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第十話 巨竜王

 これは紺達が、狼の尻から脱出するより、一時間ほど前の出来事。


 そこは王都の中心部にある、まだ正式な名がついていない、新王宮と呼ばれる、この国の最高権力が住まう土地になる予定の場所。

 それが今日初めて、その本来の役目を果たそうとしている。


 天守は街にある多くの高層建築同様に、箱形の大型のビルに無理矢理和風な屋根を取り付けたような外観である。

 周りには城らしく高い城壁に囲まれ、そして内部には対空用の荷電粒子砲が、高級の敷地の外周や内部に、幾つも設置されている。

 そんな物々しい兵器の数々が、王宮の敷地内の、緑豊かな庭園内部にあるのは、かなり景観を壊しているように見えた。


 そんな中の、入り口前の敷地内にある、天守が正面からよく見える、運動場のような場所。

 そこには今、多くの報道者や、各地から集まった相応の力のある政治家・商人が、大量に並べられたやや安っぽい椅子に座り、ある一カ所を見据えていた。

 そこには壇上にとり、たった今マイクを口に近づけている、一人の男の姿がある。


『殆どの国民の前には、今日が初にお目見えする。私が、新国王の夫にして、先日より太政大臣の地位につくことになった、月永つきなが 光二こうじである。今後とも全国民臣民共に、末永い付き合いを頼む』


 護衛の兵士達が両側に控える中、マイクを手に取り、拡声された声で、人々に語りかけるのは、どうやら国王ではなく、その次の権力者であるよう。


 その人物は、大臣という地位とはイメージが違う、十代前半の少年のように見えた。

 金髪碧眼で童顔の顔立ちは、ある意味美形と言えなくもないが、身長は百五十センチにも届かないぐらいだろう。隣にいる大柄な兵士のおかげで、その小さな身体が、妙に印象に残る。

 衣装は和服というより、中国時代劇の御大臣のような、高価そうな衣服であり、確かに大臣ぽくも見えるが。外見的にはどこかの富豪の子息のように見える。


 ちなみにその少年も獣人であり、顔の両側の耳(これも頭の上ではない)が、明らかに人のそれとはことなる。

 毛むくじゃらの大きな耳たぶの上には、別の毛がまるで筆のように尖りたって生えている。そして尻部からは、大きな毛の塊が長く伸びたような、大きな尻尾が生えているのだ。

 この耳と尻尾の特徴は、どうも動物のエゾリスに近いようで、恐らくはそのタイプの獣人なのだろう。ただし耳も尻尾の毛も、彼の頭髪同じく金色で、実際のエゾリスとはかなり印象が違うが。


「何だ? 随分と若い昇進だな・・・・・・」


 ある報道者の最初のこの一言をきっかけに、この会見に集まった人々の間で、様々な困惑の会話が聞こえてきた。

 そんな彼らの様子に光二は、やや苛立った口調で話し始める。


『言っておくが・・・・・・俺は栗鼠人(りすびと)族だ! 生まれながらに、体格の小さな種族でな・・・・・・確かに若い昇進だが、お前達が思っているほど子供じゃない! あまりしつこく言うと、人種差別で法の手が、己に入ると思え!』


 怒気のこもった口調に、集まった人々の空気が、一瞬で張り詰めた者になる。

 この場に集まったものは、殆どが先住のゼウス人。まだ獣人と言う物に関する学が薄い者も多い。

 そして彼らは侵略支配された側で、向こうは支配する側。その相手から、このように言われて、焦らない者などそうはいない。

 恐らくそれは、テレビの前でこの光景を見ている、多くの国民達も同様であろう。


『静まったようなので、話しを続けよう。では・・・・・・』


 その後に行われたのは、ごく普通の政治演説。

 恐らくは、予め台本が用意されているだろう、校長の演説と同じぐらい、眠気を誘うような話しが続く。

 そしてその後で、ようやく今回の話しの本題に入った。


『ではここにて、このたび就任された、この国の新たな王に、そのお姿をお見せしよう。・・・・・・というわけで、晴子! いつまでも引っ込んでないで、さっさと出てこい!』


 これまた怒声を発する光二。だがその相手は報道者ではなく、己の使える主にして夫である人物に対してである。

 主君に対する物とは思えない、その言葉に応えたのか、壇上の後ろにある白幕が上げられ、現れた当の人物が、いそいそと壇上に上がってきた。


『おっ・・・・・・お待たせしてすいません・・・・・・私が国王の、月永 晴子(つきなが はるこ)です・・・・・・』


 現れたその人物は女性であった。まあ最初に太政大臣が、自分が夫だと言っていたから、それはもう判っていたが。

 気弱そうに放たれたその声は、まるで幼女のように幼そうな声である。大蛇ではどういう身分の人物であったか不明だが、とてもじゃないが、国王としての威厳を感じる声ではない。


