001話 笑うファンタジー
真っ暗な部屋にぼんやりとした光が灯る。時折カタカタとリズミカルな音が響き、しばらくすると明滅したり、暗くなったり、かと思えば眩しい光を放ち、それを繰り返す。どのくらいの時間がたっただろうか?チュンチュンという鳴き声がその部屋の主の耳に入ったのは。
「ありゃ?もうこんな時間なの……また寝忘れたなぁ」
耳に付けたヘッドホンを外し、ぼんやりとしたした光を放っていたPCモニターから視線を朝日注ぐ窓へと向けながら、この部屋の主、鈴奈は頭をポリポリと掻いた。ボサボサの髪がさらに乱れるが、そのおかげで時間の経過を物語っていたヘッドホンの型はなんとか解れる。
朝日であらわになった部屋にはPCと複数のPCモニターが置かれたデスク、ゲーミングチェアあるだけだ。そう、ここは鈴奈がゲームをするためだけに作った部屋だ。他の一切を排除し、機能美だけを追求した部屋である。生活空間であるリビングや寝室も勿論あるが、寝食を惜しんでゲームする彼女はこの部屋で過ごす時間が最も長い。もっとも冒険者である彼女にとってはここが生活空間と言ってもなんら語弊はない。
そんな鈴奈の恰好もある意味機能美が重視されており、髪の毛は手入れが楽になるようにかろうじて女の子である尊厳を保てる程度のショートカットであり、服装はスウェット一択だ。着替えもすべて同じスウェットというのだから徹底している。下着も楽なブラトップを愛用しており、これも全て同じものを何着も所持していることがその徹底ぶり証明しているだろう。ゲーム始めて少し悪くした視力もコンタクトの手入れが面倒ということで眼鏡を愛用している。言うまでもないが予備の眼鏡もまったく同じものだ。眼鏡を作る際に同じものを二つ注文された店はさぞ不思議がっただろう。
凝り固まった身体を伸ばすためにうーんと唸りながら伸びをしていると、コンコンという音とカリカリカリという不思議な音が耳に入った。
「どうぞ~」
鈴奈が返事すると、ドアが開けられで出来た僅かな隙間からスルリと黒い影が室内に入り込み、彼女の膝へと飛び掛かった。
「みゃ~」
「おはようハナちゃん。今日も美男子だねぇ」
ゴロゴロと喉をならしながら鈴奈の膝を堪能してるのは彼女の愛猫ハナ。庭に迷い込んだ子猫のハナを彼女が保護して飼い始めて三年が経つ。すっかり彼女に懐き、彼女のゲーム中にすら膝の上でくつろいでいることもしばしば。家はひっかき傷だらけにはなったが、彼女に癒しという見返りをもたらす存在だ。
鈴奈が膝の上に転がるハナに猫吸いしながらスキンシップしていると上からスッと影が差し、不機嫌そうな声が落ちてくる。
「また徹夜しましたね?」
「あははは……いやいやちゃんと寝たよ?」
「そうですね。画面の中で動き回ってたリンというキャラは宿屋で何回も寝てましたね」
すぐバレる嘘を付いた鈴奈に辛辣な皮肉がカウンターで返ってくる。
ジトっとした軽蔑の眼を向ける彼女は鈴奈よりも年上だ。同じ家にいることから普通の人なら家族だと想像するが彼女の姉にしては歳が離れすぎており、母にしては些か若すぎる。実際彼女は鈴奈の家族ではない。なぜなら彼女もまた鈴奈がゲームに集中出来るようにする為のある種の機能美。鈴奈から家事や飼い猫の世話、その他諸々の雑務を取り除くために雇った専属の家政婦である。
「とりあえず朝食が出来たので早く食べてしまって下さい。それからそのスウェットと下着も洗うので脱いでシャワーを浴びてきて下さい。着替えは用意してますので」
「はぁ~い……」
鈴奈の返事にリビングへと戻った家政婦を見送りながら、鈴奈は膝の上で未だに寛いでる愛猫を見やって愚痴る。
「あたしが雇い主のはずだよね?なんか主導権が向こうにない?」
「みゃ~?」
猫の間の抜けた声だけが朝日差し込む機能美の部屋に響いた。
※
藤沢鈴奈21歳。
高校在学中にサービス開始したMMOアクションゲーム【ソウルゲート】にハマり、5年にわたってプレイしている古参プレイヤーであり、またトッププレイヤーである。
高1の時に攻略サイトを立ち上げ、同時に参考になる攻略動画や上位プレイヤーでも驚くようなスーパープレイの動画をアップした人気の動画サイトも運営している。ゲーム内では超が付く有名人だ。【ソウルゲート】が世界的に見てもヒットしていることも影響し、サイトには中小企業では割って入れない程の大手企業の広告スポンサーが数多く付き、物欲のない彼女では一生掛かっても使い切れない程の資産を手に入れた。
働く必要のなくなった鈴奈はよりゲームに没頭する。
使い道のなかった資金はゲームの為に使われた。口煩い親から放れる為に家を建てて一人暮らしを始め、専属の家政婦を雇い、ハイエンドPCに毎年のように更新し、ゲーム内の課金要素を網羅し攻略サイトに載せる。
そんな日々が長く続く中、ゲーム関連以外で鈴奈の楽しみと言えば愛猫たるハナと戯れることくらいである。
「ハナはもふもふでいいねぇ~」
ゴロゴロと喉を鳴らす愛猫を撫でながら、鈴奈はベッドの上に横になる。
朝食とシャワーを終えて、仮眠を取る為だ。
お腹を満たし、シャワーで身体が温まったせいか流石の彼女も睡魔が限界をむかえていた。
「あ~あ~……ゲームのリンが宿屋で寝てもこっちのあたしは睡眠を取れないのが難点だよなぁ」
解決しようのない愚痴を愛猫に聞かせながら、段々と重くなった瞼が瞳を塞いでいく。
「ゲームの効率上げる為に家政婦を雇ったとは言え……あれこれ……小言を言われると現実に引き戻されちゃうし……萎えちゃう………よ…なぁ……」
言葉が途切れ途切れになり、ついに瞼が完全に閉じ、意識を手放そうとした時、それは響く。
『じゃあボクと向こうで遊ぼうか♪僕らは所詮“たくらだ猫”家に憑くのは似合わない』
一瞬で覚醒させられた彼女の瞳に映ったのは、まるで人間のように笑う愛しき猫のぞっとする表情だった。
※
「鈴奈さんお昼ですよ。開けますね。あれ?……出かけたのかしら?」
その日、藤沢鈴奈は忽然と姿を消した。同じくして消えた一匹の猫のことは、誰も知らない。そう“誰も”知らなかった。世話をしていたはずの家政婦すらも。
後日、彼女の残したPCに【ソウルゲート】運営会社より一通のメールが届き、そこにはこのようなことが書かれていた。
『原因不明のキャラデータ消失について』と───
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