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6.帰らないで


 修一郎しゅういちろうから珍しく笑顔は消えて、声のトーンも下がっていた。焦点が定まらず、憂鬱で曇った表情。今まで見たことがない その顔に鳴実なるみも戸惑いを感じる。


「流石に、この体温は高いし連絡を入れないわけには」

「母が戻ってきたら、鳴実くんは帰っちゃうでしょ⋯⋯?」

「まぁ⋯⋯家の人がいるなら、俺は必要ないので」

「⋯⋯⋯⋯ ダメ だよ」

「修一郎さん?」

「⋯⋯いる時間が⋯⋯触れる時間が減ったら⋯⋯

《氷》が早く溶けて⋯⋯ おれ、鳴実くんのことは忘れたく⋯⋯ない のに」

「⋯⋯!? ⋯⋯??」


 修一郎はエプロンから力なく手を離すと、布団に顔を埋めてうずくまってしまった。普段とあまりにも違う様子に、そっけない態度をとるなど鳴実も思わない。傍らに戻って、静かに名前を呼びかける。


「修一郎さん⋯⋯」


 布団の上から、そっと肩に手を置く。すると、上半身だけ起こした修一郎が、鳴実の首元に両腕を回して勢いよく抱きついてきた。首に触れる肌から伝わってくる高い体温。


「帰らないで ここにいてよ⋯⋯」

「⋯⋯手だけじゃなくて、身体も熱い」


 驚いて固まったまま迷っていた鳴実だが、震える小さな声が耳に入ってくると、背中と頭に手を添えてギュッと抱きしめ返した。修一郎の髪にも服の中にも熱が籠っていることがわかる。


「なる み ⋯⋯」

「らしく ないですよ ⋯⋯熱で弱ってるんですか」

「⋯⋯」

「家政婦さんに言わなかったのは、壱波さんが早く帰ってくると、そのあと俺が夕方来なくなるから⋯⋯?」


 コクンと修一郎が頷いたのがわかると、鳴実は息を ふぅと吐いた。


「そんな事のために我慢して⋯⋯

⋯⋯わかりました。連絡は、やめます。ノートには違う体温を記入して⋯⋯壱波さんが戻る少し前に発熱した そういう(てい)にします。それで、いいですか」

「⋯⋯いてくれるの?」

「帰るな と言われたので」

「ん⋯⋯  鳴実くん、ありがと⋯⋯」

「⋯⋯ワガママ聞いたんだから、ちゃんと寝て下さい」


 鳴実から、なかなか離れずにいた修一郎をなだめてベッドで横になるように促し、胸の下辺りまで布団を掛けてやった。目線の高さが合うように しゃがみながら、会話をする。


「冷やす物持ってきますね。食欲は、どうですか」

「そこまでないかな⋯⋯喉は渇いたけど」

「とりあえず水分補給と⋯⋯ 果物とか⋯⋯」


 軽く握った拳を口に当てながら、キッチンや冷蔵庫に何があったか思い出そうと記憶の糸をたどる鳴実。


「あぁ そうだ、アイスがあります。昨日買っておいたバニラの」

「うん⋯⋯ アイスなら欲しい」


 熱で不調のため、ぼんやりとして おとなしい修一郎に、一呼吸おいてから提案した。


「⋯⋯俺が食べさせるので、そしたら ちょっとは眠って下さい」

「え⋯⋯」

「汗もたくさんかいてるから、あとで軽く身体拭いて着替えもしましょう。それも全部俺がやります⋯⋯今日は」


 その発言に驚いて、虚ろだった目を少し丸くし、口も開いたままになっていた修一郎だが、鳴実の指に触れると顔をほころばせた。


「熱出すのも悪くないかもなぁ⋯⋯」

「不謹慎ですよ。修一郎さんが静か過ぎると、なんか調子が狂います⋯⋯」



笑顔が消えて本当の この人が少し見えた気がする

でも なんで⋯⋯こんなに俺に こだわるんだ⋯⋯?

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