 ・・・・・・最も、人々はその声にも関わらず、この御前の姿に圧倒されていた。


 そこに現れたのは一人の少女だった。獣人国の象徴なのか、様々な動物の姿の紋様が描かれた、煌びやかな着物を見に纏う。女性らしく長く美しい髪を後ろに伸びる。幼さの残る可愛らしい顔立ちの女性である。

 国王というより、まだお姫様といった感じで、やや弱々しさも感じる出で立ちである。顔だけを見ればの話しだが。

 それ以外の特徴を見て、この人物をそのように受け取る人物は、恐らくはいない・・・・・・


「でか・・・・・・身長何センチだよ?」

『240センチだな。言っておくが陛下は、身体の大きい暴蜥蜴人(ぼうとかげびと)族の中では、平均より少し大きい程度だからな・・・・・・』


 最前列にいた誰かの言葉に、光二が実に丁寧に答えてくれる。


 その国皇陛下は、顔立ちは童女のようにあどけないが、体格が真逆である。隣にいる光二や兵士達と見比べればすぐに判る。

 先程言われたとおり、彼女の身長は二メートルを軽く超えているのだ。


 着物から見える彼女の手には、表側に爬虫類的な鱗が生えており、指先にはナイフのように鋭い肉食獣の爪が鋭く生えている。

 そして尻部から、恐らくは予め穴が開いているだろう着物から、太くて逞しい爬虫類の尻尾が伸びているのである。勿論これも鱗だらけで、しかも動物的に僅かに動いていることから、これは飾り物ではなく本当の尻尾であることは明白だ。


 恐らく最初に彼女の姿を見た者は、この威圧的な体格に第一に目がいき、その容姿の美麗さなど全く気がつかないであろう。


「小さい人種が出てきたと思ったら、今度は超巨大人種かよ? 獣人って色々いるな・・・・・・」

「暴蜥蜴・・・・・・それってティラノサウルスのことかしら?」

「あれで夫婦って、何か規模が違いすぎだろ? あいつの棒が、あの陛下の中に、きちんと届くのかよ?」


 最初は威圧されていた人々も、慣れてくると、口々に色々な事を言ってきて、場が少し騒がしくなってくる。その会話の中に、ややセクハラ気味たものもあるが・・・・・・


『ええとでは・・・・・・』


 先程の光二と同様に、指定された台本通りの演説を始めようとする。だが大勢の人間の前で緊張しているのか、だいぶしどろもどろである。

 だがそんな気迫のない話しが始まろうとしたときに、それをかき消す話題を呼ぶ者が、この場で現れた。


 ダダン!


 それは砲声やクラッカーなどではない。その場で放たれたのは、間違いなく本物の銃声であった。

 この会見に出席していた報道者の一人が、突然その場で立ち上がり、いったいどこに隠し持っていたのか、自動小銃を取り出し、そして今晴子に発砲したのである。


「「うわぁあああっ!?」」


 当然のごとく、その場は大混乱が起きた。

 大勢の者が、恐怖で一挙に逃げ出すが、何人かの報道者が、呆れたことに少し離れた位置で、咄嗟にこの事態の撮影中継を始めたりしている。


 誰かが判らないが、明確に国王を狙った暗殺事件。今し方発砲を受けた、当の国王はどうなったかというと。


「ああ・・・・・・台本が!? ええと、あなたは?」


 当人は全くの無事であった。弾が外れたのかと思ったら、そうではない。弾はしっかりと、彼女に命中している。

 的として狙いやすいだろうその巨体。彼女の持っている台本、銃弾で穴が開き、彼女の胸元の服が少し破れている。

 どうやら小銃弾は、晴子の胸元にしっかり着弾したようだ。


 だが晴子は倒れない。それどころ傷はおろか、痛がっている素振りすら見せない。

 ただ突然の事態に困惑し、不思議な表情で、今発砲した男に目を向けている。


(効いてない? 結界装置か!? ならば・・・・・・)


