第305話 説明
その後もマリアンネがべらべらとしゃべり続け、話半分に聞いていると、時刻が9時になった。
すると、べらべらしゃべっていたマリアンネがピタッと黙り、前を向く。
すごい切り替えの早さだ。
「時間だ。全員揃っているようだし、説明会に入る。私が今回の試験における試験官の総責任者であるジーン支部支部長で1級国家錬金術師のメルヒオール・フォン・トラウトナーだ」
こいつがジーン支部のメルヒオールか。
確かに真面目そうだ。
「メルヒオール支部長、試験官はこれだけでしょうか?」
マリアンネが手を上げて質問する。
「質問はあとにしてくれ」
「疑問を解決しないと進めません。これは大事なことです」
強メンタル。
一歩も譲る気がない。
「試験官はまだいるし、他の部屋で説明を受けている。以上。では、説明に戻る。試験は明後日の朝からになる。事前に受付で担当を聞いたと思うが、全員、朝から来てくれ」
俺は実技担当だから午前中はやることないんだがな。
まあ、待機か。
「待機場所は?」
こいつ、質問するなー……
「3階になる。当日、8時から会場が開くが、貴殿らは7時には会場入りし、待機してくれ。指示はその都度、出す。では、採点の基準、不正の判断等の書類を配るので各自で確認してくれ」
メルヒオールが書類を配っていく。
俺は一番後ろなので最後に受け取ると、中身を見ていく。
書類には筆記試験時の動きや不正かどうかの判断基準が書いてあった。
まあ、筆記は関係ないのでスルーし、次のページを見る。
そこには実技試験の評価基準が書いてあったが、スピード、品質、バランスなどごく当たり前のことしか書いていない。
どうでもいい資料だ。
俺は10級の合格ラインだけを確認すると、書類を置き、ヘレンを撫でる。
「あれ? ジーク君、もう読んだの?」
マリアンネが聞いてくる。
「俺は実技の担当だけだからな」
「私もなんだけど……早いわね。さすがは本物の天才。見栄とハッタリの私とは違う……」
こいつ、マジで二重人格かもな。
「そっちも初めてか?」
「ええ。3級になったのは去年だけど、そもそも地方からあまり来ないしね。あ、聞いて。今年になってずっと2級を受けているんだけど、全敗した」
なんで聞いてほしいんだよ。
「そうか。今回は受けないのか?」
「受験料がもったいないと判断した」
まあ、それも判断の一つだな。
受験料はランクが上がるほど高くなるし。
マリアンネはすぐに書類に目を落としたのでそのまま待つ。
15分くらい待つと、全員が読み終えたようで顔を上げた。
「全員、確認したようだな。それでは次に実技試験で担当する部屋と受験生を知らせる。名前を呼ばれた者は来てくれ」
メルヒオールは順番に名前を呼んでいく。
「担当がもうわかるのか」
「運営委員会は何を考えているんだろうね。私が悪い人間だったら担当の受験生が貴族だったら会いに行ってしまうかもしれないわよ」
本当にな。
試験官になって、この試験がザルなことに気付いてしまう。
ちょっと本部長に相談してみるか。
「マリアンネ・アールクヴィスト3級国家錬金術師」
「あ、私だ」
マリアンネが立ち上がり、メルヒオールのもとに行くと、紙を受け取り、戻ってきた。
「ふーむ……誰もわからない。まあ、地方の人間だから知り合い自体は少ないけどね」
ちょっと覗いてみる。
すると、俺の知り合いの名前が書いてあった。
「こいつは落とせ」
マルティナ・キルシュの名前を指差す。
「いや、なんで? 嫌いなの?」
「リートの薬屋の娘だ。散々、面倒を見てやった」
親子共々、本当に……
「え? それなのに受からせろじゃなくて、落とせ?」
「まだ10級になれるような実力はない。万が一で受かったらあいつの将来に傷が付く」
間違いなく、あのバカはそこで満足し、凡庸な錬金術師で終わってしまう。
それは才を潰すことと同義である。
今はバカで不器用で無能な役立たずだが、その才能はハイデマリーを上回る本物の金塊なのだ。
「うーん……よくわからないけど、公平にやるわよ」
「それでいい。ちゃんと見ろよ。そしたら落ちる」
「なにか並々ならぬ執念を感じるわね。あ、彼女さん? もしくは、想い人?」
あん?
「ジーク様、お顔、お顔」
おっと。
「ジークヴァルト・アレクサンダー3級国家錬金術師」
あ、俺だ。
呼ばれたのでメルヒオールのもとに向かった。
「これだ」
メルヒオールが紙を渡してくる。
「メルヒオール支部長、当日なのですが、ウチの使い魔を連れてきてもよろしいでしょうか?」
「すまないが、遠慮してくれ。受験生の集中を乱すようなことは避けたい。また、そういった苦情を受け付けるのも面倒だ。それは貴殿も同じだろう」
うーむ。
やっぱりダメか。
ヘレンは可愛いからな。
「わかりました」
一礼し、席に戻った。
「ヘレン、お留守番だ」
「構いませんよ。ホテルのベッドでゴロゴロしてます」
3人娘も受験だし、仕方がないな。
「ジーク君、そっちはどう? 知り合いはいる?」
マリアンネが覗いてきたので俺も見てみる。
「ふむ……2階の204号室か」
どこだ?
「ここじゃないの」
この部屋か。
次は担当の……ん?
「私の知り合いはいないね。まあ、10級なら地元で受けるからそうだろうけど」
10級は受ける人が多いので各地方で受けられる。
「そうか……」
「あのー、このサシャ・アーレンスってサシャさんですかね?」
ヘレンが尻尾で指す。
「そのようだな」
思いっきり知り合いだが?
いや、そんなことは運営委員会にはわからないか。
サシャは一門でもないし、本部の人間だ。
共通点は魔法学校の後輩ってだけだし、そこも本部にはOB、OGがそこそこいる。
「え? 知り合いがいるの? 大丈夫?」
マリアンネがちょっと驚いた表情で聞いてくる。
「大丈夫だ。基準に届いていないなら落とすし、10級の実力があるなら合格点を出す」
そこは変わらない。
別に落ちてもあいつの実力なら次で受かるし。
「ふーん……このサシャって人?」
マリアンネがサシャの名前を指差した。
「ああ」
「本部の受付の人じゃない?」
「知ってるのか?」
「そりゃ電話したら高確率で出てくるしね。ある意味で有名人だから知り合いでも仕方がないんじゃない?」
あー、それもそうか。
支部も用事があれば本部に電話をかける。
そして、その電話に出るのはサシャだ。
アデーレもだけど、本部の受付嬢って有名なんだな。
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