003話 冒険しない冒険者
「荷はこれで全部ですかい?」
「はい。休暇中に護衛依頼を受けてもらった上に、荷の積み込みまでさせてしまって、申し訳ありません団長殿」
「このくらいかまいやしませんよ。メルクで休暇取ってる分、団員達の鈍ってる身体にはちょうどいいくらいです」
サウスゲート街道を添うように流れる川に作られた桟橋。土手がある為、街道から傾斜を少し下った先にあるその場所にて、商人と護衛と思われる冒険者の集団が船から馬車へと荷を積み込んでいた。
この桟橋はサウスゲート街道からメルク市方面へと枝分かれする街道との分岐点に作られており、ここで降ろされた荷はメルク市へと運搬される。
「まだしばらくメルクで休暇を?」
「……ちょっと気になることもありやしてね」
「気になること?」
団長は思案顔で商人へと最近の違和感を話始める。
一定数の冒険者が集まって協力体制を築き、個人では難しい依頼を受けたり、仲間同士で相互扶助する組織をこの世界では【クラン】と呼ぶ。例えば、連携が重要である大規模な隊商の護衛などは個人では受け辛く、依頼主側にとってもまとまった数の護衛を集めるのには難儀する。そういう時に【クラン】は重宝されるわけだ。
冒険者クラン【黎明の杯】
主にウィールヒル王国南部で活動する王国でもそれなりに名の通った【クラン】である。
主な活動は商人や要人の護衛、盗賊や街に被害を及ぼす魔物の討伐など。活動内容は冒険者というより傭兵のそれに近い。これには元傭兵である団長リカルドの影響が色濃く出ている。一攫千金よりも安定と安寧を求めるリカルドは冒険者でありながら冒険をしない。
冒険とは常に命の綱渡りだ。冒険に夢を見る若者は多い。たが、その多くは実力が伴わず、日銭を稼ぐのが精いっぱいの生活。あるいは実力を過信して命を落としていく。これに見兼ねたリカルドが立ち上げたのが【黎明の杯】だ。
『実力がないのなら協力しろ』
『冒険するな。冒険ってのは無謀って意味だ。お前らが憧れるようなスゲー冒険者は冒険なんざしてねぇ。あいつらは魔物退治を遠足だと思ってる化け物だ。真似なんてするな』
『他人から冒険してるように見えても、それが自分たちには冒険にならないくらい事前に準備しろ』
リカルドがそう説いて回り、生活に苦しんでいた者や、無謀だった馬鹿どもが集まって今の【黎明の杯】が出来上がった。
そんな冒険を嫌うリカルドがクランの活動を休止しているのにも当然理由がある。つまり今、クランの活動を活発に行うことは冒険だとリカルドは判断したのだ。
「これを見てください」
リカルドはそう言いながら懐から光沢のある手のひらに収まる程度の結晶を商人に手渡した。
「ほう。これは立派な魔石ですな」
魔石とは魔物の体内から採取される魔力を帯びた結晶のことだ。主に武器や防具の素材、魔法関連の触媒などに用いられ、純度や大きさにもよるが宝石よりも高値で取引されることもある。
商人が受け取った魔石はかなり大きい。下級の魔物に代表されるゴブリンの魔石が指の爪ほどの大きさであることを考えると、さぞ大捕り物だったのだろうと商人は考えた。
「これほどの大きさ、オーガか何かですかな?」
「いえ……これは領都近郊の牧場を荒らしていたウルフの体内から出てきたものです」
「……なんですって?」
ウルフはゴブリンと同じ下級の魔物だ。人里近い森の外縁部にも生息しており、時折街道や平原にも出没して被害を及ぼす。ありふれた魔物であり、魔石の大きさもゴブリンと大差ない。
魔石は魔力の塊だ。魔物にとっては体内魔力の発生源、第二の心臓とも言える。その大きさが魔物の脅威度に直結するといっても過言でない。
つまりこの魔石を体内にもっていたウルフは商人が先程見立てたオーガ級の魔力的強さを持っていたことになる。オーガはベテランの冒険者が束になってやっと倒せる鬼の魔物。そんなものが人里近く、それも領都の近くに現れたというのは看過出来ることではない。
