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私の名前は…

呪いが解けてから、3ヶ月が経った。

神殿の建設は先日無事に終わって、祭壇を仮設の神殿から移したのよ。


3ヶ月の間に、私の環境は少し変わったわ。


まず、『聖女』ではなくなったこと。

約束通りあの日から、天気は私の意図とは関係なく、曇ったり雨が降ったりするようになったわ。


それに伴い、特務師団は聖女付き師団ではなくなったの。

特務師団は聖女不在時と同じように、「特務」を行う師団となったわ。

でもロゼさんが新職である神官警護の任務を特務師団の仕事として承認させたらしく、私の警護は引き続き特務師団の皆さんが行なってくださることになったの。


警護なんて、いらないと思うけどね。


魔物が頻繁に出現する現象は収まったわ。

各師団の皆さんも、騒動の前と同じ通常勤務に戻ったの。


私は聖女ではなくなったけれど、これまで使わせてもらっていた部屋をそのまま使わせてもらえることになった。


今度は神官として王宮勤めをすることになったからよ。

お部屋付きのメイドさんは最小限にしてもらったわ。

貴族のお嬢様とは違って自分の身の回りのことは自分で出来ちゃうもの。


騒動を納めた功績として、いくつかのお願いを聞いてもらえることになったの。私は、聖女に関する記録を正しく残すこと、エマを罪人としてではない形で弔うことをお願いした。


エマがやったことは許されることではないけれど、聖女以外の者に危害を加えた訳ではなかったので、国王さまは認めてくださったわ。

「お使い」と称して召喚された女性たちのこともあるしね。この世界の非も認めていらっしゃるのよ。


私は毎日のお勤めとして、神殿と聖女さまたちの墓地の清掃をすることと、お花を手向けること、神殿に祀られたお天気の神さまにはお神酒とお菓子を供えることになった。


そうそう、お神酒なんだけどね。

あのレシピ集には、なんと日本酒の作り方が書かれていたのよ!

すごくない?

しかもね、お願い事のひとつとして、酒蔵を造ってもらえたの。杜氏をおいてね、日本酒を作ってもらえることになったの!!


日本酒!

大好きなのよね。

あんまり強くないからたくさんは飲めないけれど。

ふふ。

お天気の神さまと、今度酒盛りしちゃおうと思って。

内緒よ?


