第九話 排出と脱出
数時間後の、砦内のとある部屋にて。
(何なのこれ? 魔力の上がり方が、おかしくない?)
その飾り気のない殺風景な石造りの部屋の中。
そこには床に幾つもの魔法陣がしかれ、その一方であまり雰囲気の噛み合わない浮遊画面パソコン付きの机なども置かれている。
女魔道士は、そのパソコンに映し出されている映像と、その脇にある数字を見て、当惑しきっていた。
(確かに生贄を捧げると、多少は力が上がるようになってるけど、この上昇量は異常よ! ・・・・・・いや強くなるのはいいことだけど、でも原因が全く判らないというのは・・・・・・)
女魔道士が思案している間、急なパワーアップのためか、ずっと踞って止まっている狼が、突如動き出した。
急に立ち上がったかと思うと、後ろ足を折り曲げ、しゃがむようなポーズを取る。
その直後に、彼の身体の最後尾から、彼の体内の消費廃棄物が、ボトボトと落ちてきた。
(うわっ汚なっ! さっきの餌の残りかすかしら? 随分消化が早いこと・・・・・・)
狼の尻部から大量に落ち、蟻塚のような土山を作り上げていく。
彼女はこの光景の映像から目を背けて、これからこの廃棄物を、どう処理するかを、新たな思案を巡らせた。
そんなだから彼女は気付かなかった。狼の排泄によって溜まった土山が、徐々に内側から膨らむように巨大化していることを・・・・・・
それから数分後、急激なパワーアップに疲れた狼が、眠りについたところを見計らって、女魔道士が完全防備の作業服姿で、再びそこに現れる。
(牢に入るのは危険だけど・・・・・・これは仕方ないわね。今度は掃除士を、ちゃんとした形で雇わないと・・・・・・あら?)
ちょうど牢の扉を開けたところで、彼女は気がついた。
眠りにつく狼から、少し離れた位置にある湿った土山が、先程映像で見たときよりも、大分大きくなっていることに。
そしてその土山が、まるで土竜が頭を出そうとしているがごとく、内側からもぞもぞと動いていることに・・・・・・
「うわ~~~~~! くっせ~~~~!」
そしてその土山から、大量の汚物を身体に浴びた状態で、びっくり箱のように人が出てきたのだ。しかも二人。
それは先程、近くの狼に食い千切られ、骨も残らず食べられたはずの、紺と黄であった。
狼の牙に肉を食いちぎられ、頭をもぎ取られ、内臓をグチャグチャにされたあげく、死体など欠片もなく、狼の胃袋に消えたはずの二人。それが何故か生きて出てきた。
夢で無い証拠に、この牢内には、その時の血痕が、床や壁に大量に残っている。だが今目の前の二人は、全てが夢だったのかと錯覚するぐらい、傷一つない五体満足な姿である。
全身が汚物と悪臭で包まれているの除けば・・・・・・
「あっ・・・・・・ええっ!?」
あまりの突然の事態に、全く理解が追いつけず、次の言葉が続かない女魔道士。
そんな彼女に、紺と黄が、堂々と歩み寄り、女魔道士は思わず臭いで鼻を手で塞いでしまう。
「判ってたけど、やっぱりこれはきついわ。こんなの何度も経験するもんじゃないわね・・・・・・」
「やっぱり? 前にもこういうことあったっっけ?」
「さあ? ・・・・・・何となく、随分昔にもこんな強烈な体験をしたことが、あったような、なかったような・・・・・・あれは何だったっけ? でかいドラゴンだったかしら? ・・・・・・まあどうでもいいわ」
さっきまで死んでた人間が、まるで大したことなどなかったかのように、そんな気軽な会話をしているのだ。
そんな空気のまま、紺は自分を殺した関節犯に、怒る様子もなく顔を向ける。
「ほら・・・・・・言われたとおりに、こいつに喰われてやったわよ! さっさと給料寄越しなさい!」
「えっ、ええ・・・・・・」
もはやこれ以上の言葉を紡げない女魔道士。結局言われるがままに、最初の契約通りに二人に、指定通りの額の金を寄越すのであった。
二人がさっさと帰ってしまった後の、残された女魔道士は、まさに狐につままれた状態。
さっきまで自分が見たものは、幻だったのかと、最近の自分は疲れているのではないかと、本気で考え始めていた。
その一方で、二人を喰って、排泄した狼は、眠りながらも、今も魔力が上昇し続けている。
それは上階にあるPCにはっきりと表示されており、それがやがて、女魔道士の支配可能領域を超えるのに、そう時間はかからなかった。