 銃弾が効かないと判ると男は、妙に長いカメラケースから、何と刀を取り出し、刃を鞘から抜き放つ。

 その刀身の刃が、特殊なエネルギーを纏って、淡く発光している、振動刃付きの打ち刀である。


「我らの国を返せ! 蛮族め!」


 男は刀を突き出し、晴子に向けて、明確な殺意を向けて突進する。


 護身用として、身分問わず使われている結界装置。それは銃弾ならある程度防げる優れもの。だが機関銃などの大型弾はさすがに無理である。

 機銃弾ならば、重くても骨折程度で済む。だが岩をも切り裂く振動刀の一撃なら間違いなく、身体を深々と斬り裂き、相当な身体損壊を受けるだろう。

 武器と防具の性能差にもよるが、決して無傷というわけにはいかないはずだ。

 その恐ろしい殺傷力を宿した刀を、この国王に刺し貫こうとしているのである。


 これは不思議な話だが、要人暗殺が行われようとしているこの場で、何故かこの男をすぐに取り押さえようとする者はいなかった。

 晴子の夫であるはずの光二でさえ、全く慌てる様子がない。それどころか、やれやれと言わんばかりに、頭を抱えて呆れかえっている。


「うわっ、ちょっとまっ・・・・・・」


 壇上で慌てているのは晴子のみ。男が壇上の段差を飛び越えて、とうとうその刃を、無防備な晴子にぶつけた。


 カキン!


 発せられた音は、刃が肉を切ったり刺したりする、鈍い音ではなかった。岩や鉄塊をぶつけ合ったような、甲高い良い音であった。


「なっ・・・・・・!?」


 これには逃げずに撮影していた報道者も、そして刺した当人も、呆気にとられた。


 今確かに、彼は晴子の胸を突き刺したはずである。だがどういうわけか、その刃は晴子の体内に入らず、服を刺した辺りで止まっている。

 要は、この刃は晴子の身体に刺さらなかったのである。

 しかも男は、今の手応えから、別のあることに気がついた。


(こいつ・・・・・・結界装置を使っていない!? くそ! 何が何だか知らないが・・・・・・)


 結界を使わずに、刃が通らない。それはつまり、彼女の生身の身体が、素で頑丈と言うことである。

 身体の大きさだけでなく、身体の質も、鋼以上にとんでもなかった。


 だが男は諦めず、即座に、無抵抗の晴子に、何度も刀で切りつけた。甲高い衝突音が、誰も止めぬ中、幾度も発せられる。

 だがその刀は、晴子の巨体に、全く目立った傷を作らない。せいぜい服の生地が切れる程度。

 それどころか刀身を打ちつける度に、刃毀れが酷くなっていくのだ。


「あの・・・・・・そろそろもうおよしを・・・・・・」


 繰り返す攻撃に、痛んだり怯んだりする様子もなく、落ち着きを取り戻した晴子が、男を止めに入った。

 その止め方というのは、見事なもの。


 なんと彼女は、男の振るった刃を、人差し指と中指の二本で、ぴったりと白刃取りを決めたのだ。

 そして手首を曲げると、その刀が軽々と向きを変えて、柄が男の手元から抜き取られる。まるで爪楊枝を拾うように、たやすい作業である。


「わたくしのことを、どれほど恨んでいらっしゃられるのか判りませんが・・・・・・このようなものを、人前で振るっては危ないですよ。何か仰りたいことがあるなら・・・・・・」

「化け物!」


 冷静に話しをしようとする晴子とは正反対に、男は血相を変え、怯えきって落ち着かない様子で叫び、そのまま走り去っていく。

 今の化け物発言に晴子がショックを受けている中、さっきまで傍観していた彼女の夫が、ようやく動き出した。


 光二が逃げる男の背に向けて、人差し指を差し出す。するとその指の先から、瞬時に細い光線が、僅かな電気火花を撒き散らしながら、高速で射出される。


「!?」


 その光線を背中にもろに喰らった男。悲鳴を上げることさえ出来ず、スタンガンを喰らったかのような苦しみの顔を浮かべ、そのまま失神して倒れてしまった。


「あの・・・・・・光二様?」

「今日の会見は中止だ。・・・・・・まあ無駄な芝居演説が省けて、むしろ都合が良かったか?」


 そのまま流れる作業のように、光二の指示の元、国王暗殺を謀った犯人が、拘束・連行されていく。

 晴子は刀を指に挟めた姿勢のまま、しばし唖然としていたが、その後に光二に促されて、言われるがままに皇宮へと去って行った。

 この日に国内全土に放送された、この国王暗殺未遂事件の一部始終は、人々を色々な意味で驚愕させ、様々な意味での話題を呼ぶこととなった。


(全く、どうせ殺しに来るなら、もっと強い人を・・・・・・いやいやこんな考えは駄目です! 今世では清楚に生きると決めたんですから!)

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