第299話 誰よりもマリーを高く買っている男
本部長室をあとにすると、クリスのアトリエに向かう。
「もしかして、サシャの相談ってウチに来るかどうかか?」
歩きながらヘレンに聞いてみる。
「だと思いますよ。個人的な相談なら他の人がいますし、ジーク様とアデーレさんに相談するっていうのはそういうことだと思います」
まだ悩んでいるってところか。
「どうなるかねー?」
「こればっかりは本人の意思ですから。ただ、リート支部の当人達に相談するってことは気持ちがそっちに寄っているということです。相談の時は歓迎するという姿勢で良いことを重点的に言ってください」
なるほどねー。
俺達はクリスの個人アトリエまでやってくると、扉をノックする。
「クリスー、ジークヴァルトだ」
『入ってくれ』
許可を得られたので部屋に入る。
すると、デスクにつくクリスと止まり木にいるドロテーがいたのだが、そのドロテーがこちらに飛んできた。
「こんにちは、ジークさん。ご無沙汰ですね」
ドロテーがご機嫌に挨拶をし、俺の肩にとまった。
「どうした?」
「んー? どうしました?」
いや、俺が聞いているんだが……
「ジーク、ドロテーはちゃんと痩せたままなのをアピールしているんだよ」
クリスが苦笑いを浮かべながら教えてくれた。
「何だ……いつものドロテーだろ」
「あなたはモテませんね。異性の細かな変化には気付けないといけませんよ」
いや、今は変化してないことをアピールしてただろ。
「わかるか。それに下手をすると、セクハラだ」
異性の体型に言及するのは良くない。
「相手が好意を持っていればセクハラじゃないんですよ」
お前、俺に好意を持っていたのか?
あんなに口が悪いのに?
「そうかい。何にせよ、元気そうで何よりだ。クリス、風邪は移ってないな?」
ソファーに腰かけながら聞く。
「ああ。幸いにな。お前は災難だったな」
「本当にな。ドロテー、インフルエンザにかかるなよ」
鳥インフル。
「何ですか、それは。それに使い魔が病気にかかるわけないでしょ。我々は動物じゃないんです」
「太りますけどね……ぷぷっ」
「おい、怠惰猫……」
まーた始まった。
「ドロテーは黒いから膨張して見えますよ」
「あんたも黒いでしょ!」
俺の腕の中と肩でケンカするなよ。
「ジーク、明日から試験官か?」
クリスは慣れているようでスルーだ。
「ああ。お前はやったことがあるんだったな? どんな感じだ?」
「筆記は不正がないかのチェック。実技はそれぞれ担当となる相手の錬成を見る」
「俺も当然、試験を受けているからわかるんだが、筆記のチェックは部屋に1人しかいなかったし、錬成は3人だったぞ?」
前の方に座っていた。
「チェックなんかはカンニングがないかの確認だけだ。錬成は一部屋に40人くらいいるから1人で13人くらいを担当して見ていく。結構、疲れるな」
ふーん……魔力の流し方でだいたいわかるけどな。
「そんなもんか」
「確か10級か9級だろ? 選べるなら10級にしておけ。10級は非常にわかりやすい」
誰でも受けられるのが10級だからな。
冷やかしとは言わないが、才能なしもいる。
「わかった。お前の弟子も受けるんだろ?」
「ああ。でも、前回のことがあるからまず間違いなく、身内は担当にならんな」
じゃあ、マルティナもか。
「例の件って明るみになっているのか?」
もちろん、アウグストの不正の件。
「なってないが、噂にはなってるな。アウグストは優秀だったし、それが急にいなくなり、さらには貴族が慌ただしくなったから皆、察するだろう」
あいつ、トップクラスの実力はあったからな。
変なことをせずに真面目にやっていれば相当、上まで行けただろうに。
そんなに俺が嫌いだったのかね?
「じゃあ、試験は公平だということを示さないといけないな」
「ああ。今回の試験の総責任者はメルヒオールだ」
誰?
「知らんが?」
「知っておけ。ジーン支部の支部長で1級国家錬金術師だ」
ジーン支部……
「また面倒なところだな……」
ウチから人材を引き抜き、さらには鉱石不足を招いた元凶の町のトップかよ。
「作為的に感じるかもしれんが、試験の総責任者は立場ある人間をローテーションで回す。偶然だ」
ふーん……
「どういう奴だ?」
「真面目で堅実だな。1級だから当然、優秀。ちなみに、貴族だ」
嫌だねー……
「アウグストとは?」
「関係ない。そもそもメルヒオールは王都貴族であり、ジーンの町のバルシュミーデ家とも縁もゆかりもない家だ」
まあ、所属はあくまでも錬金術師協会だしな。
「なんかそのバルシュミーデ家から金をもらってそう」
「さあな。さすがに今の状況で動くことはないと思うが、心しておけ」
はいはい……
しょうもない権力争いに俺を巻き込まないでほしいわ。
「試験の日だが、ドロテーを貸してくれないか」
「嫌ですよ」
無視、無視。
「なんでだ?」
「前回も頼んだんだが、3人娘を見ていてほしいんだ」
「そういうことか。ドロテー、いいか?」
「いいですよ。レオノーラさんのピンチには助けましょう」
本当にレオノーラが好きだな、こいつ。
というか、さっきの嫌は何だったんだよ。
条件反射で断るなっての。
「ケンカを売るなよ」
この前もレオノーラと一緒になってアウグスト相手にケンカをしていたらしい。
「売りませんよ」
どうだか……
「クリス、お前の方はどうだ? 2級を受けるんだろ?」
「無理だな。ここ数週間、まったく勉強をしていない。何なら錬成すらしていない」
ひっで。
「錬成もか?」
「あちこちに飛ばされ、仕事もリーダーだから指示が多い。弟子の面倒を見ないといけないし、夜も会う人間が多い。代わってくれ」
代わったところでな……
「マリーがすぐ後ろに来てるぞ?」
「仕方がないさ。そもそもマリーがなんで4級なのかもわからん」
弟子が多いから。
そして何より、プライドが高く、頭が良すぎて、問題に難癖をつけるから。
つまりバカ。
「マリーが次の本部長になったらどうする?」
「それはない。マリーはどんなに頑張ろうと、結局は技術屋を辞められない。マリーの根底にあるのは本部長を超える錬金術師になる、ということだからな。最初から私とはゴールが違うんだよ」
マリーは政治家にはなれないか。
まあ、嫌いそうだし、心底バカにしてそうだもんな。
「お前とは違うわけだ」
「そういうことだ。私も錬金術は好きだが、それだけでこの世を渡ろうとは思っていない。それだけでトップを目指せるお前とは違うんだ」
目指せなかったがな。
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