002話 まだ答えてないから
あたしの名前は藤沢鈴奈21歳───の、はずだった。
「夢かな?」
最後の記憶はベッドの上でハナと添い寝してるところだ。これが夢であっても何ら不自然ではないだろう。うん、そう思いたいものだ。
目の前にはやたら見覚えがある街道が延々と続いている。無論PCモニター越しに見ていたのであって、首を動かせば360度上下左右に臨場感たっぷりの没入感などは無かったが。
街道沿いを添うように流れる川、これにも見覚えがある。川を覗き込むと現実でないと不可能であろう水のリアルな表現が視界に映りこむ。見覚えのある顔と共にだ。
「リンがいる」
見間違うはずもない5年間見続けた愛着のある顔。その顔の上にはピンと立った猫耳がその存在を主張していた。
猫獣人のリン。もはや間違いなく鈴奈がMMOアクションゲーム【ソールゲート】でキャラメイクした使用キャラクターである。服装や装備一式も記憶が正しければログアウトした時のままだ。
「ってことは……」
無意識に手がキーボードを打つ仕草を取ったが当然キーボードなどあるはずもなく、行き場を失った手が空中で空しく漂う。
「え?アイテムボックスとかどうすんのこれ?」
そう呟くと同時に目の前に透明なウィンドウが突如として出現する。
「出たよアイテムボックス」
しかし、ウィンドウを触ろうとそう呟いた瞬間、忽然とウィンドウが消えてしまう。
「え?なんで?」
一瞬、呆然としたがすぐに理由に気付く。
「アイテムボックス」
そう言うと目の前に再び先ほどのウィンドウが出現する。言葉がトリガーキーになっているようだ。
開いたウィンドウにざっと目を通す。どうやら所持品もリンの物がそのまま残っているようだ。廃人のトップ・オブ・トップのプレイヤーと言って差し支えないリンの所持品がそのまま丸々である。当然攻略サイトに載せる為、排出確率を割り出すために回しまくった課金ガチャのアイテムもだ。
「メインメニュー」
一通りアイテムを確認したので一番大事な事を確認する。
「あれ?あるんだログアウト………」
この手のお話では出来ないはずのログアウトが存在した。メニューのフレンドやメールがグレーアウトして使えないことを示唆しているにも関わらず、ログアウトボタンはグレーアウトしていない。つまり使えるということだろう。
「じゃあ取り合えず一旦ログアウトを───」
“じゃあボクと向こうで遊ぼうか♪”
思い出した言葉に指が止まる。
ここでログアウトしたら何故かハナにもう二度と会えないような気がした。これが夢であれ異世界であれ、あの“喋ったハナ”はこちら側の存在だ。現実のハナがいるのかいないのか確認しないまま帰るのは後悔するかもしれない。
それに───
「愛猫に遊ぼうと誘われて無視して帰るのは嫌だなぁ~」
愛猫の誘いに返事もせず帰るわけにはいかない。まだ返事の答えは決まってないが、ハナを見つけるまでにはこっちで遊び続けるか決めよう。
ハナが最後に見せたような笑顔を見せながら鈴奈───猫獣人の冒険者リンは見慣れた街道を元気に歩き始めるのだった。
※
サウスゲート街道───大陸南部に位置するウィールヒル王国の南門から王国最南端のムー村まで伸びる王国最長の街道である。王国南部は広大な穀物地帯であり、王都の人口を支える為の穀物を効率的に運ぶ為に整備されている。故に馬車が行き交える程の道幅を備え、脇を流れる川も船での運搬に利用出来るよう一定の距離毎に桟橋が作られているほどだ。
そのサウスゲート街道を王都方面へ向かい一台の馬車が走っていた。