「これをただのウルフが持っていたと……」
「ただのウルフっていうのは少し語弊があるやもしれません」
「どういうことです?」
「まずデカかった。普通のウルフの倍はあったでしょうぜ。毛皮は白く、目は血走っていた。当然ですが倒すのに苦労しやした」
リカルドはどんな依頼でも万全を期して挑む。けれど流石にあのウルフは想定外であり、団員に負傷者をだしてしまった。当時のことを思い出すと苦虫を噛み潰したような表情になる。
「それで気になって領都のギルドで色々調べてみやした。そしたら一月前くらいから何件か同じようなウルフと思わしき被害がチラホラと」
「ふむ。ですが黎明の杯が討伐したのなら安心ですな」
「……それが場所が違うんですよ。出たのは西部と王都近郊、とても同一個体とは思えやせん」
「それは……」
「それにどうやらウルフだけに限った話でもなさそうです。ホーンラビットやオウルベアでも似たような話があるそうで」
「ギルドはそれを周知してないのですか?」
「まだ報告例が少ないですし、王国各地に点々と情報が上がってますから意図してその情報を集めないことには気づかないでしょうよ。魔物というのは生態がわかってないことだらけですから、一件や二件おかしなことがあっても偶然で片付けられているやもしれません」
冒険を嫌うリカルドだから気付いた魔物たちの異変。偶然ならそれでいいが、何か原因があるのなら、そしてその原因が一過性のものでなく継続的に続くなら、クランを預かる身として何か対策を講じる必要があるかもしれない。
「そういうわけで情報を集めながら様子見してるんでさぁ」
「なるほど。理解しました。私も気を付けるとしましょう」
「まあ気を付けても、遭遇しちまったらどうしようもないんですがねぇ」
リカルドの懸念がすぐ当たることになるとは、この時の二人はまったく想像だにしていなかった。
※
「う~ん。マップ機能はあるみたいだけど、ゲーム時代に埋めたマップは無くなってるからマッピングのやり直しなのか~」
耳をぴょこぴょこ、尻尾をゆらゆら。リンは開いたマップウィンドウを見てブツブツと呟きながら街道を進んでいた。
歩いた分だけ周囲がマッピングされウィンドウへと表示されていく。どうやらここは王都から南方へと延びるサウスゲート街道の最南部に近い場所のようだ。マッピングされて表示された地図を見るに、リンの記憶が正しければここからだとメルク市という街が一番近い。
メルク市はゲームでは始まりの町として知られている。周囲の魔物が初心者向けであり、宿代なども安く序盤の活動に打って付けの街だ。この世界がゲーム通りの難易度設定であるならば異世界になれるのにはいい場所かもしれない。
「とりあえ第一異世界人を探さないとね………おっ?」
林を避けるように延びた緩やかなカーブを曲がり終え、開けた街道の先へと目を向けると街道の端に一台の馬車が止まっていることに気付く。
周りには軽装だが革鎧をして帯剣している幾人かの冒険者らしき姿も見える。よく見ると街道から土手を挟んで流れる川に桟橋があり、そこでもう一台の馬車が荷積みをしていた。
リンの尻尾が立ち上がってフリフリと動き出す。どうやら尻尾が無意識のうちに勝手に感情表現をしてしまうらしい。
あれはおそらくメルク市へと荷を運ぶ馬車に違いない。ならばさっそくファーストコンタクトだと、リンは意気揚々と冒険者の集団へと歩みを早めた。
そして、さあ声を掛けようとした時だった。リンの真横を物凄い速度の馬車が駆け抜けたのは。
あまりの出来事にリンだけでなく、リンが声を掛けようとした冒険者達もぽかんとした表情でその馬車を目で追ってしまった。
それがいけなかった。
リンも冒険者も気づかなかった。そして反応が僅かに遅れた。
リンが先程曲がった林から、それが木々をなぎ倒して街道に現ることに───
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