を歩いて、教室を覗くだけだよ」
「わかりました」
廊下からの遠目で主人公を見分けることができるだろうか。
それでも、何も見れないよりはずっといい。
校舎の入口まで来たところで、少佐がぐるりと私達に向き変える。
「ああ、廊下も狭いし、医官も忙しいから一緒に入れるのはマチルダ嬢とハワードだけだ」
「お嬢様、どうかご無事で」
「おおげさ」
そう言うと、私と少佐、お兄様の3人だけで校舎に入っていった。そういえば、私がメイドから離れるのって、あの雨の日以来かも。
校舎に入ると、そこは想像以上の悲惨さだった。
3階建ての校舎の内、1階が軽傷、2階が重傷、3階が病人の収容区画となっていた。
重篤な感染病患者は屋上らしい。
空気の流れは下の階から上の階へと流れている。なるほど確かにこれは合理的だ。
廊下には医療器具が山積していて、その中を医官達がテキパキと動き回っている。
1階の奥。図工室だった場所は手術室となっていて、丁度手術中だった。
この時代、麻酔は貴重品。つまり、大きな手術でないならば、麻酔なしで腕や脚、場合によってはお腹を開かないといけない訳で……呻き声が部屋の外まで漏れていた。
完全な部外者が手術室に入れるわけもなく、閉ざされた冷たい扉から聞こえる呻き声が耳を襲う。
「マチルダ、声として聞くな。あれはただの音だ。ほら行くぞ」
お兄様に手を引っ張られる。
確かに、ずっとここにいるとノイローゼになりそう。その状況で手術ができる人って本当にすごいわ。
2階に上がり、廊下を歩いていると、ふと、重傷者達が雑魚寝している部屋に一つ、布団が一人分途中で空いている場所が目に入った。
「少佐、あそこだけ布団がありませんけれど」
「ああ、あそこは—―」
若干少佐の目が上を見る。
「—―確か、傷が大分癒えたから移動したんじゃなかったかな」
「そうなのですね」
本当に?
部屋の中の医官が持っているカルテには合計20人って書いてあるけれど実際にここにいるのは19人。
1階の教室はカルテの人数と実際の部屋の人数がすべて合致していた。なら、2階から1階に移動して、1階のカルテに書かれる人数は修正されているのに、2階のカルテは修正されていないということになる。
そんなことある? じゃあ、あそこにいた人はどこに行ったの?
「大隊長、例の少女なのですが。目立った傷は癒えましたが、まだ暫く安静が必要ですので、ご自宅に運ぶのは今暫く待った方がよいかと」
不意に、少佐にカルテを持ちながら医官の一人が話しかける
「ばか。部外者がいるんだぞ」
「え」
どうやら私は廊下の医療器具に隠れていて、医官の視界に入っていなかったようだ。
「あら、ごめんなさい。お邪魔してますわ」
そう言いながらぴょこりと医官に見える様に顔を出す。
「し、失礼いたしました。また後程お話に伺います」
医官が慌てて去る時にちらりと見えたカルテに書かれた患者の名前。
“キャロル・トックヴィル”
ついに判明した。この世界での主人公の名前が。キャロル。キャロル・トックヴィルだ。




