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⑭ さよなら 北風

⑭さよなら、北風


次の日から、オレと美里ちゃんとゲッ子は、休み時間のたびごとに、校庭でいっしょに本を読んだ。もちろん北風も同席してるってことは、二人とも知らない。

え? まわりの友だちに冷やかされるだろうって?

だいじょうぶ。ゲッ子のおかげで、それは助かってる。

時々、ゲッ子がいなくなるのを待ってましたとばかりに、美里ちゃんとオレは、いろんな話をした。


美里ちゃんはオレにこんなことを話してくれたんだ。

「私が本を好きになったのはね、おじさんの影響なの」

「おじさんって、広田一夫先生?」

「そう。おじさんってね、小学生の頃、あんまり読書が好きじゃなかったんだけど、ある時から急に本に興味を持ち始めて、びっくりするくらいたくさん本を読むようになったんだって。おじさんが読んで、おもしろかった本をいろいろ教えてもらったのよ」

「へえ……。そうなんだ」


広田先生が、美里ちゃんにすすめた本、それらはほとんどオレの母さんが好きだった本にちがいない。そしてオレは、美里ちゃんの好きな本を真似して読んでる。この中にはきっと昔、母さんのお気に入りだった本があるかもしれない。そう考えるとなんだか不思議だな。今度、母さんに『若草ものがたり』を差し出して、この中でだれがいちばん好き?って聞いてみようかな。


 友だちに呼ばれて、美里ちゃんがいなくなったとたん、北風がやってきた。


―ヒカル、春風がやって来るぞ。


「そうか! いよいよだな。北風。バッチリやれよ」

 三ヶ月とちょっとの間、声だけとはいえ、いつもいっしょにいたやつがいなくなってしまうのは、やっぱりさびしい。


―それでな、春風は人間のすがたでやって来るから、ほんのひととき、おいらも、人間のすがたになる。だからオマエも、おいらと春風を見ることができるんだ。風が人間になったすがたを見られるなんて、こんなラッキーチャンス、めったにないからな。


 そう言い終わるとまもなく、強く巻き上がった風が、運動場の砂ぼこりを運んできた。

 思わず目をかたく閉じる。そして、そっとまぶたを開いた次の瞬間、オレはかたまってしまった。


 目の前に立っている、背の高い少年。

 風に乱れたさらさらの髪を、片手でかきあげながら、いたずらっぽく笑っている。

 この足の長さ。この整った顔立ち。

 母さんが好きだっていう、外国の映画俳優ジェームズディーンに似ているかも?


―はじめましてだな。ヒカル。どうしてそんなにおどろいた顔してるんだ?


 くやしいけど、こいつ、男のオレから見てもかっこよすぎ。もしクラスの女子や、美里ちゃんに、こいつのすがたが見えたらいったいどうなると思う?


―あっ! 春風だ!


 光のにおいを含んだ風がどうと押し寄せた。

 ダイアモンドダストのような砂ぼこりが舞い、再び目を閉じる。

 数秒後、目を開いたオレは、またまたかたまってしまった。


 なんとそこには、ふろしきづつみを手にして、桜色の着物を着た白髪頭のばあさんがいたんだ。


=北風ちゃん、待たせて悪かったねえ。


―いいえ、春風のおばあさま、その分たっぷり読書ができましたよ。


 ばあさんは、歯のない口をぱくっと開けてあははと笑った。


=そりゃよかったよかった。この年になると、なかなか早くは来れなくてねえ。


 北風と春風のばあさんの会話を、オレは口をあんぐり開けたまま聞いていた。


 ど、どうして、ばあさんなんだよ?

 春風って、髪が長くて、色が白くって、ほっそりした体つきの女の子のはずじゃないわけ?

 北風はオレに向かって、ニカッと笑って言った。


―おいらが、ずうっと待ってたのは、この春風のおばあさま。読んだ本の多さといい、教養の深さといい、おばあさまにかなう風なんていないんだぜ。ヒカル、オマエもせいぜい読書にはげんで、知性と想像力をみがくことだな。さあ読書会に参りましょうか。春風のおばあさま。


 北風はうやうやしく、春風のばあさんのしわだらけの手を取った。


=では、ごめんなさいまし。


 ばあさんがかわいらしく一礼するなり、二人のすがたは風にとけるように、すっと見えなくなってしまった。


 負けた。

 オレの想像力は、まだまだだな。

 だけど、ありがとう。北風。おまえのおかげで、オレ、少しは本が好きになったかもしれない。


「ヒカルくん、ヒカルくんたら」 

 はっとわれに返ると、美里ちゃんが不思議そうにオレの顔をのぞきこんでいた。

「なにか、考えてたの?」

「い、いや、なんでもないよ」

 あわてて首を横にふるオレに向かって、美里ちゃんは言った。

「ねえ、ヒカルくん」

「なに?」

「六年生になっても、いっしょに図書委員やってくれる?」

 オレは、美里ちゃんを見つめながら、大きく大きく、首が前につんのめりそうなくらい大きくうなずいてみせた。

「もちろん!」




……というわけで、今じゃオレは、あの青柳恵太を上まわる本の虫と呼ばれてる。

 でも、サッカーだってやるよ。美里ちゃんが

「スポーツしてるヒカルくんもかっこいい」

 って言ってくれたからね。


 読書はすばらしい。だけどそれ以前にオレは、だれかを好きになることをすすめる。

 好きな人がいる時、心は敏感だ。

 青い空、鳥の声、風の音………。ふだん見すごしてしまうようなことすべてに、心にはられた弦が、びいいんとふるえるんだ。

 わけもなく、うれしかったり悲しかったり、そんな気持ちを、無条件に包み込んでくれるのは、読書、それ以外ないよ!


 さあ、本を読もう! でも、その前に好きな人をさがそう! あ、けど、これって……。

 ちょっとフジュンな読書のススメだよね!




読んでいただき、ありがとうございました。

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