それから、私の能力についてだけど…。

お天気に関する力はなくなったけど、植物を早く成長させる力は残っていたの。

そばにいるひとの不定愁訴が緩和される、という力も。


ただし、以前やったような、畑中の作物をいっぺんに実らせる、といったことは出来なかったわ。

せいぜい、花壇のお花を咲かせることが出来るくらい。

りんご1個なら実らせることが出来るくらいよ。


多分、これが、お天気の神さまの「礼」なんだと思うわ。

この力だけは、残してくれた。


お陰でお墓や祭壇に飾るお花には困らないの。

とてもありがたいわ。


今日はとてもお天気がいい。新緑がまぶしいわ。

墓地の掃除を終えて、一輪ずつお花を飾っていく。今日のお花はアイリスよ。


私は、一番新しい、少し小さなお墓の前で膝をついた。

昨日ね、久しぶりにバレットさんに会ったわ。バレットさん、お酒に目がないんですって。私が作ってもらってる日本酒を狙っているのよ。ふふ。

今度持ってくるわ。あなたも味見してみてね。


ふわりと風がふいた。

私はゆっくり立ち上がって、揺れる若葉を見つめていた。


墓地のお掃除が終わったら、次は神殿よ。

まずは、厨房でお供え用のお菓子を受け取るの。

今日はマドレーヌね。お天気の神さまのお気に入りよ。

それから酒蔵に向かう。今日はね、お待ちかねの、日本酒が完成する日よ。


もちろん、魔法を使って時間を短縮しているのよ。梅干しのときと同じね。

杜氏のレナードさんがニコニコと私を迎えてくれたわ。

「お待ちしてました、アリスさま」

「こんにちは、レナードさん。出来はどうかしら?」

「よく出来た、と思いますが…。どうぞお試しいただいて、ご意見を頂戴したく思いますよ」

ニコニコ笑顔でレナードさんは一升瓶を差し出してくれた。

「ええ。楽しみだわ」

私もうきうきで一升瓶を受け取ったの。


神殿は、それほど大きな建物ではないの。

あまり大きすぎるとお掃除も大変だし、教会みたいに人が集まる訳ではないから。

お花を飾ってお皿にマドレーヌを盛って。

「よ、っと」

すぼん、と栓が抜ける音にうっとりしちゃう。

うん、いい音。


『やっと来たのか。今日は遅いではないか』

キラキラと明かり取りの窓から()がやって来たわ。

「そう? いつもと同じでしょう?」

細かいオトコは好まれないわよ。神様に性別があるかは分からないけれど。

『………。それは? 前に言っていた酒か?』

「そうよ。はい、どうぞ」


グラスに注いで祭壇に置くと、表面が揺らいでするすると減っていく。減っていくのよ。不思議でしょう?

神さまって、飲み食いするのね。

自分の分のグラスにも少しだけ注いで、口をつけてみる。

うん。美味しいわ。

香りとかコクとかキレとか、改善の余地はまだまだあるけどね…。


『悪くないな』

ええ…、そうね。

「ところで、南の方でもう少し雨が欲しいと言われているの。雨量を増やしてもらえるかしら?」

『ふむ。ならば数日かけて少しずつ降らそう。あの辺りは地盤が心許ない場所がある。一度にたくさんの雨が降れば崩れかねんからな』

「ありがとう。お願いね」

『…そなた、今夜は夜会と言っておっただろう? あまり、飲まない方が良いのではないか?』

あら、いやだ。そんなに飲んで無いわよ?

『あああぁ、われの分が減るではないかっ。早く戻って夜会の支度をするが良い。部屋で侍女がヤキモキしておるぞ」

大変!

「神さま、飲みすぎないでね」

私は慌てて片付けて、部屋に向かった。

『どの口が言うのじゃ…』



部屋に戻ると、待ち構えていたアンリがホッとした顔をした。

アンリの横には見慣れないメイドさんがいたわ。

「初めまして、アリスさま。アンリの友人でリナと申します。本日はお手伝いに参りました!」

長い赤髪を可愛らしくまとめたリナはそう言って頭を下げたわ。元気で可愛い。

私は微笑んだ。

「よろしくね、リナ」

「はい、よろしくお願いします!」

「では、アリスさま、こちらにお召し替えを」

テキパキと準備を進めるアンリに言われてドレスに着替える。

ロゼさんのアメジストの瞳に合わせた、淡い紫色のドレスよ。

アンリが髪を結い上げ、リナがメイクをしてくれる。

髪飾りにはアメジストをあしらっているの。

ちょうど仕上がった頃、部屋のドアがノックされたわ。

「フロスト団長がおみえです」

ロゼさんは私を見て微笑んでくれたわ。

「よく似合ってる」

ふふ。

あなたの色が私にも似合うなら嬉しいわ。

ロゼさんのエスコートで部屋を出ようとしたとき、

「あのっ、アリスさま! また、お手伝いに参ってもよろしいでしょうか?」

リナがそう言って、不安そうな顔をした。

呼び止めてしまったことを悪いと思っているのかしら?

気にしなくても良いのにね。

「ええ、もちろん。アンリがひとりで大変そうなときは、手伝ってあげてね」

私がそう言うと、リナの表情がパッと明るくなった。

「ありがとうございます!」


夜会はとても華やかだったわ。

最初は苦手だった夜会も最近は楽しめるようになって来た。世間話ができる知人や親しく話せる友人が出来たからかもしれないわ。

それに、なんといってもダンスね!