穀物の運搬には当然馬車が使われる。馬車が通ることに不思議はない。不思議なのは馬車が走っていることだ。大量の穀物を運ぶ馬車は当然荷の重量が重く、それを牽く馬は走ることなど出来ない。それは穀物以外の荷馬車であっても例外ではない。利に聡い商人が荷台を空けて行商するはずがないのだ。
故に荷馬車ではない。それは貴族の乗る馬車だった。しかし貴族の馬車にしても些か速すぎる。それは優雅さの欠片もない体面を捨てた全力疾走であった。
「ムー卿!いくらなんでも飛ばしすぎです!これでは馬が潰れてしまう!」
「馬鹿な、もし追いつかれたらどうする!?貴殿が相手してくれるとでもいうのか!!」
「それは……!しかしこのまま馬が潰れればどうなさる!徒歩では確実に餌だ!!」
貴族と思わしきふくよかな中年の男が御者に全速力で飛ばせと指示し、それを壮年の騎士と思われる男が制止している。お互い怒鳴り合いだ。
「メルク市まで持てば良い!あそこなら腕の良い冒険者だっておる!!」
「なっ!領都まで逃げるのではないのですか!?確かにメルク市は近い。しかしメルク市は領都と違って城壁はない!このままメルク市に逃げ込めばあれが市内で暴れることになります!」
それでか!と騎士は男爵が無茶な全力疾走をさせた訳を理解した。騎士はなんとか城壁のある辺境伯領の領都まで逃げ、あれを領軍に何とかしてしてもらおうと考えていた。しかし男爵はもっと自分が助かる可能性の高い方法を選んだ。それが例え多くの市民を巻き添えにすることだしてもだ。
メルク市は他国から攻めれた際にさほど戦略上重要な街ではなく、近くに魔力が淀んだ瘴気が溜まる場所もないのでそれによって発生する魔物という怪物もほとんどいない。それ故に城壁は存在しないのだ。
その代りに冒険者という魔物退治に一日の長ある者が一定数滞在していることが多い。魔物が少ないと言ってもまったく出ないわけではない。かといって攻められることがほぼ皆無な市に兵を常駐させるのは資金の無駄だ。そこで考えられたのが冒険者に対する優遇措置だ。冒険者なら宿代やその他生活にかかる費用を一部市が負担するのだ。そして万が一魔物が出た場合の討伐費も割増しで支払う。これにより休暇中の冒険者などはこぞってメルク市で休暇を過ごすようになったわけだ。日銭を稼ぐのが精いっぱいの冒険者の中、休暇の取れるほどの冒険者はそれなりに腕の立つ者も多い。当然懐も温かく、市にお金を落としてくれることもあってこの政策は大成功と言えるだろう。
しかし冒険者が多いということが男爵のあそこへ逃げ込めば冒険者がなんとかしてくれるという発想に繋がってしまった。市が想定しているのは薄い瘴気でたまたま発生してしまった休暇中の冒険者が片手間で倒せる魔物だ。男爵が必死に逃げるほどの魔物、騎士が城壁が必要と考えるほどの魔物など想定外もいいところだ。
『ガァァァァ!!!』
突如、怒鳴り合っている二人の声を搔き消すほどの唸り声と振動が背後から鳴り響く。それとほぼ同時に衝撃と共に後方から街道沿いに植えられていた並木が無残な姿をさらしながら馬車の前方へと吹っ飛んでくる。
「ヒヒィィィン!!」
「ひっ、ひぃぃぃぃ……!!」
御者は慄く馬をなんとかを操り、樹木の残骸を紙一重で避ける。
「くっ……!もう追いついてきたか!?」
もはや馬を気づかってペースを落とすなど出来ない。そもそも危険を感じ狂乱状態に陥った馬を鎮めるなど不可能だ。
「騎士殿!もはや押し問答は不要だろう!エミリア嬢を守ることが御身の仕事であろうが!!」
「それは……!くっ、致し方ない…」
馬車の中にはもう一人存在していた。
青褪めた顔で震えた身体を抱え込んで座る幼くか弱い貴族令嬢が───
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では、次投稿でお会いしましょうノシ




