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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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Sleeping beauty

鱗雲が一面に広がる空をその日は一日中眺めていた気がする。

ノートにペンを走らせることも無く、黒板を見ることもなく、けれど誰も冬夜に話しかけてくることは無かった。最後に教師がなにか冬夜へ言ってきたような気がしたが、小言なのか励ましなのかすらも覚えていないくらいに上の空で。皆が帰り支度を済ませ終えた頃にようやく無造作に広げたノートと教科書を閉じる有り様だった。

「…………ねえ」

ふと小さく声をかけられ顔を上げるとかずらが側に立っていた。シロの友人で、赤縁眼鏡をかけた青い髪のクラスメイト。何故か冬夜に対して棘のある物言いしかしないので、その姿を認識した瞬間思わず眉根が寄ってしまう。しかしかずらにしては珍しく、冬夜の不快そうな表情に対して物申す様子がない。いつもなら人の表情ひとつに噛みついてくるような女なのに。

「……悪かったわよ」

かずらは冬夜から視線を背け、そうぽつりと呟いた。眼鏡のレンズが西日で反射して表情はよく見えない。

「え、何が?」

まさかこのクラスメイトが謝罪の言葉を口に出来るとは露にも思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。流石にその物言いにはかずらも癪に障ったらしい。あんたねえ、と怒鳴りかけながらも口籠り、取り繕うように頭を振った。

「だから、あの子のこと!」

あの子。

冬夜とかずらの共通する知り合いは、一人しかいない。

「あんたばっかが悪い訳じゃないのに、あたし色々酷いこと怒鳴ったし!聞けばあんたずっと寝込んでたっていうし!」

「ただの風邪熱だけど」

「それでも!あんた人が謝ってんのにそういう態度やめなさいよ!」

「いやそっちの態度なんか謝ってるどころか喧嘩吹っ掛けてるだろ」

ぜひとも謝罪という文字を辞書で引いてきてもらいたいと思った。これを謝罪と呼ぶのであれば世の中に喧嘩腰という言葉は存在しないだろう。

「とにかく!ごめん!話これで終わり!」

「……あそ」

はっきりしない冬夜に痺れを切らしたのかかずらは話を打ち切る。冬夜としては風邪で寝込んだことも含めてかずらに謝られる謂れは無いと思っているので返事の要領を得ないのも当たり前なのだが。

けれど内容はともかく怒鳴られて少し頭がはっきりした。上の空から引き戻された冬夜は踵を返したかずらに声をかけ引き留める。

「お前さあ、列車乗ったことある?」

脈絡のない質問にかずらは振り向きながら首を傾げた。

「な、なによ急に……小さいときに一度だけあるけど。それがどうかした?」

「じゃあいいや」

「……あんたまだ熱あるんじゃないの。帰れば?」

心配なのか皮肉なのかわからないセリフには返事をせず、冬夜は荷物をさっさとまとめて席を立つ。何か文句を言いかけようとしていたので逃げるように教室を後にした。

不服だが、結局のところいつもこいつに発破をかけられている気がする。今も。あの時も。



あれは夢だろうかと、ずっと考えている。目が覚めてからずっと。

冬夜にはあれが夢だったとは思えなかった。だからといって現実だったと言い切る自信もなかった。ただ冬夜にとって都合のいい妄想なのかもしれない。自分を許すための優しい嘘。

けれどシロが冬夜に伝えてきたことは、本当のような気がしていた。

あの時冬夜が感じたことも、本当だと思えた。

冬夜があの列車で見たシロ。角砂糖入りのホットミルクを飲みながら、優しく微笑んでいたシロ。そしてそのシロに抱いた冬夜の感情も、夢や妄想だと否定出来るものではなかった。

確かに確実に、冬夜の肋骨の奥深くに残っている。

あの列車の中でのことは、誰にも話さないと冬夜は決めていた。言っても信じてもらえないというよりも、冬夜自身があの時の出来事を誰かに話したくなかったのだ。誰かに話してしまうと、本当になかったことになる気がして。ただの夢として忘れてしまう気がして。

シロは忘れていいよと言っていた。誰かに話して夢として忘れ去ることを望んでいるのかもしれない。

けれど冬夜は迎えに行くと言った。

待っていてと約束した。

あの日果たせなかった約束の代わりとはならないけれど、今度こそ、自分からシロを迎えに行こうと決めたのだ。

だからまだ、あの時の出来事を忘れるわけにはいかにあのだ。


もう一度、シロに会うその時まで。



からりとドアを開けた。

白く狭い病室に窓から涼やかな風が吹きこんでいた。

はためくカーテンの向こう、横たわる姿に冬夜は近付く。

静かに、こんこんと眠るシロがそこにいる。

あどけない寝顔をしばらく見つめ、冬夜はその寝顔の近くにそっと紫の花を置いた。

目を奪われるほどでもない、どこの花屋にも置いてありそうなありふれた花だ。

動かないシロの手を取る。小さく冷たい、けれど確かに生きている人間のぬくもりを宿している手だ。

いつだろうか。シロが、この手を握り返してくれる日は。

「シロ」

小さく、愛おしく、呟いて、冬夜はシロの手を握りしめる。


窓から吹きこんだ風が、どこからか遠くの列車の音を運んできていた。

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