元の世界と違って、こうしてダンスを踊る機会があるのがいいわ。

ロゼさんのリードで踊りながら時おり目を合わせて微笑み合う。とっても幸せなひと時なの。


「少し、休憩しよう」

ロゼさんと一緒に食事の並んだスペースに移動する。

わぁ、お肉美味しそう。

目を惹かれたお肉を、ロゼさんが取り分けてくれたわ。

どうしてそれを狙っていたことが分かるのかしら。

「今日の仕事はどうだった? 特に問題はなかったか?」

ロゼさんはいつもその日あったことを聞いてくれるわ。他愛ない話を微かに笑みを浮かべながら。

「さっきのメイドだが…」

リナのこと?

「実はアリス付きのメイドを希望するものが後を絶たなくてな。正式には断っているんだが、アンリ経由で直接アリスに許可を取るとは、なかなか行動力があるな」

あら。

そうね、しっかりしてそうだったわ。

ロゼさんは次々に私好みのお料理を取ってくれる。

「気になっていたんだが」

なにかしら?

「初めてダンスパーティーがあったとき、踊らなくていいよう画策しただろう?」

そう…、ああ、そうだったわ。結局はロキ王子と踊ることになっちゃったけど。

「踊れないから、だと思っていたが、アリスは踊れただろう? しかも上手だったのに、なぜ…?」

……。

頬張っていたお肉を飲み込んで、ロゼさんを見上げる。

「ダンスはとても楽しかった、青春の思い出なの」

私にとってダンスは、過去の思い出だけじゃない。あの頃一緒に頑張った、競い合った、今だって会えば話題になる友人たちとの共通の思い出。この世界に来ることがなければ、今も、語り合ってさらに積み重ねることが出来たはずの大切な思い出。


「踊ったら、思い出してしまうでしょう?」

楽しかったあの頃を。もう会えない友人たちを。


戻ることが出来ないということを受け止めきれていなかったあのときの私には、それは辛いことだったから。

「だから、踊りたくなかったの」


ああ、ロゼさん。そんな顔をしないで。

今は大丈夫よ。もう、大丈夫。

あなたが私に、そばにいて欲しいと言ってくれたから、あなたのそば(ここ)が私の場所になった。

あなたが居場所をくれたから、異世界(この世界)は私の世界になったの。

あのとき、もしもあなたが引き止めてくれなかったとしても、私の選択は変わらなかった。


呪いを解くか元の世界に帰るかの二者択一。

元の世界に帰ることを選んだら、呪いは解けないわ。

この世界は聖女をずっと必要とし続ける。

どちらを選んでも、後悔するだろうと思った。

自分を犠牲にするような選択も、他の誰かがこの世界で泣くかもしれない選択も。

誰かの為に、なんて偉そうに考えたワケじゃないわ。ただ、どうせ後悔するのなら、せめて罪悪感は抱えたくなかったから…。


だけど、ロゼさん。私、後悔せずに済むかもしれないわ!


あなたがずっとそばにいて、私を愛してくれると言ったから、元の世界の思い出は楽しかった思い出のまま、ただ懐かしく思い出すことが出来る。

そうでなければきっと、思い出すことが辛い思い出に変わってしまっていたわ。


ありがとう、ロゼさん。

「今はロゼさんと踊れるのが、とても楽しいし嬉しいわ」

今度、聞かせてあげるわね。私の青春の思い出を。

そう言ったら、

「楽しみだ」

と笑った。

ロゼさんがそっと私を抱き寄せて、甘やかに微笑んだ。

「アリス、もし嫌でなければ、教えてくれないか。君の、本当の名前を」

…………そうね。

いいわ、教えてあげる。どんなことがあっても、あなたは私を守ってくれるんでしょう?

だから、もう、怖くない。

「私の名前は…」


初めて感想をいただきました。ご期待には添えませんでしたが、感想をいただけたことは嬉しかったです。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公には初志貫徹して帰って欲しかったな。
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