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殿下との顔の距離が近づき、あわや唇が触れそうになったときだ。
ドアがノックされ、お互い離れた。
「クレア様、殿下、お茶をお持ち致しました。入ります。」
執事長さんのようだが、泣き顔の私を見て
「殿下、淑女を泣かせるのは紳士としてあるまじきことでございますよ。ましてやこんな夜半に未婚女性のお部屋へ入り浸ってはクレア様の名にもお傷がつきます。お慎みくださいませ。それでは失礼致します。」
そう言って出て行かれた。
「クレア、名残惜しいが今夜は遅い。ゆっくり休むと良い。また明日議会の開催前に迎えをよこす。それまで王都を見て回ると良い。邪魔したな。」
殿下もそう言って出て行かれた。
広い部屋に1人でいると、さっきまでのことが思い出される。
私は一体何をしている?何をしようとした?
もう少しで接吻するところだったのだ。
婚約者のある身でありながら、事もあろうに王太子殿下と。
執事さんはわかっていてあのタイミングで来たのかと思うほどの絶妙なタイミングだった。
紅茶の熱さからそれは無いが。
彼が来なかったら口づけを受け入れていたのかもしれない。
あるいは、ギリギリで止めていたかもしれない。
殿下の温もりに甘えてしまった。
私の甘えにより、テッドを傷つけるところだった。
いや、例え口づけをしても誰にもわかるまい。
殿下と私だけの秘密となるだろう。
いや、結果的に何もなくとも、夜分に男女が同じ部屋にいるということに周囲は何かあると考えるかもしれない。
なんにせよ、迂闊だった。
私の名に傷が付くだけならばどうでも良い。
元より何も無い人間なのだから。
ゴールドガーデンとテッドの名誉が貶められることに危機感を感じる。
周りにはそれとなく議会の視察の打ち合わせということでアピールして根回しをせねば。
テッドとも何もないくらいに仕事漬けな私の評判ならばきっと怪しまれまい。
段々と強かというか、狡くなっている自分に驚く。
そうだ、私は強くならねば。
ゴールドガーデンを守るためにも、私の幸せを勝ち取るためにも。
自分で手に入れると誓ったのだ。今までに手にすることのなかったものたちを。
私の幸せを。
そして、紅茶をいただきながら明日の議会の視察に向けて何を知りたいのか、チェックすべき点を紙に書き起こした。
そろそろ寝ようとベッドへ横になると、考え事で頭はいっぱいだった。
爵位があればゴールドガーデンにも箔が付く。
他所の地方貴族との交渉もいくらか有利になるだろう。
そしてやはり、殿下とのこと。
温かな手と、真っ直ぐな眼差し。
そこにもれなくテッドの存在が過る。
いつも私を支えてくれる、思いやりに溢れた婚約者。
人格も人として尊敬できる相手だ。
きっとこのままテッドと婚姻を結ぶのだろう。
私の幸せは何なのだろう。
ゴールドガーデンの展望は…
考えても仕方のない様々なことを頭の隅に追いやり、
夢の中へ。
夢の国では幸せが見つかるだろうか。
私の選ぶべき未来を見られるだろうか。




