第一話 ライスにふりかけ
ハリーは毎朝、その腕時計の時刻を正す。
約1分。
一日過ぎるとズレている。
かちり。
竜頭が軽い音を立てる。
カーン、カーン。
午前6時、街に響き渡る鐘の音。
そして、三回目のカーンのタイミング。
その腕時計の、一日が始まる。
⸻
7時30分。
ハリーはいつものように支度を整え、玄関に立つ。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい。
気をつけてね。」
自転車通勤。
会社までは15分程度。
8時。
朝のミーティングが、いつも通りはじまる。
しかし、今朝はいつもと違った顔がある。
「今日から一人、社員が増える。
ルカさんだ。
みんな、仲良くしてくれ。
配属は未定だが、とりあえず総務の仕事をやってもらう。
ハリー、よろしく頼む。」
「はい、ボス。」
「そんじゃ、ルカさん、ハリーのもとで仕事を教わってくれ。」
「はい!」
⸻
掃除用具を片付ける。
ミーティング前の掃除が、すこし長引いた。
新人がやって来る。
そう思うと、いつもよりも念入りになっていた。
「さて、じゃ始めましょう。
・・・って、すでにメモ取ってるんだね。
何をメモ?」
「タイムスケジュールです。
出勤したら、まず掃除。
そして、8時にミーティング。」
「お、そうか。
なかなか見どころがあるね。
すぐにメモを取るのは、いいことだよ。
一日のスケジュールを把握すると、仕事の流れがわかりやすくなる。」
ハリーは微笑みながら頷く。
「もしかして、キミって時間に厳しいタイプなの?」
「あ、いえ、そんなことないんですけど。
えーと、実は社長さんが、そうしろって。」
「え、ボスが?」
「はい。
ハリーさん、時間に厳しいからって。」
「えぇ?
そんなことを、ボスが・・・。
あー、いや、そんなに厳しいつもりはないんだけどね。」
苦笑いするハリー。
ルカは平然としている。
「まぁ、時間を守るのは常識的なことで。
守れないと、みんなに迷惑をかけることになるからね。」
「そうですよね。
私、割とルーズなとこあるんで、ハリーさんに迷惑かけないように気をつけますね。」
「そうなんだね。
ルーズな感じはしないけどね。
でも、意識してくれると良いと思う。」
ハリーは時計を見る。
8時26分。
長針と短針が直角を作っている。
「おっと、じゃまず午前の仕事を教えるね。」
「はい!
よろしくお願いします。
•••あ、」
「ん?
どうかした?」
「始業の前に社長にお茶を淹れるとか、ありますか?」
一拍の時間が過ぎる。
「はい!?
ない、ない、そんなの。
•••え、ルカさんて、今までどんな仕事してきたの?
急な中途採用ってだけ知らされて、履歴書も見てないんだけど。」
ルカはアゴに人差し指を当て、ひたいの上の空気を眺める。
「詳しくは言えないんですけど、とある会社の、秘書でした。」
「秘書•••。」
ハリーはルカを、よくよく見る。
派手さのない薄化粧。
ワークキャップ。
スポーティなカジュアルウェア。
スニーカー。
「•••秘書?」
「はい。
•••それっぽく見えないですよね。」
ルカは少し照れながら笑う。
「この職場は、スーツよりもこの格好の方が良いかなーって、思いまして。」
⸻
12時15分。
社内の小さな食堂。
ランチタイム。
パートタイマーの女性が作る手料理。
「凝った料理ではないけどね。」
ハリーはルカに、厨房の女性を紹介する。
「凝った料理でなくて悪いわねー。
私はメグよ。
よろしくね。」
「ルカって言います。
よろしくお願いします!
今日のメニュー、何ですか?」
ルカは屈託なく話す。
メグはにこやかに答える。
「サーモンのムニエルだよ。
嫌いじゃないかい?」
「大好き!」
表情が輝く。
ハリーは、メグと目が合う。
「メグさん、いつもありがと。
ルカさんとも仲良くしてあげてくださいね。」
テーブルには花が飾られている。
白い壁に日の光が差し込む。
ほのぼのと明るい。
穏やかな時間が流れている。
サーモンのムニエルの上に、ハーブがひと枝。
「ディル。
サーモンのピンクに、柔らかいグリーン。
おしゃれですね。」
「そうなの?
よくわからないけど。
ルカさんはパンだね。
私はライスだよ。
ここのふりかけ、意外にうまいんだ。」
「え、•••ライスにふりかけ?」
「さ、食べよう。
午後の仕事は1時からだよ。」
ハリーは腕時計を見る。
12時30分。
この時間。
約15秒ズレている。




